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※短めです
その日は野宿することになった。
好都合なことに、森の中には洞窟があった。中には野生の動物も魔物もいなかったため、彼らはそこで一晩過ごすことになった。
月が天に登った深夜。
ギンは一人、見張りをしていた。
洞窟の出口付近にて、ギンは座ったまま月を眺めながら今日の事を思い出していた。
ディストとエイミー。彼らは顔を合わせる度に、喧嘩をしている。もう一週間以上経つというのに、一向に止む気配はない。喧嘩をする程仲が良い、という言葉があるが、正直近くで喧嘩をされる身にしてはいい迷惑だ。多分、それはギンよりもアルミスが一番分かっているだろう。
などと考えていると。
「……おい」
不意に声を掛けてきたのは、ディストだった。
噂をすれば何とやら、とはこの事だろう。
「何だ、ディスト。眠れないのか? まさか、その歳で子守唄でも歌ってほしいとか?」
「うるせぇ。んな事誰が言うかよ」
「じゃあ、何だ?」
「いや、その……昼間は悪かったな。嫌なこと聞いて」
突然の一言に、首を傾げるギン。
こいつが謝るとか、一体全体どうしたことだろうか。
「気にしちゃいねぇよ。そんな事より、お前さんにちょっと言いたい事があるんだが」
「何だよ」
「お前さんとエイミーは、どうしてあんなにも仲が悪いんだ? いや、別に仲良くしろって言ってるわけじゃあないが……こう毎日のように口喧嘩されちまったら、な」
「仕方ねぇだろ。アイツの方から喧嘩吹っかけてくるんだからよ。アイツ、一々言う事が高慢すぎなんだよ。人のこと見下したような言い方しやがって……」
あー……それは分かる。確かにあの高慢少女は、そう言った口調が多い。お嬢様ならでは、というか板に付いているというか。ディストが嫌っている理由も分からなくはない。いや、むしろ理解できる。
「けどよ、お前さんとエイミーは何だかんだ言っても戦闘中は息が合ってんだよなぁ。今日だって、二人の息はぴったりだったじゃねぇか」
「戦闘中はまぁ、確かに……アイツは実力あるし、一緒に戦っててやりやすいし、なんつーか、こう、後ろを任せられるっていうか……」
「安心して戦える?」
「まぁ……そういうことだな」
頭を掻きながら、ディストは言う。
そんな彼を横目で見ながら、ギンは呟く。
「おかしな話だな。戦闘中はあんたにもお似合いな二人なくせに、どうしてそこまで互いに嫌ってるのかねぇ」
「別に嫌ってるわけじゃねぇよ」
その言葉は、予想外だった。
彼の性格上、もっと罵ったり、悪口を言うと思っていたのだが。
「確かに、口は悪いし、高慢で頭にくる奴だけどよ……別に嫌っちゃいねぇよ」
「へぇ~」
「な、何だよ」
「いや~、意外だなぁっと思ってな。お前さんからそんな言葉を聞くとは思ってなかったんでなぁ」
語尾を伸ばすその口調は、どこかイラっとするものがあった。
しかし、そんなギンにツッコミを入れることなく、ディストは続ける。
「俺がアイツの……クロードの弟だって事は知ってるよな」
「ん? まぁな」
「クロードは……兄貴は優秀であり、天才だ。それは誰から見てもそうだ。故に、アイツは聖騎士団の団長になれた」
クロード・ジャッジ。
成績優秀、容姿端麗、さらには戦闘においても天才的な実力を持つ彼は、歳若くして団長になれた。その才能はまさに天から与えられたものだと人々は良い、『天剣』の異名を持つほどの有名な人物だ。
その名は国中の人間が知っており、今では憧れの的なのだ。
「小さい頃から、アイツは天才だった。それに比べて、俺は凡人よりもちょっと出来がいいだけのボンクラだった。いつもいつも、アイツと比べられた。クロードはあんなにもできるのに、どうしてお前はできないんだってな。その度に言われたよ。やっぱり母親が違うと才能も違うのかって」
「母親が、違う?」
何だそれは初耳だ。
そんな感想を表情に出していたのか、ディストはギンの顔を見ながら苦笑する。
「そりゃ知らねぇよな。何せ家族とうちの使用人くらいしか知らないことだからな。けどま、これが事実なんだわ。俺の母親は親父が外で作った女で、俺を親父に預けてどこかへ逃げたんだと」
「……そうか」
「別に母親に恨みがあるとか、そういうわけじゃねぇ。でもな、陰口とか叩かれるのは嫌だったから、俺は必死に努力した。そのおかげで、俺は強くなった。優秀と呼ばれるほど、強くなった。けどな、アイツは……兄貴はその遥か先にいた」
ギンは思う。ディストは強い。これは世辞ではなく、本心だった。戦闘に対する実力は確かなものだ。それは、彼の戦いを見れば明らかである。
けれども、そんなディストでもクロードには遠く及ばなかった。
「強くなったオレには、女どもがわんさか寄ってきた。けど、それはオレに惹かれたからじゃない。オレがクロード・ジャッジの弟だからだ。オレに取り入れば、兄貴に会えるからな。そういう女をオレは山のように見てきた。この前のセリアとか言う奴だって、オレの名前を聞いた途端、目の色変えていた。全く、女ってやつはどいつもこいつも同じなんだと改めて思った」
呆れたように言うディストの言葉は、どこか寂しげな物も混じっていた。それは、自分ではなく、兄しか見ない女たちに絶望したためか。
「……けどな、あの高飛車女は……エイミーは違った。オレに付け入ろうとするどころか、逆に罵ってきやがった。口は悪くて、高飛車で、事あるごとにケチをつけてきやがって、本当にいけ好かない奴だけどよ……アイツはクロード・ジャッジの弟ではなく、ディスト・ジャッジとしてのオレを見てるんだ」
今まで散々兄と比較されてきたディスト。
彼にとって見れば、近づく女は全てクロードが目当てであり、自分など眼中にない。そんな人生を歩んできた彼に、自分を見てくれる人物が現れた。
それが嬉しいと思わない人間などいないだろう。
「なるほどな。つまりは、お前さんは自分を見てくれるエイミーが好きだと。そういうことか」
「っ!? だ、誰がんなこと言った!? オレは別にそういう意味で言ったわけじゃねぇ!!」
「はいはい、もういいからさっさと寝ろ、照れ屋さん」
「誰が照れ屋だ、誰が!! ……もういい、寝る」
ぶっきらぼうに言いながら、ディストは洞窟の中へと戻っていった。
そんな彼を見ながら、不敵にふてぶてしくギンは笑っていた。




