18話 灰色の時間 その1
18話 灰色の時間 その1
病室の窓から覗く景色は白く彩られたものだった。視界はぼんやりしている。私は松葉杖を手に、窓を開けようとした。しかし、窓の鍵を開けても窓は途中までしか開かない。病院は鬱陶しいことをしてくれる。
自殺防止のためだろう。
「外の景色をちゃんと見れないじゃないか」
私は左目のほうにそっと手を当てた。
眼帯が邪魔で仕方ない。視野が半分掛けてしまっている。それに最近右目も調子が悪くなって、ちゃんと見えなくなっている。片目になっただけでも動きにくいのに、ぼんやりしてしまえば、一人で歩くのもままならない。
「最悪だよ。本当に」
私はこの病室にある少年が来るのが待ち遠しかった。その子の名前は篠原啓二といって、まあお節介な人だ。そんなお節介が私を助けたといっても間違っていない。
最近はおじいさんもおばあさんも病室に来ない。
弟もあの病室でどうしているのか、気になって仕方なかった。母さんに、父さんも。どうしているのか。
いろんなことが気になって、昼は食事が喉を通らなかった。
現在の時刻は四時を回っているが、一向に食欲がわく気配もない。
私はベッドに腰かけて、ただ雪で真っ白になった外を窓から眺めていた。
ふと肩にに何かが触れた。
私は、その主が誰か確かめるために振り返る。すると、隣には私のよく知る人物がそこにいた。いつもと変わらず優しそうな顔をしている。
「こんにちは、有紀」
「うん、よく来てくれたね。啓二君」
毎日来ている彼にあえて、そう言った。
どうしてそういったのか? それはあくまでも私の数少ない楽しみであることを強調するためだ。彼と顔を合わせることが楽しみで、逆にそれ以外は生きていることにさえあまり楽しみを覚えない。
私は、どうして病院にいるのか。それを徐々に思い出していく中でただただ悲しみが大きくなるだけだった。私の身を案じてくれる存在がいるからこそ、私は『あの日』死なずに済んだ。
それは、はっきり言ってしまえば、彼のお蔭だし、彼と一緒に来てくれた先生もそうなのだ。
啓二の声は私にとって特別な響きをもたらす。
私がこん睡状態の時も、彼の声だけは聞こえていた。車の中だろうか、私は彼の言葉も理解できなかったし、ただぼんやりとしか頭に残っていないけど彼が必死であったことは忘れていない。
ただ、あの日、あの凶行があったことによって私の家族は壊れてしまった。
母は精神病院へ入院。父は、……どうなったか聞いていない。
ちゃんと目が見えていない現実が、私を暗くしていく。
「今日の調子はどうなんだ?」
彼の暖かくて優しい声。
私は俯いた顔を彼に向けた。暗い表情が表にならぬよう、努めて笑顔でいなければいけない。彼の前では見栄を張りたい。
「うん、まあまあかな」
「目の調子は、……相変わらずか?」
「えっと、そうだね。あんまり変化はないよ」
啓二は心配そうな顔を私に向けてくる。それが私にはつらかった。
私は啓二に隣に座るように促す。彼は、私の右側に押しを落ち着けた。
こうして二人で一緒にいると、どうしようもなく嬉しい。
私は彼の頭に手をやると、優しく撫でてあげる。私は辛そうに、悲しそうにしている彼を宥める目的でじっくりと撫でた。彼の固い髪の毛を少しいじってみる。私のちょつとした悪戯心で、彼の髪に変な癖がつく。
見事なアホ毛が頭頂部に出来上がると、私は噴き出してしまった。
「アハハハハ!」
「おい、遊ぶなよな。もう」
半眼になっている彼に私は頭の上に両手を合わせて謝った。
「ごめんごめん。ちゃんと直すね」
なかなかに面白い格好で名残惜しいが、私はいじくった彼の髪をなおす。一通り直すと、私は彼に手鏡を渡す。私の目じゃあ、ちゃんと直せないから。
「どうかな?」
「うん、ちゃんと直ってるぞ」
「そう、じゃあさじゃあさ、いつものお願い」
私は自分の太ももを右手で軽くたたいた。その仕草の意をくみ取った彼は、「しかたないやつだなあ」と言って了解してくれた。
私は彼の太ももにゆっくりと首を載せる。
啓二は私の頭を優しく撫でた。
こうしていると、どんな時より落ち着く。緊張とか不安とかなくなって、眠気が襲ってくる。そうして私は面会終了時間まで彼に膝枕してもらっていた。