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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅱ 夜空の姫君は再生を願って
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44話   二条有紀は風邪をひく その4

   44話   二条有紀は風邪をひく その4


 「暇だ」

 

 私はベッドの上からぱっちりした目で言う。

 熱で体力を消耗していたとはいえ、昨日寝すぎてしまった。

 今起きて朝ごはんを食べたところなのに何を寝ようとしている? 私は豚か何かか? ああ、駄目だ駄目だ。こんなゆったりした時間を過ごすことに罪悪感を覚えるほど私は疲弊しているのだ。少しは怠けることを覚えないといけない。怠けすぎはいけないけど全くそれができないのは、一種の病気と思うのだ。 そう、思わないといけないのだ。

 私は目を閉じて無理に寝ようとした。

 

 数分。


「やっぱ無理!」


 私はベッドから起き上がって、部屋の中をうろうろする。

 どうする? 

 暇な時間をどうやって潰す?

 本を読むか、音楽を聴くか、パソコンで何かするか。

 そいえば、最近パソコンをめっきり開いていないなあ。メンテしないといけないし。

 私は、机の引き出しにしまっていたノートパソコンを取り出し電源を入れる。ウィンドウが立ち上がって早速警告が出てきた。

「パソコン最後に開いたのはいつだったかなあ?」

 私はパソコンのシステム更新を行う。

 数分間ぼんやり画面を眺めていた。セキュリティの更新も終えて、何となくネットを開く。


 私は一時間もしないうちにまたパソコンを閉じて引き出しに直した。

 そしてベッドにもぐりこむ。

 いけない。まだ寒いのだし、下手なことをしてまた体を壊すなんてさけないと。

 私はその日一日、どれほど退屈であっても、ベッドから離れることはなかった。

 

 ・・・


 明くる日の朝。

 登校して、席に座った私はいつも通りショートホームルーまで眠ろうとした。

 しかし周囲が予想以上に騒がしく、眠るなんて到底できなかった。聴覚過敏の私は普段からふて寝して、周りの音が聞こえていない風を装う。そうしていつの間にか眠ることがある。

 今朝は聞こえないふりなんてできない。

 教室のところどころで、集まったグループから聞こえる言葉。


「橘さん、生徒会長に立候補したって」


 私はスーと机から顔を上げる。そして翻って啓二の顔を窺う。

「加奈さんが、生徒会長?」

 私が問いかけると彼は何とも言えない顔をする。

「そういう話が出ているだけだろ。俺はあいつからちゃんと聞いてない」

 加奈さんのことに対して何だか投げやりな様子に私はむっとした。

 長いこと一緒に暮らしていて、兄妹のように育ってきている彼女に対してそんな無関心でいるのはどうかな?

「いい、啓二に聞いた私がばかだった」

 私はガタっと音を立てて席を立つ。そして那岐ちゃんにそのことを聞いてみた。


「ああ、ここ二、三日で急に上がってきた話だねえ」

「どうしてそんな話が」

 那岐ちゃんは、可愛らしく首を傾げた。

 ああ、この愛らしさ。まるで小動物のリスのようでわが友の誇るべき仕草の一つ!

 なんてうっとりしていると、那岐ちゃんがジト目で私を見ていたので私は表情を必死で取り繕う。

「まだ熱下がってないんじゃないの。大丈夫?」

「大丈夫。私、一日寝たらどんな風邪もへっちゃらです。それは那岐ちゃんが一番知っているんじゃないかな」

 彼女は私の体の頑丈さに苦笑する。

「ほんとに頑丈なんだからね。ま、その話は置いて、加奈ちゃんは生徒会のある人に推薦されているんだね」

「それを受けたの?」

 私の疑問に対して、彼女は分からないといった風だった。

 私は、席に戻ると例のごとく机に突っ伏した。


 放課後、私は加奈さんと廊下を歩いていた。

 空は一面が鼠色となっている。校舎内は、陰鬱とした様相を呈している。加奈さんと話がしたくて、ただ私は彼女の後をついていた。

 加奈さんはある教室で足を止めると、そこの扉を開けて中へ入る。

 中は私たちの教室と同様、机が四十くらいずらりと並んでいて教卓が黒板の前にある。ただずっと使っていないようで、掲示物を一切張っておらず、机以外にはロッカーに箒と塵取りがあるのみ。

 窓にもたれかかった少女は、肌が雪のように白く氷柱のように鋭く透明な瞳をしていた。

 こうしてみると、同性だけど加奈さんはやっぱりかっこいい。

 常に何かと向き合って、それが辛いモノであっても決して目をそらさない。そんな強かな印象が感じ取れる。

 今日は特にそう感じさせられた。

「生徒会長選に推薦されているらしいね」

「ええ、あなたが風邪で早退した日に生徒会役員に持ち掛けられました」

 私は今朝からの彼女の様子を思い出す。

 酷く悩んでいるようだった。いつもより険しくも凛々しい顔。動揺しているなんてみじんも感じさせない。ただ周囲に一切の注意を払っていない様子から、彼女の感情を読み取ることはできた。

 読み取れた、なんて言い方はよくないだろう。でも決して悩みを外に出さないだろう彼女のそれに気付くことができた、それ自体が私にとって大きなことだった。


「生徒会選挙に、出ないつもりなの?」


 私のその言葉に彼女は顔を強張らせた。


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