30話 二条有紀の不安 その2
30話 二条有紀の不安 その2
「で、俺達日曜日にデートするって言ったけど、ここはなんだ?」
「なんだって、私の家だけど」
私は頭を傾げる。
デートとは何であるか、恋人と特別な時間を過ごすことである。と私は解釈する。彼をだますようで悪いけど、雄一郎さん宅に必要なものを家から持ってこなくてはいけない。彼曰く、遠慮はいらないとのこと。
「まあ、なかに入ろ」
私は玄関の鍵を開ける。
ブレーカーを上げて廊下の電灯をつける。
私は啓二に上がるよう言った。彼は居心地が悪そうだった。それもそうだ。彼がこの家に初めて上がり込んだのは、私が血を流して倒れていた時なのだから。
彼を私の部屋に入れた。何やら少しうれしそうな顔をしている。
「えっと、お前の部屋って綺麗だな」
「何なの、その変な感想は。男は女の子の部屋がたとえどんなことになっていようとけっして悪い印象を言葉に出さないモノ。それは褒めているうちとは言わないよ」
啓二は半眼になる。
……くそ、どうやら素の感想だったみたいだね。もう少し嬉しくなるようなことを言ってくれてもいだろうに。このポンコツ。
そういう私の部屋、第三者の視点から見て確かに綺麗以外のなにも浮かんでこない。
こ、これはもしかするとゆゆしき事態ではないか。
私が女の子らしくない……だと!
「まあ、今日のデートも女らしくないと言えるかな、私の部屋で片づけをすることが主となるからね。ま、よろしく」
「お、おう」
あれ、思ったより反発してこないなあ。
「あの、啓二。今日はデートってことになってて、場所も私に選ばせてもらったけど期待に応えられなくてごめんね」
「いいよ。まあ、有紀の体調を考えると少し不安なところもあったから無理しないで自然体でいてくれていることに安心した」
彼の人の好さに私は頭を抱えた。
あんまりにも優しくして真っ直ぐな奴ほどいじってやりたくなるっていう感覚がわいてくる。なんだろうね、こういう嗜虐思考っていうのかな。ここ半年で私もずいぶんと性根が曲がってしまった。
「へえ、もっと景色がきれいな場所で二人きりとか想像してたんじゃないかな。よしんば、キスなんてできればラッキーなんてねえ。でも私たちさあ、最近まともに手もつないでないよねえ」
少し挑発的な口調で彼に話してみる。
「いや、そ、そのだな。き、キスはまえにしたじゃないか。お前の方から」
頭の中が真っ白になる。頭の中にある膨大な記憶から一瞬である瞬間が浮かぶ。そして私は言いようのない恥ずかしさを覚えた。
くうぅ~。
そういえばそうだった。私から強引に唇奪ってた。なんて破廉恥な。恋愛とかそんなものに対して夢を持つ気力すらなかったあの時の彼の優しさか、あの甘い言葉かあ。あれで私をたぶらかしてぇ。
私の顔はリンゴのように赤くなっているだろうか。
「も、もういい。ほら、それより、荷造りするから手伝ってちょうだい」
私は、服を何着かクローゼットより取り出す。ハンガーから外してそそくさとたたんで、積み上げる。
私は背後に突っ立ている彼に手を動かしながら言った。
「そこの本棚の純文学小説と、簿記の本をその大きな鞄に入れてね。絶対に他の場所をむやみに探らなこと。余計な事したら、……殴るからね」
「は、はい!」
彼の妙に高くなった声を聴いた。
かつてはリンゴを軽々と握り潰せた私の握力。彼はあろうことか、それより私をゴリラ呼ばわりしたのだ。その時ぶん殴ってやったけど、その時の痛みがまだ忘れられていないようね。
ざまあないね。
「啓二、午前中には終わらせたいから、頑張って」
「はいはい、お前はあんまり無理するな」
私は振り返って、本をカバンに詰め込んでいく彼の後姿を眺めた。わがままいっても、こんな風に黙ってこなす。
……。
「冬休みに入ったらちゃんとしたデートしようね」
私は視線を服に戻し、ボソッとつぶやいた。
本をごそごそ鞄に詰め込む音が一瞬止む。
別に聞こえなくてもいい。そのつもりで言ったのに、ちゃんと聞こえていたみたい。
「ああ、そうだな。楽しみにしている」
表情は分からない。だけど、この声色は嬉しそうだった。
「……これだあ」
私は床に並べられたカードをひっくり返す。ハートの6とクローバーの9が表となっていた。少し自信があった私は肩をがっくり落とした。
「有紀さん、ヒントありがとうございます」
加奈さんが私のひっくり返したハートの6とダイヤの6を表にした。続いて、クローバーの9にスペードの9を反転させる。
「くっ! なかなかやるねえ」
私はたらりと額から汗を流す。私たちは互いが床に座って集中力を極限まで高めあっていた。
現在、私と加奈さんはトランプの神経衰弱をしている。夕食後の空いた時間に、加奈さんのほうから誘ってきた。彼女のほうから何かしようという風に誘ってくるのは、正直気味が悪かった。
彼女の性質を大して知りもしない私がこんなことを言うとは大変失礼な話だ。ゲームを始めたうちは、何かと勘ぐっていた。ただ途中から、どんどんのめり込んでいって現在のように張り詰めた状態、まさしく『神経衰弱』という言葉がふさわしい。
「あら、有紀さんってこういうのが苦手なんですか?」
「苦手なもんか、加奈さんがアホほど強いんでしょうが。さっきから何。ペアを十二セットも連続で開いて」
「別に、大したことではないでしょう」
はは、何言っているんでしょうね。この人は。
結局カードは全部加奈さんにとられた。この度、加奈さんによって私は神経衰弱が弱いというレッテルを張られる始末となった。




