9話 Falling.4
9話 Falling4
病院を退院して以降、二条有紀さんの心は安定しているようだ。
自殺未遂をして以降、彼女に対する監視をより強化していたけど、私の目からはそういう風に見えた。
私は彼女の担任として何ができるかわからない。
所詮は教師であって、彼女が抱える家族問題に深入りできない。しかし担任であるからこそ、譲れないモノもあった。私の生徒であるかぎりは、有意義な学生生活を送らせてやりたい。
どうやら最近彼女は、後ろの席にいる男性生徒と仲が良いみたいだ。
私から見て彼女はあまり友人がいない印象だった。彼女の周りに見えない壁があって、積極的にかかわろうとするものはすべて弾いてきた。その絶対的な防御を突破する人物が現れたことは私にとって嬉しい限りだった。
教師が特定の生徒に肩入れしていると、言われればその通りだ。私自身それを自覚している。しかし彼女という存在は、教師の本質を問われているような気がする。
それにしても私、神奈川由依はまだ二十五歳というのに、たいへんな職務を負わされたものだ。
二条さんは病院を退院した後、結局祖父母のもとへは行かずに家に帰っていった。
それは家族に対する想いが強いからだろう。
病院で再三にわたる祖父母の説得を跳ね返した彼女を見てそう感じた。
彼女の周辺環境は依然改善されぬまま。
ただ彼女は以前より明るくはなった。彼女の口調が落ち着いたものとなっている。そう感じたのは、彼女が授業を抜けて、生物学研究室に忍び込んだときに思った。彼女がどんなことを感じているのか知りたくて、私はゆっくり彼女と過ごすために紅茶を入れた時だ。
あの時、私は気まぐれで蝶の標本を彼女に見せた。彼女があれほど真面目にそれを見ていることに驚いた。十七歳の少女が到底しないだろう慈しみを込めた女神のような表情。蝶の美しさを単純に感動している物だった。
私は思う。
彼女の優しさを。普通なら到底耐えられまい圧力を耐えてまだ施すほどの心意気。
その強さに悲しみを覚えた。