32話 二条有紀の不安 その4
32話 二条有紀の不安 その4
六限目始業前に私はクラスを出て、体育館へと向かった。すでに委員長他数名の選管が集まっている。生徒会は生徒会で、壇上にて何やら打ち合わせをしていた。
「生徒会側の何らかの告知とリコールの説明について先生方からは二十分ですませてほしいとのことだ」
委員長が、私を含め三人の委員に段取りを説明する。
選管が体育館に四名しかいない理由に関しては、残りの委員がリコールの署名が有効であるかのチェックを行っているためだという事だ。昼休み以降、署名が有効であるか急いで行っていたがどうにも間に合わなかったらしい。この休憩時間中には何とか終わらせるそうだ。
もうすぐ冬期休暇が始まるために時間があまりないのだ。
「生徒会がわざわざ授業時間を強引に使って何かを告知するんだ。ほとんど時間がない今にしてみれば、幸運といえるだろうな」
腕を組みながら委員長はそう語る。話の末尾には深いため息もついていた。
選挙管理委員会の仕事なんて定期的に行われる生徒会選挙の票数数えだけだ。楽な役割だと思って、当時腐った魚の目をしていた私はそれを選んだ。
ごたごたが嫌いなのに。
私はやる気ない目を委員長に向ける。
「まあ、放課後に全校集めるなんてことはしにくいし、いい機会だとは思うけど。委員長はなんか変だと思わない?」
「なにが変だという?」
「生徒会は向こうは何らかの連絡をするために、この時間に全校集会を開くこととした。それをどうして私たちに伝える必要があるの? リコールの関する情報は向こうに漏らしてないんでしょ」
眼鏡アフロは顎を手で撫でて考えるしぐさを見せる。
ああ、何だろうね、この嫌な予感は!
相当ろくでもないことに巻き込まれる気がしてならない。
「確かに署名確認ばかりに気を取られて全然そちらに注意していなかった。変だな」
「変なんてもので済ませないでよ」
頭を抱える私、二条有紀の属する選挙管理委員会は構成人数十二人。うち八名が票数え担当。残り三名はリコール担当。生徒会のリコールなんてまずあり得ないから、面倒くさがりの私にとって最適の役だと思っていた。それがこういう風に裏目に出るとは。
私は委員長の傍らにいる副委員長と一年生の男子に目を遣る。
「副委員長とあなたは私の補佐をすることになっているんだったね」
副委員長の佐々木さんが私を心配そうに見ていた。
「二条さんって、その、まだ体のほうはよくなってないって聞いているんだけど大丈夫か?
もし、辛いなら私が交代するが」
「副委員長の提案は嬉しいけど、やるときにちゃんとやらないとだめだからさ」
ほとんど仕事のない奴にいざ仕事が降ってきて、それができないなんてことはふつう許されない。周りの連中にどんな目で見られるやら。コミュニケーション取らないでクラスから孤立するより質が悪いよ。
「壇上でリコールについて話すときは、後輩君と副委員長が私の後ろで控えていて。何か困ったことがあったらすぐいうから」
逃げることはできない。ただやるだけ。
「了解です、先輩」
「わかった」
彼等は神妙な面持ちでうなずいた。
私は大きな不安、恐れの中にいる。
なまなまとした人のざわつきで気分が悪くなる。頭を殴られた後遺症で急に倒れるかもしれない。
人前に立つ恐怖。
それをも超えないといけない。私はかつて啓二をぞんざいに扱った。それでもあきらめることなく私に接し続けた。彼は私に何かに挑み立ち向かうことを教えてくれた。
心の中にぼっとついた小さな炎。それはさしずめろうそくのようで、私の暗い心の中をぼんやり照らす。胸の内にあるその光を意識する。ちょうど心臓と同じ位置、体中に広がっていく感覚。
閉じていた瞳をカットひらく。
「よし、やろう!」
体育館に全校生徒が集まりつつあるなか、私は選管から離れた場所、壇上に上がる階段の傍にいた生徒会長に話しかける。
「会長、選管の二条だけど私たちを呼んだ理由は?」
「僕が一身上の都合で会長職を辞することを伝えるため。君たちを呼んだのは、残った生徒会役員の役職変更について説明してほしいのが目的」
あれ?
まったく違う目的で呼ばれいるな。選管を呼び出す以上は何らかの生徒会役員で行われる選挙関連だと思っていた。例えば緊急の役員増員のための選挙とか。
そもそも私たちの通う学校は生徒会の権限が強力だ。部の設立、廃止はもちろん部費の増減、一部校則の変更も可能だ。ここまでなら普通の生徒会でできるだろう。
他の学校と違う力、それは生徒会役員の権能が教職員にまで影響するというものだ。
こういう強力な決定を下すことのできる生徒会の役員変更となれば、全校生徒への告知は必須。その告知も選管の仕事に入る。
しかしまあ、
「任期中に辞められるものだとは思っていなかったね」
「学校を転出するんだから仕方ないさ」
「大変だね。あなたも。それで、私たち選管の役目だけど、それの告知だけじゃないよ」
私が発した言葉に対して彼はさほど驚くことはなかった。
選管の仕事なんて、限られている。生徒会が要請していること以外で何らかの告知が必要なことと言えば彼もすぐに理解できるだろう。
「リコールか」
「そうだね。もしかして六限目に二十分、時間を取ったのはそれも織り込み済みなの?」
「何かと噂を耳にしたもので。僕はそういうものをあまり無視できないたちなのでな」
そろそろ全校が集まった頃だ。
私は踵を返す。
その時、生徒会長は混乱のただなかに置かれているにもかかわらず、嬉しそうな口調で私に言った。
「二条は、だいぶ変わったんだな」
私には根暗という印象が依然として根付いている。にもかかわらず、こうして気楽にはなしてきてくれる会長をありがたく思った。
「ま、誉め言葉として受け取っておくさ。荻浦会長」




