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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅳ 孤独な姫君はフライパンを手に戦った。
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74話   覚醒 その2

   覚醒 その2


 新学期が始まってから二日後。

 授業時間割は通常に戻っている。三年生の姿はほとんど目に入らず、いたとしても受験が終了したか、就職先が決まった生徒のみ。学校はいささか寂しい様相を呈していた。

「大分静かになってしまいましたね」

 私、二条有紀は生徒相談室のソファにて向かいにいる神奈川先生にそういった。

「そだね。まあこの時期はいつも寂しいもんさ」

 先生はテーブルにある急須を手に席を立つ。窓際の事務机には、熱々のお湯を貯めている給湯器があって、先生がそれから急須にお湯を注いだ。先生は、数分おいてから湯呑にお茶を注いだ。この絵面、はっきり言ってしまえば昼休みに先生とお茶を飲みながら雑談しているだけに見えるだろう。

 しかし、それは違うわけで、生徒相談室に呼ばれるのだから相当の理由がある。

「はい、どうぞ」

「すみません」

 私は先生から熱いお茶の入った湯呑を受け取った。

 ふうふう、と息を吹きかけてお茶をすする。

 昼休みに私が、生徒相談室に呼ばれた理由は一つ。

 この頃の体調を先生が把握したがっているためだ。体調だけでなく、私の祖父母や、家族の状態なども含めている。

 私は昨年の秋も終わりに近づいたころ、家族不和を元とする膨大なストレスより、リストカットをしてしまった。それだけでなく、家の中で起こった『事故』で私は脳にひどい重傷を負った。

 先生が気にかける要因は、こういう不安定な私の心配からだ。

「あなたのおじい様とおばあ様の御調子は、どう?」

「おじいさんは、年明けには体がだいぶ良くなって、今は退院しています。おばあさんも心労が減って元気そうですよ」

「そう。良かった」

 先生は両手で包むようにして持った湯呑を覗き込む。先生はこちらに何度か視線を向ける。私が首を傾げで、どうしましたか、ていうようなそぶりを見せるもなかなか答えてくれない。

 ……。

 …………。


 湯呑をテーブルに置いた神奈川先生が、真っ直ぐにこちらを見てくる。その顔にはどうしてか怖いものを感じさせた。

「二条さんのお母さんは?」

「母は、良くなりもせず悪くなりもしない状態っていうところです」

「お父さんは?」

「……父も母同様です。ただ、ずっと症状は母より酷いですが」

 私は、席を立つ。

 先生はまだ聞き足りない様子だった。ただ私は、もう話をするのが嫌だった。私は、今でこそ大分幸せな生活を送ることができていると実感している。それは私だけであって、私の家族は幸せからは遠いところにいる。

 担任と少し話しただけでひしひしと感じた。私だけが新たな時間を歩んでいく中で、弟、両親は止まった時間にある。このまま、あの三人を置いて進めば、私との家族のつながりが消えてしまう気がする。

「悩みが絶えないなあ」

 私は生徒相談室前の廊下でぽつりとつぶやいた。


 時計は午後四時を回ろうとしている頃だった。

 授業が終わって、啓二や加奈は真っすぐに家へ帰った。私は用事があって、宮古さんを待っている。彼女と一緒に弟のお見舞いに行こうと思っているのだけど、どうやら彼女のクラスはまだホームルームが終わっていないらしい。

 私は時間つぶしに鞄から文庫を取り出してページをペラペラとめくる。

 もう何度も読んだ本だ。内容がいたく気に入って、常に持ち運んでいる。こうして暇な時間があれば、ぺらぺらっと、流し読む程度。

 それがいいのだ。

「何を読んでいるんですか?」

 ふと声を掛けられて、視線を上げる。

 私の読んでいる本に興味を示したのは、宮古さんだった。

「私の大好きな本だよ」

「へえ、どんな本ですか?」

「思春期の少年少女の恋愛ものだね。もし興味があれば貸してあげるけど」

 私はブックカバーを外して、タイトルを彼女に見せる。彼女はそれを見ると、なるほどという感じに頷いた。

「それは私も持っています。それは本当にいい本ですよ」

「だよね。これってもう二十年以上前に発表されて今でも人気が衰えていないくらい」

 私たちは学校を出るまで、興味のある本の話に華を咲かせていた。


 病院は午後診が始まっていて、混みあっていた。

 入院患者へのお見舞いに来ている家族、友人もいるようで、入院病棟にも人が少し多い気がする。

 私と宮古さんはスタスタと弟の病室へ行った。

 病室には誰もいなんだろうけど、念のために扉をノックしてから入る。

「泰孝―、ゲンキー?」

 言葉が返ってくることなんてない。

 そんな諦念ともいうべき感情を抱いて話した。


 ――

「げんき、とはいえない」

 かすかに聞こえた小さな声。

 それは長いこと声帯を使っていなかったからか、酷くかすれていてとても聞き取りにくいものだった。

 でもその声は、私の心に大きく揺さぶりをかけた。

 ベッドへ駆け寄って、カーテンを開け放つ。

 そして――


「やあ、ねえちゃん」

 眠たそうに瞼を半分閉じた目の前の少年は、酷くやつれた様子で頬がこけている。

 私はその少年に抱き着く。

「えっ」

 驚き弟のことなんて構わずに、私はただその温かさを確かめていた。

 私は、この光景をどれほど待ち望んでいたか。

 半年以上前に、交通事故にあったきりずっと眠ったまま。何もできなくなった弟に代わり、彼の居場所を守るため、私は家族にできることを続けてきた。でも泰孝が帰ってくる前に、私の心が壊れてしまった。その後、家族関係は破綻した。

 私はあいつの帰る場所を守ることさえできなくて。

 本当なら、合わせる顔がない。

 でも、でも私は。

「ごめん、ごべんねええー。ずず」

「え、お、ちょっとねえちゃん」

 私は、弟とまた『会えた』ことが嬉しくて嬉しくて仕方ないんだ!


 点滴の交換に着た看護師に、弟の覚醒を知らせた。看護師は弟の様子をその目で確かめると、病室を脱兎のごとく駆けだした。

 私も、病室から出た。

 今は宮古さんと弟の二人きり。彼女もつもる話があるだろう。邪魔してはいけないと思った。二人の話が終わるまで、私は廊下の壁にもたれかかっていた。

 すると、看護師が飛び出してから数分で医師が病室に駆けつけた。医師たちの邪魔にならないよう、宮古さんも病室からいったん出る。

「私は、穂波さんと祖父母に連絡をしてくる。宮古さんはここで待ってて」

「わかった」

 私はいったん院外に出る。

 病院の正面で車の駐車場となっている場所で私は穂波さん、祖母と連絡した。穂波さんは純粋に喜んでくれた。ただ祖母との会話は、私にとって不安を残すものとなってしまった。

『泰孝の意識が戻ってよかった。で、あの子はどれくらいで退院出来そうなんか?』

「さあ、まだ先生に診てもらっているところだから何とも。ただ、体に異常がないとしても半年寝ているんだから筋肉がだいぶ落ちてしまっているでしょ。そうなるとリハビリがかなり大変だと思うし」

 祖母の言葉を待っているも、なかなか返ってこない。もしかして聞こえていないのかと、呼びかけようとしたときだった。祖母がさりげなくいう。


「なあ有紀、私の家に来ないかね」


「えっ?」


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