5話 Falling 2
5話 Falling2
「おかけなさっている電話番号は、現在電波の届かないところか電源が――」
私はスマホを耳から離す。
どうしてこんな時に連絡が取れない。あなたたちの娘さんの一大事だっていうのに。大体彼女の親御さんはいつもそうだ。学校の行事に面談の日時を決めようとしても連絡が取れないから、なかなか決められない。
仕事をしているのだから仕方ないのだろうけど、今ばかりはそれが無性に腹が立って仕方ない。
私は頭の中が鉄工所の紅い鉄のように煮えたぎっている時、白衣を着た白頭の男性に声を掛けられた。 その男性はひどく切迫した様子だった。
「あなたは、はぁはぁ、二条さんの関係者ですか」
「はい、私は彼女の担任です。あなたが彼女を診ているんですか? 彼女はどうなっているんですか?」
心配のあまりドクターにつかみかからん勢いで私は詰め寄った。
先生は錯乱する私を診察室へ連れ込む。
「救急搬送された二条さんですが、動脈性出血を引き起こしており、大変危険な状態です。止血縫合手術を行いましたが、血液が短時間の間に体内量の二十パーセントを失っており、出血性ショックを引き起こして危険な状態です」
私は途中から先生が言っていることが理解できなくなった。先生の声がテレビの砂嵐のように耳に入ってくる。そして急流を下る勢いのようにサーと頭から血が引いてきた。
「大丈夫ですか」
医師の簡単で明瞭な言葉から私は、呆けた状態を脱した。
「はい……」
「それで、あなたは彼女の関係者だという事ですが、ご家族ですか?」
「いえ、彼女の担任の神奈川です」
「そうですか。あの、彼女のご家族とは連絡は?」
私は医者のその問いに顔を背けた。
先ほどから何度もコールしているのに出ない。本当にほったらかし。私は無力感にさいなまれつつ、ドクターに首を振った。
私の反応に彼は目頭を押さえた。
「神奈川さんですね。続けますよ。まず、彼女の出血は止めました。しかしショック状態で危険です。それと急いでもう一度緊急手術を行わなければなりません」
私が意図しない言葉が医者から放たれた。再度手術?
「もう止血したのですから手術はしなくていいのでは」
「彼女は手首を深く切ってしまった。それによって左手の筋肉と、腱、神経を切断してしまっています。これはすぐに処置しないと後遺症で左手が動かなくなってしまう。しかし今の状態では手術が危険です」
「……………」
言葉を失っている私に、先生は手術同意書を突きつける。同意書には手術に伴う危険性が明記されている。それを見て私は生唾をごくりと飲み込んだ。
命はつなぐことはできた。しかし左手は動かなくなってしまう。左手を失わないためにも、リスクを被って手術を受けるかどうかは、私の責任をもってして判断しなければいけない。
私は医者から、ペンを受け取る。震える手で、書類に署名した。
夜七時、結局二条の両親と連絡は取れずじまいだった。その代り、彼女の母方の祖父母が病院に到着した。私は事の仔細をおじいさま、おばあさまに説明した。彼らは私が執った選択を責めることはなく、「申し訳ありません」と頭を何度も下げていた。
私は待合室の椅子で俯く神宮寺の様子を窺った。顔は真っ青で唇は渇ききっている。見るからに相当疲弊していた。
私は彼女と同じ目線になる。
「神宮寺、もう帰ろう」
「……はい」