41話 二条有紀は風邪をひく その1
41話 二条有紀は風邪をひく その1
「胃が、きりきりする~」
私は鳩尾をぎゅっと押さえつける。結構な痛みで体はクの字に曲がっている。それを心配したアフロ委員長は私の背をさすったりしている。傍から見たらもはや病人の域である。
放送部部員からは、保健室に行った方がいいのでは、なんて言われた。
私は彼らを安心させるべく、
「大丈夫大丈夫、体質だから問題ないさ」
なんて笑顔で言ってみる。ただ、私は笑顔を浮かべているつもりなのに、彼らはぎょっとして後ろに下がった。
「二条、無理はするな、な。本当にヤバかったら俺がやるから」
「いや、私が! 私がやりますから!」
およそとんでもない形相をしているみたいだ。
なんでこんなに緊張するのかな。前なら、全校生徒前に、堂々喋ったっていうのに。本当に訳が分からないな。
私はクスクス笑みをこぼした。
顔色が悪い私が気味悪く笑ったせいか、放送部員たちはさらに部屋の隅へと寄っていった。
「フ、フフ、フフフ~」
さて、私が現在気分悪くしてまで放送室にいる理由を述べる。
それは、選挙管理委員会の仕事に他ならない。生徒会のリコールに関して、生徒会側の演説を行うことと、信任投票を五限目に執り行うことを告げるためだ。
「ねえねえ」
私は隅に逃げていった小動物のごとき震えようの放送部員を招き寄せる。
「とっとと放送しちゃうから、サポートして」
「は、はい」
さて、私はカンペカンペ。
ポケットの中井無造作に突っ込んでいたそれを引っ張り出す。走り書きの字が三行。
別に緊張なんてしなくていいのに、これを読めばいいだけだというのにどうしてこんなしんどい目に合うんだ!
ああ、理不尽だ。
「あの、用意できました。そこのボタンを押してもらえれば放送できますから」
「ん、ありがとう」
はいはい、そんじゃあ押しますかあ。ポチッと。
ボタンを押すと同時に、規則正しい鉄琴の音が鳴る。そして私は猫なで声の気色わるい声でもろもろを伝えた。
放送後、不快なことにアフロ委員長が『なにその声?』みたいな顔して笑っていたのでせっかんしてやった。具体的には、そのアフロをぎゅうぎゅう引っ張ったことだ。
五限目には体育館で生徒会の演説が行われた。
演説は十分で終わり、全校はそれぞれの教室に戻って信任するか否かの投票をする。
「今から紙を配ります」
私は、十センチ四方の紙切れをクラスメイトに配布していく。配布途中に心ここにあらずとなっている加奈さんを注意。
普段超然としている彼女が、こんな形で注意されることはあまりない。彼女は「すみません」と呟いて私から目をそらした。
クラスメイト各員に配布を終える。
私は教卓に戻って、説明を再開する。
「今回の投票は現生徒会の信任を問うものだから、信任の場合は○で不信任の場合は×を付けてください。それ以外まあ、信任するとか、信任しないとかって書いても有効投票になるけど、とにかくこの○×のどちらかで」
さて、私も投票紙に記号を付ける。私は当然○とした。理由として、現生徒会を不信任とする理由が見当たらないからね。
私が投票者第一号。
投票紙者名簿に私の名前を書き込む。
さてここで、何か疑問を持っているクラスメイトがいるようだ。クラス委員長の神宮寺那岐ちゃんが、手をびしっと挙げている。
「どうしたの那岐ちゃん?」
「えっと、この紙に名前を書くんですか?」
私は苦笑する。
投票用紙に名前を書く必要なんてない。そんな当然のことでも少しの疑問を抱いてしまうと彼女は聞かずにはいられない。そういう性格だから、こういう一種恥ずかしい質問もできるのだろう。
「投票用紙に名前は書かないでください」
周りから、クスクス笑い声が挙がる。
「はーい」
那岐ちゃんは堂々と返事をした。
五分後、投票用紙を箱に回収し同時に投票者名簿に名前を記名してもらう。クラス税員分を回収した私は、投票箱を選挙管理委員会に持っていく。
私がいなくなったクラスでの段取りは、クラス委員の那岐ちゃんがしてくれることとなっている。
委員会では例の失礼なアフロ、もとい委員長指示のもと、開票作業が行われた。集計した結果は、私の口から発表することとなった。
私は昼休み同様、再び放送室にいる。
「こういうのは委員長が発表すべきだって思うんだけど、どうして私なの?」
「一度手を付けたことは最後までしないとダメでしょ」
リコール担当。
選管の限られた業務の中でも特に必要とされないもの。私はそれに就いていた。理由は至極単純、楽そうだから。
そんな意図もアフロなら見透かしているようだ。
「何に対してもやる気を見せなかった二条だ。それが今回のリコールでの働きぶりを見て、思ったんだよ。前よりずっと生き生きしているって、確かに二条がするべき範囲を超えているのも事実だが、俺はやり切ってほしい」
アフロ委員長の熱のこもった言葉。こんな風に言われるとこう、胸の中がムズムズして仕方ない。
誰も彼も私を見ていない。私はいないモノも同然だって、一月前まで思っていた。だってそんな風に思われるよう行動していた。でも見ている者は見ているんだ。いい部分も悪い部分もしっかりと。
そして、啓二や那岐ちゃんに加奈とアフロとか見ている人がいることをこんな風に感じることができる。
やっぱロではっきり言われると違うなあ。やる気が出てくる。もっとやってみたくなる。これきりにしたくないって気持ちもふつふつと沸き立ってくる。
私はにやりと笑った。
「いうねえ、アフロ委員長」
「アフロいうな」
私は決意をもって、アフロの眼鏡越しに映る瞳を見据えた。
「やるよ」
学校が終わってから、私は啓二に付き添ってもらって弟、泰孝の病院へ行った。
病室には変わりない弟の姿。
啓二は気を利かせて、病室の外で待ってくれている。少し申しわけない気持ちがしたものの、弟と二人きりでいることは私にとっては苦痛であり幸せでもあった。
「泰孝、私さあ、選管のリコールの責任者やってるんだよ。前まで面倒ごとなんて御免だったんだ。しんどいことはしたくない。頑張ったって報われない。なら何もしないほうがいいって、……そう思っていた。でも違った。頑張っても頑張ってなくてもそれを見られていることを知らされた。やることやって、さりげなく褒められて、私さ、なんかすごいやる気が出てきたんだ。いろんなことをやってみよう。いろんなことに挑戦して失敗して、毎日を過ごしていきたいって」
私は弟の手を両手でぎゅと握りしめる。私の思っていることがビビッて電機のように伝わってほしい。言葉が聞こえないなら、目が見えないなら、肌で感じ取ってほしい。
「私、頑張る。だから、アンタも頑張るんだよ。寝たままなんて、お姉ちゃんが承知しないからね!」




