50話 プロローグ
「橘加奈です。次の生徒会長選はよろしくお願いします」
昼休み、私は校舎と校舎の間にある渡り廊下にて、ビラを配っていた。ビラには、公約を簡単にまとめて書いてある。ずらずら長い文なんて書いても意味はない。みんな忙しいんだし、パパッと読んでしまえるものに限る。
「加奈さん頑張っているね」
ビラの束片手に、声を張り上げていたら聞き覚えのある声が聞こえた。
私のよく知っている人物で、会長選挙に出るか出ないか躊躇っていたところ、背中を押してくれた。親友だ。
「有紀か、何をそんなににやついているのだ?」
「前より、生き生きした顔を見て嬉しくて」
有紀の純粋な言葉に私は恥ずかしくて顔を背けた。
彼女は以前まで私とよく似た性格をしていた。あえていうなれば、あまのじゃく的な性格。言いたいことを言わないで、心の中で我慢する。
それも啓二君によって大分変った。たくさん楽しいこと、嬉しいことがあって彼女は笑顔でいることが多くなった。今では思っていることは純粋に言葉にしてくれる。
「そうか、それは、お前のおかげだな。ところで有紀、選挙期間が短すぎるんじゃないかと思うんだが?」
有紀はやれやれといった顔をする。
「確かにね。でも仕方ないじゃん。早く決めてしまわないと冬休みに入るわけだしね」
私も有紀同様にため息をついた。
「やはりそうだよな。参ったよ」
ビラは二百枚ほど刷ってある。
とにかく、廊下を歩いている生徒に片っ端から渡していくしかない。休み時間なってそんなにないし、今日の放課後は体育館で簡単に演説することになっている。
廊下をびゅうーと冷たい風が吹き抜けていく。すると何枚かビラが吹き飛んできた。
私は廊下に散らばったそれを拾う。
「こういうのを邪魔に思うのは分かる。だが棄てるならせめてゴミ箱に放り込んでほしいものだ」
有紀は私が片手に掴む、ボロボロになった紙を見て悲しそうな顔をする。彼女は、それをすっと私から取り上げて、埃をぱっぱと手で払った。
「ちょっと酷い」
俯いてよく見えないが、彼女は怒っていた。悔しそうに歯を食いしばって、まるで自分に起きたことのように怒ってくれている。
こいつは、本当にいいやつだな。
「有紀、その紙をかして。後で適当な用途に使うから」
私は有紀から落ちたビラを返してもらう。
「そう、あの加奈さん。頑張ってね」
「ああ、頑張るよ」
私は元気よく彼女に応じると、安心したのか、笑顔で去っていった。
事前に体育館で選挙公約についての説明をしていただけあって、体育館にはそこそこの人数が集まってくれていた。私としてはクラスの人数、およそ四十人くらいいれば御の字だと思っていたのだが、予想外の出来事に嬉しくなった。
私と那岐は体育館の壇上で、みんなを窺っていた。
「話を始める前に、このビラを配っておいた方がいいだろうか?」
「そうだね。加奈ちゃんが、話をする上で前もって理解してもらうことはいいことだと思うよね」
那岐は壇上からタタッと、降りていく。
無秩序に集まっている生徒に、ビラを配ってもらった。
適当にビラを配った那岐は、壇上に戻ってくると私にマイクをよこす。マイクっていうのは、あんまり使うことがない。そのためにどのボタンを押したらボリュームを変えれるのか。
「ほら、貸して」
「あ、ああ、すまないな」
調整してもらったマイクを握る。
「さて、このくらいの声量だとみんなに聞こえているだろうか。これから、公約について話すが、その概略は手元にある通りだ。それを承知の上でもう一度説明する――」
公約を説明し終えると、疑問を持っているらしい生徒にマイクを渡す。そして彼らの疑問に答える。それの繰り返しを何度かした後、時間となったので本日の活動を終了する。
「助かった。那岐には今度ラーメンをおごろうと思う」
「やったあ、ラーメン、ラーメン」
ラーメンが大好きな那岐は、廊下をぴょんぴょん飛んで喜んでいた。
マイクを職員室に還しに行く道中のことだった。あんまりの喜びように、私は苦笑いを浮かべた。
こういう些細なことで幸せを感じることができる人間って、いいなと私は思う。この世の中のどんな苦痛にも負けず、立ち上がれるのだから。




