31話 二条有紀の不安 その3
31話 二条有紀の不安 その3
月曜日の昼休み、選挙管理委員会が緊急招集された。私は那岐ちゃんと楽しく昼ご飯をパクパクと食べていたのに、このような横やりに苛立ちを覚えていた。まさか最も楽そうな委員会である選挙管理委員会が急な呼び出しをするとは。
前もって日付や時間を告げずに、こんなことするのは止めてほしい。
私は委員会で使われる教室につくと、適当な席に着く。放送からおよそ数分で委員の大半が集まると、教卓を前に委員長があることを告げた。
「急な呼び出しをして済まない。実はある書類が四限目終了と共に俺のもとへと届けられた」
ぼさぼさの頭をした眼鏡委員長は右手に掴んだ紙束を私たちに見せた。
「これは生徒会のリコールを求める署名だ」
周囲がざわつき始める。
それもそうだ。選挙管理委員会がリコールの署名を受け取ったのは過去に数回、ここ数年はそんなものなんて目にする機会もなかった。それもそのはずだ。生徒会は自分たちで選んでいるのだから、それを都合が悪くなったからやめさせるなんてことはできない。
以前までの私ならやる気がないから、ああそう、ですませると思う。しかし最近は、あることもあって積極性が増してきた。こうして無意識下で挙手してしまうなんてことはなかったんだけど。
「……きみは、二条さんか、なにか?」
「はい、そのリコール請願書の大義名分は?」
委員長は私が意見したことに対して相当以外だったらしく、しばらくフリーズしていた。およそ、途中で抜ける口実でも私の口から出ることを予想していたのだろう。私は呆れて「委員長」と語気を強めた。
「あ、ああ。すまないな。えっと、大義名分は、文武問わず大規模な部活動の改革を早急に要望するものの、現在の生徒会ではそれが不可能とのことだ」
副委員長の女の子にも内容を事前に通知していなかったみたいだ。驚きと怒りで眉間にしわが寄っている。
真夏に台所でガスコンロを使う時みたく、じっとり圧迫感のある空気で私は発言を続けた。
「受け取った署名は?」
「百十五人分を預かっている」
私は大きく息を吐いた。
リコールの署名の効力が発生するのは全生徒数の十分の一。この数の署名が集まると正式に信任投票が実施される。投票の結果、半数以上の不信任票が認められた場合に生徒会は正式解散される。
この学校の全生徒数は九百七十四人。確かに十分の一以上は集まっている。
委員長は続ける。
「先ほど生徒会から申し入れがあって、六限目に全校生徒を体育館に集めるそうだ。恐らくその時にこの件を伝えることとなる」
委員長は私たちをぎろりとにらむ。決して表現などではない。本当に睨み、殺気を私たちにぶつけてきた。普段、頼りなさそうな男子でも時にこういう怖い一面があるから分からない。
私は委員長を見据えた。決して視線に負けることはない。そんな張りぼての物なんて私には無駄だ。
私は彼の次の言葉に最大限の注意を払う。
「委員長権限を持って伝える。決して大義名分を口外するな。この案件はそれだけデリケートで危険なものだ」
私の中を嫌なものが走った。泥の中をのたうつ蛇のように激しく冷たいもの。
頭の血がサーと体の下のほうに下がっていく。フラッとするけど、何とか耐えた。




