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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅱ 夜空の姫君は再生を願って
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43話   二条有紀は風邪をひく その3

   43話   二条有紀は風邪をひく その3


 迎えに来てくれた穂波さん。

 私は彼女に対して申し訳ない顔をした。私って人間はまだこの人たちに気を使わせてばかりいる。その上、こんな風に迷惑をかけてしまうと私は正直どうするべきなんだろうか。

「すみません、忙しいのに」

 穂波さんに支えられて、学校の廊下を歩く。

「いいの、有紀ちゃんは余計な気を使わなくて」

 玄関を出ると一台の車が止めてある。よく家のガレージで見かけるものだった。

 穂波さんがポケットに入れていたボタンを押すと、ピピという電子音が響いた。そして彼女は後部座席のドアを開けて、私を乗せた。

「車酔いとかは大丈夫?」

「はい。あまり酔うことはないです」

「そっか、丁寧に運転するけど気分が悪くなったら我慢しないで正直にね」

「はい」

 運転席でエンジンをかけた彼女が、見送る養護教諭にクラクションで応じた。

 

 車道を走り始めてからわかったことだけど、穂波さんは運転が非常にうまい。ブレーキとアクセルの加減、一定のスピードの維持と素人の私でもすごいと思った。

「運転うまいですね」

「そう、ありがとう。私は学生時代に友人に教習所へ一緒に通おうって誘われたことがあったんだね。でもその時の私は車の免許なんてさらさらとる気はなくて、すぐ断った」

「免許を取るのって、何かと大変ですしね」

「うん、お金もかかるし」

 車は赤信号で停車する。

 穂波さんはサイドブレーキを掛けると、運転席左の小物入れから水の入ったペットボトルを取り出して、それを口に含んだ。

「でも、社会に出ると何かと不便でね。結局とることになったのよ」

 彼女はバックミラー越しに私を窺った。

「家まで少し時間があるから、眠ってなさい。着いたら起こしてあげるから」

「じゃあ、お願いします」

 私は彼女に言われた通り、目を閉じた。

 しんどくてとても眠れそうになかったけど、こうして瞳を閉じて横になるだけでも大分体は回復するらしい。

 

 私は布団にゆっくりと寝かしつけられる。

 穂波さんのまるで割れ物でも扱うような様子に私はくすぐったさを感じた。嬉しかった。小さな子供でないのに、こんな風に大切にしてくれて。

「ありがとうございます」

「いいのよ」

 少し大げさじゃないかって、思われるかもしれない。ただ、本当に体が思うように動かない。体温を測ってみれば学校にいた時よりさらに上がっていた。

「お水を持ってくるね。冷たいといけないから、少し温めてくる」

 彼女が出ていく様子をぼうっと眺めていた。

 私が最後にひどい熱を出したのは、今から一年前だった。当時、弟は健在で親の代わりに看病してもらっていた。風邪で熱を出したとき、妙に不安になってしまう。そんな時に誰かがいてくれることはとても心強かった。

 その半年後に弟は長い眠りについた。

 弟がいなくなってからも、私は体を壊して寝込むことが数回あった。その時は一人きりでとても寂しかった。

 だからこんな風に看てもらえるのは幸せで、尚私より年上というのは興味深かった。小さなころはよく看病してくれたけど、父がああなって以降はあんまり見てもらえなかったから。

 途絶えつつある意識の中、穂波さんが枕元に水の入ったボトルだろうものを置いていった。


 昼になって、穂波さんに一度起こされた私はボトルからゆっくりと水を飲ませてもらう。

 結構汗をかいてしまった。背中がぐっしょりと濡れてしまっている。

「たくさん汗をかいているみたいね。拭いてあげる」

「お願いします」

 私は上を脱いで、汗を吸ったシャツを床に置いた。

 穂波さんは、水を張った洗面器とタオルを部屋に持ち込む。乾いたタオルを水に浸して、きつく絞り、背中にピタッとつけた。冷たいんじゃないかと身構えていたが、意外と何も感じなかった。

 むしろ温かい。

 洗面器に張っていたものはお湯だった。誰かに背中を拭いてもらうのがここちよくて、うっとりしている。

「どうかな?」

「気持ちいいです」

「そう、よかった。寝間着も汗で濡れているようだし洗濯しておくね」

 ジャージに着替えてベッドにもぐりこんだ私は、こくりと頷いた。

 食欲のなかった私は、昼食を摂らなかった。

 その後、夕方まで穂波さんは私の額にのせたタオルを換えにやってきた。


 日暮れ。

「復活!」

 私はベッドから体を起こして、大きく伸びをした。

 熱っぽさはなくなって、体に感じるだるさもなくなっていた。ただのどがカラカラになっている。

 テーブルに置いてあるペットポトルのキャップを開けてそれに口を付けた。ゴクリごくりとそれを飲む。中身を半分減らしたそれの蓋を閉めた私は、小物入れにある体温計に手を伸ばす。

「どれくらい下がったかな?」

 古い電子タイプの体温計を脇に挟んで数分。電子音が聞こえたのでそれを取り出した。

 熱は三十七度まで下がっていた。

 さすが、私。

 私って風邪で熱が出ても一日ゆっくりしていればその日のうちに熱が下がるんだよね。それに安心できたのが一番大きい。

 私は階下で料理をしているだろう穂波さんに顔を出した。

「有紀ちゃん、もう大丈夫なの?」

「はい、おかげさまで熱が大分下がりました。まだ微熱ですが明日には学校に行けそうです」

「うーん、大丈夫なの。私心配だけど」

「今日はもうゆっくり体を休めたいと思います。穂波さん、その、ありがとう」

 私は少し恥ずかしい気持ちになった。頭をぺこりと下げてその場をそそくさと立ち去った。


 明くる日、私は元気になった。

 しかし、啓二と穂波さんがあまりにも心配するもので結局今日も休みを取ることにした。

 私は玄関口で、啓二と加奈さんを見送った。そのあと一人だけ遅い朝食を摂って、再びベッドの中に入った。


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