54話 加奈の悪巧み その2
加奈の悪巧み その2
「さて、公約のほうだが、部活動の実態を調べるにはどうすればいいか、何か意見はあるか?」
私の問いに一番に反応したのは那岐だった。彼女は一度やると言ったら何が何でもやってやる、という感じの子だ。どれほど大変でも食いついたらワニみたく離れない。ホンワカした性格にはそういう強靭な部分が隠れている。
「加奈、部活動って運動部と文化部の両方?」
「そうだな。私としては運動部をメインで調べる必要があると思うのだが」
運動部、その言葉に吹田君が異様に反応した。なかなか無表情なキャラだと思ったが、そういう人物の顔色が変わるところを見るとなかなか昂ってしまうな。
「どうした吹田くん?」
「あ、……いや」
「何か気になることがあれば臆することなく言えばいい。ほんの少しでも情報は欲しいんだ」
彼は逡巡するが、私の視線に屈したのか観念したように話し出す。
「確証はないんだけど、超スパルタで、部長とか、副部長に対してかなり厳しいらしい」
「なぜ、部長もしくは副部長に厳しいんだ?」
私は聞いてから気付く。部活動でああも必死になって頑張るのは結果を残したいからだ。皆同じだが、部長、副部長は特にその思いが強い。自分たちについてきてくれる部員たちに栄光を手に入れさせてやりたい。そういう指導者的責任感が芽生えるわけだ。
「でも調べるという事自体が難しいな」
「なんで?」
那岐は首を傾げる。
「なんでって、そんなもの。那岐、よく考えてみるんだ。私たちは部活動の改革を公約としているんだ。そんな私たちが、部の状態を調べたいと言って、見学させてもらうのは難しいぞ」
「だから何で難しいの?」
会話がかみ合わない。
なぜだか分からないが、那岐と話していると時々こういう現象に陥るのだ。
こういうことが起こると、とたん私のコミュニケーション力が不安になる。実際はそうでないと思いたい。まあ、この子みたいにずばずば聞いてくれるのもこちらとしては助かる。聞かれて初めてわかることもあるのだから。
「だからな。私たちは運動部のオーバーワークを是正するために見学するんだぞ」
「だからそこから間違っているよ。マイナスのことばかり見ていてはいけないよ。加奈、あなたが生徒会長になるときの公約を思い出してみてよ。部活動の実態調査、だよ。部の状況すなわち成績のいかんによっては、予算付与権を通して、部費の増額もできることを表しているんだから。私たちはそんな立場なの。それでも向こうは私たちをないがしろにできると思う?」
……確かにその通りなんだが。
物事って評判のいいことに関しては前面に押し出す。対して良くないものは隠しにかかる。至極当然なことだ。すなわち、私たちが生徒会であると知っている状態では、奴さんは都合のいいものしか見せないだろう。
やはり生徒会であることを隠さないとだめだ。
だが那岐の意見、参考にはなった。
「では那岐、君ならどういう口実でその部に紛れ込む?」
「運動部に興味があるので、見学させてください、っていうのは?」
この時期に見学に来る奴がいるかあ!
私は心の中で猛烈なツッコミを入れる。もう十二月も中旬から終わりにかかっているんだ。人間関係が出来上がっている時期に、そんな浮いたことをしたら、バレるだろ。
……。
いや、待てよ。
リコールの署名が運動部員たちのモノであるとの仮定して(まあほぼ確定なんだが)、部員たちは事情を察して私たちを迎え入れてくれるやもしれない。下手に生徒会だ、なんて言って警戒されるよりはこの方が断然いい。
問題は彼らが気付いてくれるかだ。
「案外、いい考えかも知れないな」
「え!」
宮古さんは、まるで度肝を抜かれたと言わんばかりの表情をしている。
「ちょ、正気?」
「ああ、私はいたって正気だ。は、は、ヘクチッ!」
ハンカチを取り出して、口元を抑える。
何だか鼻がムズムズして仕方ない。寒気も何だかひどくなってきたような気がするな。
ヘクチッ、ヘクチッ、ヘクチッ!
くしゃみを連発する。宮古さんが、心配そうな顔をしてポケットティッシュを渡してくれる。
「ありがたい」
私は部屋の隅に移動して、宮古さんからもらったティッシュを空ける。恥ずかしいが、猛烈に鼻水を紙に噴出している。
くー。情けない。なんてことだ。
ゴミ箱にティッシュを放り込む。
「宮古さん、助かった」
「あなた、大丈夫なの? 風邪をひいているなら早く帰って寝たほうがいいんじゃない?」
余ったポケットティッシュを彼女に手渡し、苦笑する。
「あはは、まあ、大丈夫だ。心配かけてすまない」
鼻のむずむずが収まらず、気が散って仕方ない。冬の時期も花粉症なんてものがあるのかと疑問に思った。
だが、そんなことはどうでもいい。私は決めた。
私はおもむろに立ち上がる。椅子はひっくり返って、床にたたきつけられた。私は真っすぐに、彼らを見た。そして堂々と言ってやった。
「私は、運動部にスパイを送り込むこととする」
私はそれ腰に手を当てて、神宮寺那岐のほうを見やる。「
「那岐、説明してもらえるか?」
「え? 何の説明をしないといけないのかな?」
こいつ、あんまり考えないで発言したのか? ……時折すごいことをいう子だと思っていたけど、まさか偶然なのか。それとも頭がいいことを意図的に隠しているのだろうか。
「ゴホン、まず前生徒会を解散に追いやったリコールの第一回署名について、リコールの署名は百数十だ。これは全校生徒のおそよ十分の一。そしてこの署名が集まったことの原因を考える。そこそこ人気のあった生徒会を辞めさせたほどの署名数はどこからの物なのか。何の組織にも属していないいわゆるフリーの人物によるものでないと考えていいのではないか」
「確かに、評判がいいのに辞めさせる理由なんてない。そんな状態で、リコールの署名が一定数集まったという事は組織票の可能性を考えていいのかもしれない」
宮古さんは小さな顎に指をあてて、思考にふけっている。
「当時、運動部に何やらよからぬうわさが立っていただろう。その状況で、百数十の署名。二つを関連付けて考えるのが普通だろう」
私のシナリオはこうだ。
恐らく運動部はオーバーワークに苦しんでいる。無茶な計画に苦しんでいる部員たちは、部長にそれを伝えただろう。伝わった意見は部長を通して顧問にもたらされた。しかしその意見が握りつぶされて、とばっちりが部長に来ている。
部活を一生懸命に取り組んできたものからして、辛いとしても部活を辞めたくないというものは多いのだろう。辞めずに現状を変える方法の一つを失っている彼らは、私たち生徒会に無言の抗議をしてきた。
そして背景をぼんやりとつかんでいる候補に、生徒会長になってもらう。恐らくこの部分は賭けだろう。誰が会長に選出されるか分からないからな。そうして状況をぼんやりとでも掴んでいる者が生徒会長になった際に、何とかして部の内情を知ってもらおうとするだろう。
ここまで考えて私は思う。
まったく穴だらけな仮説だな。こんな推測、簡単に破られるだろう。
そもそも、部活動に集団でボイコットするとかの争議行動をなぜ起こさない。
「やっぱ、穴だらけだな。大体好き好んで部員を苦しめるような顧問なんていない」
もっといろんな人に聞いてみるべきだな。
今日の生徒会はこれでお開きとなった。




