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竜騎士団の問題児共  作者: 新嶋紀陽
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以前、とある賞に送った作品です。

感想等、お待ちしております。

 目を瞑っている中、しかし彼の耳には大きな轟音が聞こえる。

 轟音、というのは少々間違っているのかもしれない。それを正しく言い換えるのなら、鳴き声なのだから。

 青年はその鳴き声によって目を開く。その目に映ったのは垂直な世界。恐らく倒れているのだろう。目の前にはあるのは、散漫する土煙、辺り一面に広がる大量の血、そして割れた大地だった。

 だが、そんなモノなど気にも止めないモノが、彼の目の前にいる。

 それは巨大だった。

 それは恐怖だった。

 それは強者だった。

 それは……自分達をこんな目に合わせた元凶だった。

 そこにいたのは、それはそれは大きな生き物だった。全長は、十メートル、二十メートル……いや、もっとある。

 形としては、爬虫類……特にトカゲに近い存在だった。頭には大きな角があり、そして四本足で立っている。だが、その爪や牙はトカゲのモノとは比べ物にならないくらい鋭く尖っており、それが獲物を確実に殺すものだというのは見ただけで理解できる。また、背中には巨大な翼が生えており、それは天を覆うように広がっていた。

 完結に、そして正確に言うと、それはドラゴンだった。

 ドラゴン。夢物語に出てくる幻想的な存在。現実にいるわけがないと思われてきた生物。その体躯は巨大で、硬度な鱗や角を持ち、コウモリのような翼を広げ、口から吐かれる炎は全てを焼き付くと言われている。

 そんな、馬鹿げたモノが今、青年の目の前にいた。

 青年の体はボロボロだった。全身には激痛が走っている。当たり前だ。彼は激痛が走っているのと同等な出血をしているのだから。

 だが、最も目にする点は彼の左腕のことだ。

 ないのである。

 人間誰もが持っているはずの左腕を彼は持っていなかった。いや、なくしてしまった。

 左腕があったであろう肩からドクドクと血が流れている。まるで水のように流れているその光景は、異様で異常で異状だった。

 彼自身、それには気づいているのだろう。実際、起き上がろうとしているが、その体は震えている。恐らく出血多量によるものだろう。

 しかし、そんな事などどうでもいいと言わんばかりな表情と眼差しで青年は辺りを見渡す。

 倒れている時は、また違ったモノが彼の目に飛び込んできた。

 そこは、絶望が支配していた。

 青年の周りには、死体、死体、死体ばかり。そのどれもこれもが残酷な殺され方をしている。首をちぎられ、胴体を真っ二つにされ、もっと酷いものは体が原型を留めていないほど潰されていた。

 それは、自分の仲間であった者達の成れの果てだった。

 あんまりだ。

 こんな事、あんまりだ。

 自分達は剣を持って戦う騎士だ。戦いの中でしか生きられないのような、戦士だ。故にまともな死に方など到底不可能だと思っていた。

 しかし、それでも、だけれども。

 これは、あまりにも残酷だ。


「……ぅ……あ」

「っ!?」


 青年は、死体の中から動いた者を見つけ、駆けつける。とは言っても、今の彼は歩くのが精一杯であり、その一歩一歩がとても遅い。

 だが、それでも彼はたどり着いた。

 生存者は女性だった。そして、それは青年が知っている人物だった。


「フェルッ!!」

「ギン……?」


 青年、ギンの声にフェルはうっすらとした声音で答えた。

 その表情には血の気がなく、真っ青である。彼女の体もかなり傷ついており、出血が止まらない状況に陥っていた。


「あーららー……ヘマやっちゃったね、私。これじゃあ、持ちそうにないや」

「何言ってやがる、弱音吐くんじゃねぇ!! お前らしくねぇじゃねぇか」

「現実は受け止めるモノだよ、ギン。って、アンタ、その左腕……」


 ギンの左腕を見て、フェルは悲しげな顔になる。


「……アンタもやられたんだね」

「こんなの大した事じゃねぇよ」

「ハハッ、よく言うよ。こんなにも、体を震わせてるくせに」


 彼女の言葉の通り、確かにギンは体を震わせていた。

 だが、それは出血多量のせいだけではなかった。


「……ねぇ、ギン。アンタに言っておきたい事があるの」

「うるさい、黙れ。それ以上喋るな。頼むから、もう……」

「私ね、ずっとアンタの事が好きだった」


 唐突だった。

 突然の告白。それは、ギンにとって多大なる衝撃を与えた。

 面を食らった顔をするギンに、フェルは続けて聞かせる。


「アンタに会うために、私は竜騎士団に入った。アンタに振り向いてもらうために、私は一生懸命努力した。でも、一向にアンタは私の方を向いてくれなかった。ホント、どんだけ、唐変木なんだか」


 苦笑するフェル。

 だが、その笑みには苦い以外のモノが混ざっているように感じれる。


「けど、こうやって最後に気持ちを伝えられて、良かったよ」

「フェル、俺は―――」


 ギンは何か言おうとしたが、しかしそれは無理だった。

 その瞬間、ギンの口元がフェルの口によって塞がれたのだ。

 目を見開き、ギンは驚きを隠せなかった。

 そんな彼に、フェルはこれまでにない、最高の笑みを浮かべた。


「私は、アンタと出会えて……幸せ、だったよ」


 それが最後だった。

 それが最期だった。

 フェルはその言葉を言い終えると同時に、目を瞑った。体はぐったりと力がなくなり、それがどういう意味を示しているのか、ギンには嫌でも分かってしまった。

 ギンの体は未だに震えていた。

 出血多量のためではない。

 愛する人を、大切な人を、目の前で失った悲しみのために。


「ああ……俺も幸せだったよ」


 ギンはそっとフェルの体を地面置いた。

 今の彼の心は、哀しみ、怒り、絶望、憎しみ……それら負の感情が支配していた。

 自分の体をボロボロにされ、大切な仲間を失い、そして愛する人も目の前でなくしてしまった。

 もう彼に残されているモノは、たった一つしかなかった。

 それは、この命。


「……、」


 ギンは、近くにあった剣を拾う。

 重い。今まで持ってきたどの剣よりもそれは重かった。だが、それは剣そのものが重いというわけでも、彼が今右手一つでしか持てない状況にあるからというわけではない。

 死者の想いが募った剣。

 故に、それは重いのだろう。

 それでもギンという青年は、剣を持ち、そして前へと進む。


「もう……なにもかもなくしちまった。俺に残されたのは、この体と命と魂だけだ」


 一歩一歩前へと進む彼の姿は、目の前にいる巨大なバケモノにしてみれば、蟻が歩く程度のものなのだろう。


「こんな、ちっぽけな体や命や魂なんかを引き換えにしても、テメェを殺せるとは思ってねぇよ」


 だが、しかし、だからこそ。


「引き換えにできるモノは、置いてって貰うぞ」


 ギンは大きく剣を振るい、そして構える。

 巨大な化物は、それに気づいたのか、ギンという戦士を直視していた。

 ギンもまた、巨大な化物に対して睨みを効かし、そうして駆け抜けていく。


「ァァァアアアッ!!」


 青年は、雄叫びをあげ、前へと進む。

 恐怖に、絶望に、元凶に向かって走っていった。

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