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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅳ 孤独な姫君はフライパンを手に戦った。
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73話   覚醒 その1

   覚醒 その1


 新年を迎えて八日目、宮古さんと弟のお見舞いをしてから四日が経過したこの日は、新学期の始業式だ。三年生も一応参加している。ただ彼らは受験勉強で翌日からは、登校しなくなるだろう。

 私は三年生の教室棟を廊下の窓から窺った。受験生たる彼らの顔は緊張感に満ちており、友人と言葉を交わす最中であっても、ピリピリとしていた。

 彼等を見ていても私は何とも思えなかった。

 それは親しい先輩がいないからだろうか。もしくは、私にとってまだ縁遠く感じるからだろうか。はたまたその両方か。

 私は、先ほどまで気だるく寄りかかっていた窓枠から離れて、窓のカギを閉める。教室から鞄を持ってきて、帰ろうとする。すると、廊下で話し込んでいる那岐ちゃんと、加奈の姿が目に入った。

 那岐ちゃんは私に気付くと、こちらに手を振ってきた。加奈は、相変わらず、氷柱然としている。

 私は走って彼女たちに追いつく。

 すると加奈が、これまた機嫌が悪い、というわけではないのだろうが冷めた表情で話しかけてくる。

「有紀も一緒にラーメン屋に行かないか?」

 彼女の提案に、『那岐もいくのか?』という感じで彼女に顔を向ける。

「私は、今日部活が休みなんだ。せっかくだから一緒に行こ」

 那岐ちゃんから久々に誘ってくれているのだ。断わる理由もない。

「うん、行く」

 私が快諾すると、那岐ちゃんは嬉しそうに笑った。


 ところで神宮寺那岐は、ラーメン屋に通である。

 私がどこかで食べよう、なんて提案をすればまずはじめにラーメン屋があがる。理由として考えれば、私はラーメン屋以外の外食店をあまり知らないことが一つ。もう一つは、ラーメン好きの那岐は、美味しいラーメン屋さんをたくさん知っているからだ。

