17話 プロローグ
17話 プロローグ
学校が終わると、私は教科書を詰め込んだ鞄を手にする。クラスメイトは友達と和気藹々としていた。普段と変わらない放課後だ。
私は教室を出ようとした時、振り返ってある席に目を向けた。この数日間欠席が続いていて、ある女の子友達は心配していた。
「早く、戻ってきてくださいよ」
私はボソッとつぶやいて、教室を出た。
玄関を出ると、外は雪がぱらついていた。雲は薪をした後に残った炭や灰のように黒い。
天気予報によれば、十年に一度の寒波が来るとか言っていた。
私はマフラーで口元を覆う。そして帰路を急いだ。
玄関の扉を開くといつも笑顔な穂波さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、加奈ちゃん」
「はい、ただ今帰りました」
私は彼女に会釈すると、マフラーと手袋をカバンになおして二階にある自室へと向かった。前髪を髪留めで止めて、バンダナを頭に巻いた。制服姿のまま洗面所で手を入念に洗うと、台所へ向かって夕飯の準備を手伝う。
これが私の日常。
「今日はトンカツですか?」
「ええ、そうなのよ。加奈ちゃん、学校から帰ったばっかりなのに、疲れていたら少し休んでいなさいよ」
「いえ、そんなに疲れていませんよ。それより私はそこのキャベツを切りますから」
まな板にキャベツ四分の一玉を載せると包丁で千切りにしていく。もくもくと刻んでいく途中、添えてある左手に、女性の右手が優しく触れた。
「加奈ちゃん、私ね、時々思うことがあるの」
彼女は神妙な面持ちで私を見つめていた。
「どうしたんですか?」
「いや、あなたは高校に上がって部活に入らなかったでしょ。もしかして私たちに遠慮してそうしたのかなって、思うと橘のご両親に申し訳がない」
「いえ、私は興味のある部活がなかったから入らなかっただけです。そんな遠慮なんてしていません」
穂波サンは悲しそうな顔を浮かべたけど、すぐに普段通りの優しい表情へと変えた。私は彼女を見て、心の中がチクリとした。
少なくとも嘘は言っていない。私は私をよくしてくれる穂波さんに雄一郎さんに少しでも恩返しできたらと思ってやってきた。だけれども、かえってそれが彼らを悲しませているのだとしたら。
私は胸が苦しくなった。
夕食を終えた後、雄一郎さんが大事な話があると言って皆をリビングに集めた。私は啓二君の隣のソファに座った。穂波さんは雄一郎さんの隣。
「えっと、大事な話がある。一人引き取ろうと思う子がいる。その子は祖父母に引き取られることになっていたのだが、その老夫婦が体をこわしてしまい、到底面倒を見れる状況じゃなくなった」
私は胸の中がほんのり暖かくなった。
私を引き取ってくださった時もそうだけど、この人たちの優しさには本当に底が見えないなと思う。
「雄一郎さん、ひとつ聞きたいのですがその子はどのくらいの年齢ですか?」
「ふむ、君らと同い年の女の子だ」
へえ、もしかして私の知り合いだったり、なんてことはないか。あんまり友達のいない私からしたらね。そう思う私に予期せぬ言葉が彼の口から放たれた。
「たぶん加奈ちゃんも知っている子だと思うよ」
「へ?」
私はしばし思考が停止した。