29話 二条有紀の不安 その1
29話 二条有紀の不安 その1
土曜日、私は先日まで入院していた病院へと向かった。穂波さんが付き添って下っているけど、どういう話をするべきだろうか私は悩んでいる。冬の乾いた風にあおられながらボーと歩いている。
「有紀ちゃんは、最近どうですか」
穂波さんは常に笑顔を絶やさない。こんな綺麗な人と一緒にいられるのは幸せだ。誤解されそうだけど、百合とか決してそういうモノじゃあない。そう、尊敬できるお姉さんっていう感じだ。
「はい、おかげさまでだいぶ良くなってきました。おうちでは大分ゆっくりさせていただいていますから」
「そかそか、困ったら何でも言ってね」
私は穂波さんの言葉を頭の奥底にそっとしまう。
大切にされている実感、それをぐっと噛みしめて。
「はい」
病院に到着すると、受付で名前を記入する。もとより予約を入れていたために、数分で奥に通された。診察室で主治医が瞳孔に脈拍をチェック、最近の状態を聞かれたのちに看護師の葉環さんに案内されて検査室に移動する。
「MRIはかなりうるさいけど、もし気分が悪くなったらいってくださいね」
「はい」
頭がドーム状の中に入ると、ガッコンガッコン激しい音がした。
確かに気分が悪くなるような音だ。普段、私は雑音を嫌っていて、それで吐き気を催すなんてことはよくある。人と人の多数が話し合うという無秩序な意志のまじりあいが嫌いなのだ。
水と油、鰻と梅干。それだけ私は嫌いなのだ。
でも不思議なことにこの機械音によって気分が悪くはならなかった。
「はい、終わりました」
ドームから出た私は、血を抜かれ、血圧を測り、心電図を付けた。
診察室にて主治医が脳の輪切り画像とにらめっこしている。
「まあ、状態は快方に向かっていますね。お薬を処方しますので、それをちゃんと服用してください。また来週も来てください」
私たちは丸椅子から立ち上がり、診察室をでようとする。しかし、穂波さんはしばし残るようにと言われた。受付で待つこと十分、穂波さんが戻ってくる。
彼女は少し悲しそうな顔をしていた。
医者は一体何を彼女に言ったのだろうか。
受付で支払いを済ませ、病院を出る。帰りは変に気まずくなって、私の方からふった話題も何だかぎこちなくすぐに終わってしまう。
泰孝は今頃どうしているだろうか。少しでも、いい夢をみられているだろうか。
ずっと眠り続ける弟の寝顔をふと思い出した。