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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅱ 夜空の姫君は再生を願って
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25話   橘加奈という少女 その2 

   25話   橘加奈という少女 その2 


 翌朝、私は穂波さんに見送られて学校へ行った。啓二君、加奈さんとも一緒。ただ、啓二君からして、私と加奈さんの組み合わせは違和感があったのだろう。妙にそわそわしていた。

「啓二くん、どうしたの?」

「ん、いや、大したことじゃあない」

 彼は私から目をそらす。そして私たちから距離を取った。

 そんな露骨に離れなくてもいいだろうに、登校が一緒なら話す時間だって増えて、楽しくなる。なのに君が離れていってしまうと、間がもたなくなる

 加奈さんとは、どうにも話しにくい感じが抜けきらない。

 昨日、彼女は私に対して積極的に話しかけてくれた。ぎこちない、というか凝り固まった感じなのは学校と変わらないけど、あんな風に饒舌だったのは初めてだと思う。だから私も彼女に応じたいと思った。

 加奈さんともっと自然に話し合えるようになりたいと思う。

「啓二君、歩くのが早いですね。少しくらいゆっくりしていってもいいと思うのですが」

「彼ってせっかちなんだから」

「どうでしょう。彼はそんな感じではないと思います。むしろ私たちと一緒に話しながら学校に行くことが恥ずかしいとかそんな理由でさっさといったんでしょう」

「へえ、そうなんだ」

「彼はもともと女の子が苦手な性格だったのですよ」

 加奈さんは彼のことを得意そうに話す。加奈さんの私とは違った啓二との関係に、少なからず興味を抱いた。特に表情を変えず、時折悲しそうな顔を浮かべるから、私を余計にそうさせたのだ。

「意外だね。彼は女の子に人気があると私は見ていたんだけど」

「まあ、間違ってはいませんね」

 そういいながら、彼女は坂の下の曲がり角を指差した。加奈さんの指し示す方には、制服を着た誰かが隠れているみたいだ。

「なんだかんだ言っても、彼は待ってくれます」

 私は彼の子供っぽい姿を見たことがない。私の前で振る舞う姿は、見栄を張ってのものだろうか。私と同じで、好きな人に対してはそうありたいという願望からか。

 私が見ている姿は、彼の本当の姿ではないのかもしれない。

 私は、彼のほうをじっと見やっていた。

 そんな私を加奈さんは怪訝そうに見た。

「難しい顔をしていますね。あなたは、もの事を深く考えすぎる癖があるんじゃありませんか。人のことを言えたものではありませんが、気にしすぎないことです」

 私は目を閉じて、静かにうなずいた。

「その通りだよ」

 加奈さんは、啓二に追いつく。彼の肩を掴むと、何やら文句を言っていた。

『歩くのが早すぎます。もう少しゆっくり歩いて下さい』

『はいはい、つい癖で』

『もう少しは気を利かせてくださいな。女の子の歩幅に合わせるくらいのことができないと、ダメなんですから』

 私は加奈さんと啓二の親しそうな様子を見ていると、胸の中がうずいてくる。心臓を見えない手が掴んでゆっくり絞り上げていくような感覚。

 ああ、苦しい。

 私は、あの二人が楽しそうにしているのを見ると無性に不安になっていく。

 私は彼らから目を背けると、一人学校へと向かう。加奈さんがそれに気づいて、追いかけてきた。私がこんな風にしている原因は分かっているだろう。それだけ、加奈さんは人の心の機微に鋭い。

 私は彼女の顔を見ることができない。

 彼女が今私に対して抱いている感情は、あまりよくないものだと思うから。

 私と加奈さんはもともと敵同士だから。


 私は三週間ぶりに教室に顔を出す。クラスメイト達は皆驚いた顔をしているようで、那岐ちゃんと飯田君は、私のもとへ駆けよってきた。

「おお、二条。久しぶり。元気にしてたか?」

 角刈りの陸上少年は私の肩をしつこくたたいて笑っている。篠原君は、遠慮のない飯田君の歓迎に笑みを漏らした。

「おい、有紀は病み上がりなんだから、あんまり叩いてやるなよ」

 飯田君は慌てて手を引っ込めるとバツが悪そうにしていた。

 そしてそんな彼の横にいる神宮寺那岐ちゃんは、俯いたまま何も言ってこない。私は彼女の様子に不安を感じた。どうしたのかな?

「那岐ちゃん、あの……」

 私が彼女の肩に手を触れようとする。ちょうどその時に那岐ちゃんは顔を上げる。涙をボロボロ流して、顔はぐしゃぐしゃだった。彼女は目元をごしごしと擦って、私の胸に飛びこんできた。

「おはよう、有紀ちゃん」

 彼女は私が来ると毎日必ずこの言葉だけはかけてくれた。

 私が家族問題でやさぐれて、クラスメイトとの距離が明白となっていった時もそうだ。親友との会話でさえ、ほとんどしなくなって、ただ学校へは勉強をするだけの空間になっていた。人との関係はない。会話は必要最低限。特に教員から問われたときに答えるだけだ。

 そんな状況下で、彼女は挨拶だけは絶対にしてきた。

 朝の、おはようは必ず。放課後のバイバイもしてくれた。

 あえて無視しようとした時は、私に向かって大きく手を振って『ばいばーい!』なんて言った。

 私は彼女がおはようといった時は、必ず「おはよう」って返していた。何の特別もないような言葉だ。だけど私たち二人にとっては、違った。

 私たちにとっての最後のつながり。

 私は最上の笑みを彼女に向ける。そして――。

「おはよう、那岐ちゃん」

 私は窓際にある自分の席に鞄を置いて座った。後ろには当然啓二。そうして毎度のごとく学校に来たなら朝のショートホームルームまで、机に突っ伏して眠る。その習慣通りにしようとしたら、クラスメイト達が寄ってきた。


  ――「二条さん、久しぶりだね」「体の調子はどう?」「やっと来やがったな。待ってたんだぜエ」「二条さん、今日の昼ごはん一緒に食べない?」「ええ、私も」――


 いっぺんにいろんなことを話しかけられて私は目を白黒させる。

 このまま、ショートホームルームまで眠ることはできなさそうだった。


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