 私は、私の知らないとってもおいしいラーメンを知りたくて彼女に先導してもらうのだ。

 今日は始業式が行われたくらいで、昼を回ったくらいに皆学校を下校している。

 私たちは、正門を出て狭い路地の中に入る混む。

「ああ、今日はお気に入りのとこにしたのか?」

「そうだよ。三人で行くなんてことは初めてだからさ、なじみのとこがいいなと思ったよ」

 加奈曰く、那岐のお気に入りであるラーメン店は、路地裏の人気が少ない場所で営業している。道を照らす街灯はほとんどないから、夜に女の子だけで行くような場所ではない。

 私自身、那岐が一人で行こうとするのを何度か止めたことがある。しかし那岐ちゃんは聞く耳を持たない。結果として私がボディーガードとして付いていくことになる。

そんな私も、前回の一件から大して誰かを守れるほどに力があるわけでないことを実感したのだ。不意をやられれば、ぽっくりと。

 那岐ちゃんも私が死にかけたことから、この界隈の店へ行くことを控えるようになった。

 那岐ちゃんからして久しぶりにお気に入りのラーメンを食べる楽しみは尋常ではないだろう。スキップしているようにも見える歩き方をしていた。

 狭い路地を道なりに進んで、右側。黄色と赤の電球がちかちかと光る看板が目に入った。

 彼女は、店の前に佇む。そして両手を大きく開いた。

「あぶら屋よ、私は帰ってきた!」

 店名を某ガンダ○、ライバルキャラが放つセリフみたく恥ずかしげもなく言い切った那岐ちゃん。

 興奮のレベルの高さがうかがえる。

 片や、加奈は那岐を悲しい目で見ると店の中へ入っていく。とどめの言葉を残して。

「そう言うのは、無理して言わないほうがいい」

「……はい」

 私はしょぼくれている那岐ちゃんの肩を叩く。

「早く入って」

「うん」

 那岐ちゃんが、店に入ると先ほどのしょぼくれようはどこへ行ったのか、普段通りの明るい様子であった。彼女は厨房の店長に声を掛ける。

「オッス、親父。久しぶり!」

 元気はつらつな少女の声に、店主は奥より驚いて出てきた。

「おお、那岐の嬢ちゃん。よう来てくれました。久しぶりやね」

「うん、久しぶり」

 彼女は店主の顔を見ると笑顔になった。

 店主は、私たちにも視線を向けてくる。度々来ていたことを覚えていてくれたようだ。

「お嬢ちゃん達も、久しぶりや。ささ、好きな席選んでくれていいで」

「はい!」

 私たちは店内奥にある席に座った。

 私は壁側に、那岐ちゃんと加奈はテーブルをはさんで向かい側の席だ。二人はメニューにさっと目を通した。

 店主が、お冷をテーブルに置いて注文を尋ねてくる。私たちは、皆同じラーメンを頼んだ。

「悪いけど、少し時間がかかるかもしれん」

「別に気にしなくていいよ。今日は時間がいっぱいあるからね」

 ラーメンが出来上がるまでの間、どういうわけか皆口をふさいでしまった。しんとする中、意を決したように、那岐ちゃんは加奈に尋ねる。

「彼氏さんができたって、聞いたんだけど、ほんとなの?」

「まあ、出来たことは出来た。相手は飯田だ」

 那岐ちゃんは、目をキラキラさせて話を聞いている。加奈の相手があの飯田君だったことには、さすがに驚きを隠せなかった。

「へえ、加奈は飯田君を嫌ってはいないだろうけど、到底そんな対象として見ていない印象だったよね」

「別に私は嫌っていない。ただ、空気が読めないのと、デリカシーがないところは、本当に何とかしてほしいぞ」

 加奈はお冷を少し飲んで、深く息を吐いた。

「デリカシーがないのかは分からないけど、空気が読めない風には見えないよ」

「空気が読めたら、あんな騒ぎは起こすまい」

 加奈の衝撃的な言葉に、那岐ちゃんは苦笑する。

 加奈のもとにラーメンが届いた。割り箸割って先に食べ始める。那岐ちゃんは話す相手がいなくなったので、携帯端末を取り出してSNSをチェックする。

 私は気になっていたことを、那岐ちゃんに聞いてみた。

「那岐ちゃんは、今気になっている人がいるかな?」

「えっ!」

 彼女は、ボンと顔を赤くすると両手でスカートの裾を掴んでいるのだろう。もじもじしている。唇をキュッと結んで、とても愛らしい。

「いるみたいだね。多分だけど、陸上部の人でしょ」

「……有紀ちゃんは、他人が考えていることには敏いんだから。そうだよ。陸上部に、なんというか、興味深い人がいる」

 那岐ちゃんはみなまで言わなくても分かるでしょ、という顔だ。

 まあ、それもその通りだ。私は、彼女のマネージャーぶりを屋上やら、グランドの隅、教室から観察していたのだから。

 もう少し、話を続けようと思っていたら、私たち二人にも熱々のラーメンが渡される。ラーメン鉢を掴んで、中身を見た時にぎょっとする。

「店主、チャーシュー、こんなに貰っていいの?」

 同様の疑問を那岐ちゃんも抱えていたようだ。表情に戸惑いの色が見受けられる。店主は、満面の笑みになる。

「いいんだよ。ほら、君にも」

 四十台後半のおっちゃんは、左手に抱えた鉢からチャーシューの塊を取り出して、加奈のラーメンに追加する。

「実は、君らが久しぶりに来てくれたのが嬉しくて、三人に奮発しようと思っていたんだ。でも年かね。そこのお嬢ちゃんのラーメンに大きいやつ入れるの忘れてしまってね。えっと君は」

「橘です。その、本当にいいんですか。チャーシュー一本も」

「いいんだよ。今日はお客ほとんど来ないしさ。それより、依怙贔屓したように見えて気分悪かったろう。すまないね」

 加奈は穏やかそうな店主に首をぶんぶん横に振った。

「とんでもない。ありがとうございます」

 加奈はほっこりした顔を浮かべる。

「久しぶりに食べましたが、やっぱりおじさんのラーメンは美味しいです」

 加奈の言葉に感極まった店主は瞳をウルウルさせる。

 私たちは、三人ともここのラーメンを気に入っている。それは、味がいいというのもある。だけど、それを作る人の温厚な性格に心を掴まれていたのだろう。

 私たちは、もくもくとラーメンを食べた。

 何だか余計な言葉交わしているより、しっかり味会わないともったいない気がしたから。

 汁の一滴すら残さずに、食べきった私たちは清算して店を出る。店主が私たちを見送りに来てくれた。

「またいつでも来てくれよ」

「うん、じゃあ」

 そう言って手を振る那岐。加奈はひょこっと頭を下げて路地を歩きだす。私は、少し話がしたかったから、その場にとどまった。

「有紀の嬢ちゃん、だいぶ顔色が良くなったな。おっさん安心したぞ」

 四十代とは言え、他人より苦労が多かったのだろう。顔に刻み込まれた皺は深い。笑えばそれが酷く目立つ。でもそんな人の笑みはとても、守られているというか、安心させる力があった。

「おっちゃん、心配かけたね。ごめん」

「謝らんでいいさ。元気になってくれてよかった。また来てな」

「うん」

 私は先に行っている二人に追いつくとそこから店主のおっちゃんに手をぶんぶん振った。



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