42話 二条有紀は風邪をひく その2
42話 二条有紀は風邪をひく その2
「ああ、気分が悪いよお」
「大丈夫なの?」
私の顔を覗きこむのは、若い女の養護教諭だ。どうして養護教諭とこんな風に顔を合わせるようになったかというと今朝のホームルームにさかのぼる。
それは神奈川先生が出席簿をとっている時であった。淡々とクラスメイトの名前を読んでいく中、先生が私の顔を見た際に血相を変えてこちらにかけてきた。およそ自分ではそこまで調子が悪いつもりではなかった。しかし傍から見たら、相当な顔色だったらしく、ほぼ強制的に保健室送りとなったのだ。
「私って調子悪いのがほぼデフォになっているようなものなので、今朝も大したことはないと思っていたんですが」
「いつも体調がすぐれないせいで、かなり調子が悪くなっても気づきにくいってことかしら」
「はい」
私、二条有紀は普段より精神科が処方する薬を服用している。その薬のお蔭で、めまいにふら付きや吐き気などを抑え込んでいるのだ。しかし抑え込んでいるだけであって、それが消えてくれているわけではない。
「薬で全部解決はできていないですから」
「大変だね」
そう、大変なの。
薬を飲まないと我慢できず、もんどりうっている状態だろう。飲んでいてもしんどい。そのせいで気が付かないうちに風邪でひどい熱なんて出していました。インフルエンザに気付きませんでしたなんてことが多々ある。
私はため息をついた。
先生から体温計を渡される。私は体温計をちらりと見やってから脇に挟んだ。
「水銀の体温計とは珍しいですね」
「うん、他のは電池を切らしてしまってね。そら、他の体温計は全部それ」
先生が四角い筒を私に向ける。
筒の中に四、五本の水銀計が入っていた・
「これって電池いらずで結構便利じゃないですか」
「便利なんだけどね、もうそれもお役御免さ」
「何でです? まだまだ使えそうじゃないですか」
「ほら、この前になんて条約だったかな、ああ、そうだ。水俣条約で水銀を含むすべての製品の使用がもうすぐ禁じられるんだよ」
この前、ニュースでやっていたやつか。
そいえば、最近病院では血圧計も水銀式はめっきり見なくなった。
少し寂しいような気がするがそれも時代の流れという奴だろうか。
ストーブのすぐそばに椅子を寄せて温まっている私だが、体の震えが止まらなくなっている。頭はくらくらして、目に映るものがぼんやりとしていた。
「センセ―、ムッチャ気分が悪いですー」
心配そうな先生は手を私の額に当てた。
「あっツいなあ。さっきの体温は三七度少しだったけど、もう一回測りましょ」
水銀計を受け取り、体温を測る。
数分して、はさんだ脇から取り出した。ぼんやりする目を細めて、目盛りを見る。
「三八度三分になってます」
「えっ!」
私から体温計を回収した先生は、入口のすぐそばに置いてあるソファに寝るように促した。
私はそこに横になる。毛布を掛けてもなかなか温まらない。むしろ寒いくらいだった。
「私、神奈川先生呼んでくるから、少し保健室を離れるよ」
「はいー」
元気がみじんもない返事をして、私はしばし眠った。
体を揺すられて、浅い眠りから目を覚ました。
目の前には私の担任がいた。
「熱もあるし、帰る?」
「うーん、……ああ、そうですね。あんまり頭が働かないですし、帰ります」
まともに体も動いてくれないし、これ以上いたってしょうがない。むしろさらに体を悪くしてしまう。
でもどうやって帰ろうか?
体を起こしただけでこんなにフラフラする。立ってまともに歩くこともできそうにない。
「う――」
気分が悪くて、唸り声をあげてしまう私。
ブルブルっと、背を気色悪い虫が走り抜けるような寒気が走る。嫌な感覚だ。私は両手で自信を抱きしめる。
そんな様子を見て、先生方は二、三言言葉を交わす。神奈川先生が私の方へ寄ってきた。
「保護者の方に迎えに来てもらいましょうか」
「……そうですね」
本当なら大丈夫ですって言いきりたい気分だ。
保護者って言っても居候先の方になるわけで、あんまり心配をかけるわけにはいかない。強いて言えば迷惑なんてもっとかけたくないのだ。
ただ、今はそんなことを考えている余裕すらない。
「先生、すみませんが連絡をよろしくお願いします」
「はい、了解しました。あなたはそこでゆっくり休んでいてください」
担任はそそくさと保健室を出ていった。




