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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅱ 夜空の姫君は再生を願って
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46話   橘加奈の決意 その1

  橘加奈の決意 その1


 橘加奈さん。

 私にとって、彼女は苦手な存在だった。彼女は啓二をめぐって私に露骨に敵意をむき出していた。今も多分そうだ。

 敵意の持ちようは変わっているだろうけど、根本は変わってはいない。

 変わったことは、私が彼女に対してただ怖い、いやな存在から互いが接することに楽しさを少なからず生み出すライバルになったことだ。少なくとも私はそう思っている。

 そんな彼女が何か悩んでいることがあるのだろう。

 それに私は踏み込みたい。どんなことで悩んでいるのか? 人の心の悩みに強引に入り込もうとする私は、悪いやつだ。

 そう分かって、私は彼女に聞いた。


「どうしてそんな悲しそうな怒っているような顔になっているの?」


 普段の彼女も難しい顔を浮かべている。加奈さんはそうやって自身の心を決して悟らせないようにしているんだ。誰かが知りたく思ってもそれを拒絶する。そうして周囲から離れているように見えて、実は誰よりも人のことを考えている。

「加奈さんは、誰かを心配しているんだよね? 具体的に誰かは分からないけど、放っておきたくないっていうふうな」

 私が知った風に言うと、彼女は苦々しそうな顔をする。

「まあ、違ってはいないです」

 私はそう聞いて生まれたある疑問を口にする。

「だとすると、加奈さんが生徒会長になるかどうか考えているのは、友人か大切な人のためだってことで間違いないんだよね」

 加奈さんが私をキッと睨む。唇を噛みしめて、頬はこわばっていた。

「誰かのためとか、そんな聖人のような立派なことじゃない。私は、私がしたいからそう思っているだけです。あくまでも私の欲望で誰かにそうして欲しい、そうなってほしいとか請われているわけでもないんです」

 頭をガラス窓に凭れさせる彼女。目を腕で覆っている。

 執拗に誰かのためでなく、自分のためだと言い張っている。何かをやってみたいとかいう気持ちは確かに誰かのためとかじゃなくて、自分自身のためだ。だけど、それが結果として誰かのためになることだってある。

 彼女の考え方は、まるで自分が考えて好きなようにしたから、その責任もすべては自分にあるんだっていうものだ。

「自分が全部背負い込んでやるっていうのは、辛いんじゃない」

「あくまで、自分がやることに責任を持つことは当然だって言っているんです」

 その通りだ。自分のやったことによる弊害の責任は自身にある。ただ、自分のためにやるという言葉。誰にも話さず、ただ目的に邁進していく。

 ある意味、そういう姿勢は私、嫌いではない。真面目で優しい人がそういう風に行動するときって、決まって誰かのためなのだ。

 そして、だらだら言葉を並べ立てる以前に、私は加奈さんのことを根本が優しいと思っている。

「じゃあ、やりたいこと云々と責任の話は置いておこうよ。その上で、一つ聞いてみるね。加奈さんは生徒会長をやりたい、やりたくない?」

 彼女は答えるのに困ってしまったようだ。

 ……やりたいか、やりたくないか、それだけのことなのにどちらか言えない。自分の心が何かでがんじがらめに縛られてしまっているんだ。

「直感で、言ってみて」

 加奈さんは手を握りしめた。フルフルとさせていた唇が開く。


「やりたい。やってみたい。絶対、やりたい」


 小さな、小さな呟きが、ひときわ大きな声になった。

 静寂を打ち破った一人の少女の叫び。髪が降り乱れて、瞳には粘つく光。

 こうも貪欲に、表された彼女の意志。

 私は息をのんだ。

 何によって、これほどまでに彼女は心を殺されていたのか? 彼女の変わりようから、ただただ疑問に思う。

 フラフラとして彼女は私のもとへ歩み寄ってくる。そのさまは悪鬼のごとく不気味だった。

 私は気味悪く感じて、後ずさりする。

 でも、その場に立ち止ることを脳が命ずる。

 私の襟首を彼女が掴む。そして、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。今まで強引にせき止めていたものがあふれ出たようだ。


「私は、私はな、どうしてもやりたいと思ってもやれないと思ってしまうんだ。それがどうしてかわかるか、有紀。どうしてやってないことをやれないと最初から思い込むか?」

「わからない。そもそも加奈さんが、何をやりたいのか、どうなっていきたいとか私には全然わからない」

「わからなくていい」

「それじゃあ、私の加奈さんに対しての疑問が晴れないよ」

「それはお前の都合だ」

 私の質問に全く取り合う気のない彼女。

 深くため息をついた。彼女の態度に、私はかったるく思う。

 ここまで言っておいて、まだそんなことを言うのか。

 私は酷く苛立っていた。頭に血が上って仕方ない。

 私は思わず、怒りつけた。

「アンタさあ、自分から疑問を振っておいて、答える気なんてさらさらないとかふざけんじゃないよ。あんたの様子がおかしくて、心配した。そりゃあ私の都合さ。あんたが心配なんて言うのもそうさ。アタシが勝手に心配しただけ。アタシはあんたのことを友達だと思っているんだよ。友達が辛そうにしていると、アタシもつらくなる。なのにそんな態度、酷くない?」

 私から顔を背ける加奈さんを見て、興奮している私の頭が徐々に冷えていく。

「……」

 こういう風に怒りつけてどうする。

 寧ろ彼女を追いこんでしまうかもしれないじゃないか。私は私の思ったことをそのままいったし、それが間違っているなんて思わない。

 だけどいいすぎた。

「……私ね、加奈さんと何だか似てる気がする。私は加奈さんのことを全く知らない」

 私は加奈さんとの仲が特別なものになっていると思っていた。それも私の思い込みだ。私は彼女のことを何も知らないんだ。

 私は悲しくなった。

 しばし黙り込んでいた。すると聞き覚えのない人物の声が聞こえたような気がした。

 

「そう言えば、私はお前を知らないし、私はお前を知らないな。この事はお前にはまだ話していなかったか。そうだな。私は、私はな。お前とある意味同じなんだよ」


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