7話 Falling 3
7話 Falling3
今日の昼、時間が空いたので私は二条有紀さんのお見舞いにいった。
彼女がリストカットしたあの日から三日が経った。今は意識もちゃんとあるし、症状も快方に向かっている。ただ精神面ではまだまだ治療が必要で、人体に傷を負わせる可能性があるものはすべて持ち込み不可になっている。
彼女は個室にいる。
私は部屋の前で扉に数回ノックする。中から間延びしたしわがれた声で返事される。私は部屋に入ると、一礼しパイプ椅子に座って二条さんを見守っていたおばあさまに自己紹介する。
「こんにちは。初めまして、私神奈川由依と言います。二条さんの担任を務めさせていただいています。この前はちゃんとした挨拶ができず申し訳ありませんでした」
老婆は「いやいや」と手を振る。
「私は有紀の祖母、秋田ハルです。有紀を世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
「祖父は野暮用で席を外しておりますが、もうすぐ戻ってまいります。この子のこともしっかり話さなくてはと思いまして」
祖母はすやすや寝息を立てる有紀さんを慈しみのこもった瞳で見つめる。私はこの子のことに関して親ではなく、祖父母から意見を聞きたいと思った。
「率直にお聞きしてもよろしいですか」
「はい」
「有紀さんのことなんですが、彼女の両親はどうなさっているのですか? 命にかかわるというのに、あの日は結局病院に来なかったそうですね」
「ああ、あの馬鹿どものことですね。あれは有紀を子供とおもっとらんのです。父はろくでなし。母はろくでなしばかり目にかけて、娘と向き合わない。この子は優しくてね、母は仕事でほとんど家にいないから代わりに家事をして、父の面倒も見ていたんです」
二条有紀。この子はクラスではほとんど口を開かず、交流を持とうとしない。どうしてそこまで周りに関わろうとしないのか疑問に思ったことがあった。今は自分の生活で手一杯だったんだ。
「おばあさま。このまま彼女につらい思いをさせるわけにいきません」
「そりゃあ、儂も同感な」
背後から聞こえた男性の声。お酒をたしなむ方だろうかかなり声がガラガラしている。
「おじいさん、もどんのが遅いで。この人は、有紀の担任だって。神奈川さん」
おじいさまは「お世話になっています」と会釈する。「いえいえこちらこそ」私もそれに応じた。
「儂らはのう、有紀を引き取ろうおもてるんよ。このままあの家に置いとるとこの子がしんでまうわ。この子の意思を尊重したいとは思うんじゃが。最悪、家裁で親権争うことになってでも、ていう覚悟や」
私はおじいさまの視線の先にある二条有紀を眺める。無邪気な寝顔だ。本当に可愛らしい子。左手には包帯が巻かれていた。
彼女にはもう二度と消えない傷が、体に刻み込まれてしまった。