21話 灰色の時間 その4
21話 灰色の時間 その4
その日から私は左目の眼帯を外した。左目の視力が徐々に戻りつつあったためだ。右目の視力低下も一過性のものだったらしく、数日で一気に脳にケガを負う前の状態まで戻った。
やっぱり、目の調子が良くなると心もだいぶ元気が出た。
毎日見舞いに来てくれる啓二が、前よりはっきり喜んでくれているのが分かった。数日前まで、彼の笑顔もどこかぎこちなかった。それが取り払われて、私もうれしい。
ある日、祖母が病室に顔をのぞかせた。そして祖母以外にも四十代の男性と女性が一人ずつ。まったく見知らぬ顔の人だったので、私は驚いた。
「おばあちゃん、この方たちは?」
「ああ、紹介せんとね」
ああ、一月前に見た時より酷くやつれている。私たちが心配をかけるからこんなにまでなって。本当にごめんなさい。おばあちゃん。
べっこう眼鏡をかけたオールバックの男性は一歩前に出る。
「こんにちは。私は篠原雄一郎と言います。こっちは妻の穂波」
男性の隣に佇んでいた女性は、軽くお辞儀をした。私も頭を下げる。
「こんにちは、私は二条有紀と申します。えっとお二人は、どういったご用件で」
私はあくまで彼らに対しての警戒を解かない。ずっと前から初対面の人には、こういう風にしてきた。表には出ないように、あくまで腹の中でだ。どうしても人を信じるには、勇気がいる。
「ええ、実はね。私は、君のおじいさんとおばあさんとは大分長いお付き合いでね」
「そう、なんですか」
「うん、そうなんだよ」
男性は柔和なまなざしを向ける。
「私はね、二条有紀さんのことについて少々おばあさんに窺たんだ。それで、もしよければ私の家に、来ないかね」
私は閉口した。
男性の提案は突然で、全く予想していないモノだった。私の親族はいることはいる。父の兄弟と母方の祖父母等々、結構な数のはずだ。なのにどうして全く知らない人からなんだろう。どうしてこの人が私を引き取ろうって思ったんだろう?
緊張する私に、男性はリラックスするように言ってくる。別にそんな畏まった口調じゃなくていいからって。
そんな風に言うけど。
男性は努めて笑みを浮かべた。
「突然の話で混乱させてしまったね。すぐに決める必要なんてないから、じっくり考えるといいよ。ちゃんと、心が落ち着いたら、でね」
男性の傍らにいた綺麗な女性は、私によってその左手を優しく包み込んだ。赤切れでバシバシになった親の優しい手だ。この手に握られると、……とてもほっとした。
「有紀ちゃん、少しでも困ったことがあったら、呼んでね」
女の人は握った私の手に、小さな紙を渡した。
電話、番号。
「……ありがとう、ございます」
私はそれを胸のあたりでぎゅっと握りしめる。とてもとても大切なモノのような気がした。メモ帳一枚に一行の数列と、苗字が書かれただけ。たったそれだけなのに。
夫妻は、「じゃあ、さよなら」と言って病室を後にした。
去り際に、あの二人を若かったころの父さんと母さんに重ねてしまった。
「いい人やろ。有紀」
「……うん」
祖母の言葉に、私は俯いたままこくりとうなずいた。




