表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅰ 夜空の姫君は見つけた
13/77

13話   別れていくことと新たに出逢ったこと その4

  13話   別れていくことと新たに出逢ったこと その4 

 

 私は、眠っていた。

 自宅のリビングでテーブルに突っ伏す形だった。電灯は切れていて、部屋は真っ暗だ。

 まだ夜が明けていない。車の走行音など街の喧騒は全く聞こえなかった。不気味なまでの静けさが周囲を支配していた。

 私の体は真冬の海に放り込まれたように、全身震えていた。

 おかしいな。服だってちゃんと着ているのに。

 手足はなぜか感覚がない。

 どうしてだろうか。ちゃんと手も足もあるのに、その部分はなくなったみたいになっている。それに思考も鈍くなっているような気がする。少し前まで眠っていたから、呆けているのかな。

 私は席を立つ。

 なんだろうか、私の心の中がまるで黒い油でねっとりと刷り込まれたように不快で仕方ない。不快の原因が何なのかわからない。

 眠れそうにないから、私は玄関を出ようとした。

 扉を開けた。

 すると父の姿が目に入った。父は血走った鬼のような眼で私を睨む。額には深いしわが幾重にも現れる。口を大きく開き荒い息を吐く。

 私はそんな父に恐怖感を抱き、その場から離れようとする。

 しかし足が一歩も進まない。

私は大きく目を開く。

 狂気に染まった男は片手にガラスの灰皿を掴んでいる。男の灰皿を振りかぶる姿が私の目にスローで映る。

 鈍い音がして、気が付いたら倒れていた。視界は横になって頬にフローリングが触れている。徐々に視界は暗くなる。重くなった瞼は閉じられた。

 

「いやあああああああああああああああ――」

 私は目が覚めたとき、思わず声を上げていた。さっきまで見ていた夢がとても怖いものだったから。

 深呼吸して激しく胸に響く鼓動を落ち着ける。そして私は周りを見渡した。確か私は弟の見舞いのために病院に来ていた。弟の病室に来たのはいいが疲れがたまっていたのか、ここで寝てしまっていた。

 周りには誰もいない。

 弟の個人病室だから当たり前のことか。しかし違和感があった。私の目の前のベッドにどうして誰もいない。確か……、誰か眠っていたはずだ。大切な……誰だったっけな。頭の中でつっかえて出てこない。確かにここには私の大切な人がいた。それは間違いないことなんだ。

 なのに、どうしてか、まったく理解できないが、私は忘れてしまった。

 私は病室を出る。

 そしてどうしようもなく廊下を歩いた。廊下には誰もいない。隣の病室にも患者はいなかった。

 訳もなく私は廊下を歩く。

 進んでも進んでも、廊下の突当りにたどり着けない。私が歩む先はまるで空気のように曖昧で取り留めのないものだった。

 私は歩いているうちにふと思った。

 私はどうしてここにいるのか。体の具合が悪いわけでもないのに、病院にいる理由がわからない。なのに私は廊下をただ歩いていた。

 ぼんやりと歩き続けていたら、エレベーターが目に入った。

 誰もいない屋上は、私にとって気分転換ができる場所だ。どうしてそうなのか分からない。分からないのだけれど、私の体は覚えていたみたいだ。

 エレベーターで屋上に上がる。病床で用いられる数多の白いシーツが干されていた。私はシーツとシーツの間を縫うようにすすむ。すると、屋上の端の柵が見えてきた。ふと私はあるシーツに目を向けた。そのシーツは赤い雫がポツポツと染みついているのだ。

 何だか嫌な感じがした。

 明らかにそれは血だった。そのシーツが風に振られる。それと同時に、血を流し込んで倒れている人がいた。

 その人は知っている人。私にとって唯一味方であり続けた存在。

 大切な人だってわかる。だけど顔がはっきり見えない。私は彼の顔を見ようと倒れている人に近づく。そして顔を近づけるも、私の目が猛烈にぼやけて、彼の顔を拝むことは叶わなかった。

「誰なんだろう。絶対に知っているはずなんだ。知っているはずなんだけど、思い出せない。でもどうしてこの人は、倒れているの?」

 私は床に広がる血を見て、ハッとする。

 この人は怪我をしているんだ。早く手当てしてあげないと。

 そう思っている矢先に、背後から足音がした。先ほどまで、限界集落のように静かで人がいなかったから、驚いた。

 振り返って背後の人を見たとき、私は絶句した。

 血走った眼に、ぎりぎり歯ぎしりして、ブツブツ呟いている中年男。右手に掴まれたガラスの灰皿には血がこべりついている。

「あ、あの。な、なに。そんなもの……」

 私は明らかに不穏なその男から逃れようと、後ずさりした。しかし、途中で足が動かなくなる。手も指一本動かせなくなって、視線だけが動かせる。恐怖で唇が震える。まるで冷たいプールに入った時のように。

 呼吸は浅くなって、猛烈な吐き気を催す。

 男が灰皿を振り上げる。その時、男の様子は驚くほどとろくなった。灰皿を目で追う。それは私の頭に直撃した。

 私は倒れ込み、そして瞳を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