探索
「デカいのがいないと無駄に広いわね」
魔竜王、ガイラス=クラストの玉座にまんまと潜入した二人。だっだ広い空間に声を反響させながらメルジーネが声を発する。反対にアーレスは声を殺してメルジーネに答える。
「ああ、そうだな」
「さあ、目当てのものを探しましょ」
「魔竜王の秘密をか」
「それもあるけど、ね」
メルジーネとアーレスは主のいない玉座の奥に歩いて行く。はたして玉座の奥には山と積まれた財宝があった。金銀財宝や何に使うのかわからない代物まで財宝が山と積まれている。
「ほう、これは……」
アーレスがうなる。
「たいした財宝ね、わたしには意味が無いけど、気になる?」
メルジーネがおかしそうに尋ねるがアーレスは首を横に振る。財宝に心を奪われている暇はない。
「いや、早く魔竜王がその魔剣で倒せなかった理由を探ろう」
「そうね。それにしてもこの量。この閉鎖世界は魔術師の宝物庫だったのかしら」
メルジーネの独り言をアーレスは理解できず首をかしげる。
「? これだけあると探すのも一苦労だ。メルジーネ、何か良い方法はあるか?」
「そうね。こんなのはどう?」
そう言ってメルジーネはまじないを唱える。すると金銀財宝の光が消え、代わりに今まで光り輝いていなかったものが薄ぼんやり輝き始める。
「これは?」
「魔力がある物品だけを目立たせるまじないよ。これなら少しは探しやすいでしょ」
「そうだな。オレは目利きはできん。とりあえずその魔力のある物品を集めるからお前はそれを鑑定してくれ」
「了解、頼むわよ」
アーレスは宝物の中から薄ぼんやり輝く品物を集めメルジーネの前に並べ立てる。
「これ……違うわね。これも違う。もっとましなのをよこしてよ」
非難の声にアーレスがうなる。
「しかし手がかりなど何もない。手当たり次第渡すしかなかろう?」
「まあ魔力の品に詳しくなければそっか」
メルジーネはあっけらかんと言う。どうやらこの山は外れのようだ。次の財宝の山へと向かう。まじないを唱え、アーレスが物色しながらぼやく。
「しかし、地上では魔力のある物品など見たことはない。本当にこの中に魔竜王の弱点になるようなものはあるのか?」
「さあ? あ、これも違うわよ」
「やれやれ……。っと、これなんてどうだ?」
「はずれ。まあ良い線行ってたかも知れないけど」
「良い線とは何だ」
「影縫いの短刀ね、あなた持っていたら。どんな相手でも影さえあれば影が縫えるわよ」
メルジーネがアーレスに手渡すとアーレスはそれを懐に入れた。
「そうか、では持っておこう。しかし魔竜王の奴め、戻ってこないな」
「それはそうでしょう。わたしたちはおそらく死んだと思っているでしょうから。次に奴らがやることは裏切った村に攻め込むことでしょ」
「何!」
メルジーネの言葉にアーレスが言葉を荒げる。
「それに思いを馳せなかったの?」
そんなアーレスを見てメルジーネは白い歯を見せて哄笑した。アーレスは自分の不明を知り叫ぶ。
「馳せなかった! おいメルジーネ! 今すぐ村に戻るぞ!」
猛るアーレスにメルジーネはクスクス笑って答える。
「今戻っても勝ち目はないわよ。ここで勝ち目を探すのが大事」
「く……。最初から知っていたな! この悪女め!」
「さあ、どうかしら? それにわたしはあくまで可能性を述べただけよ」
「くそ! ほらさっさと鑑定しろ!」
「はいはい。これも外れ。他には?」
「これが最後だ。輝いているものはもうないぞ」
「そう、あら、じゃあ本当の外れだわ。どうしましょう」
「貴様!」
いきり立つアーレスをなだめるようにメルジーネが手を広げる。
「村を助けたいのね」
「当然だ!」
アーレスの即答にメルジーネは薄く笑う。
「でも魔竜王の秘密を知らなければ勝ち目なんてどうせ無いわよ」
「く……」
「焦っちゃだめ。もっと奥まで行ってみましょう」
「わかった……」
メルジーネの言葉にアーレスはうなずくほか無かった――。
「まだ奥があるわ、深いわね」
「ああ……」
不安そうなアーレスを引率するようにメルジーネは先に立ってさらに二人は魔竜王の部屋の奥へと向かう。そしてその広間の一番奥にそれはあった。この空間を縫い止めるように床に突き刺さった、黒い剣。
「黒剣!」
目当ての物を見つけメルジーネは叫びそばに寄る。しかし近づこうとしたメルジーネは見えない力に弾かれて吹き飛んでしまう。
「大丈夫か!」
それを見たアーレスの叫びに尻餅をついたメルジーネが頭を振って言う。
「いたたた……。これはマスターがすでにいるわね」
その言葉に答えるように二人の頭に言葉が流れ込んでくる。
『そうだ。小娘! 我のマスターは魔竜王、ガイラス・クラストなり!』
「なんだ? 声が頭に直接……!」
「黒剣の言葉よ!」
メルジーネが叫ぶ。
「この剣がしゃべっているのか?」
『そうだ大男! 我は黒剣そのものだ! この世界の鍵にして栓。血に飢えた魔剣なり!』
「鍵にして栓、だって?」
アーレスが意味もわからず叫ぶ。
『さよう! 我はこの世界をとどめる物。血無しには動かない歯車のねじ! 世界を回したければ生け贄を我に!』
黒剣の叫びに諭すようにメルジーネは言う。
「あいにく生け贄を捧げに来たわけじゃ無いのよ」
『では何用か? 我は血と破壊以外に興味が無い。それをもたらせぬのなら早々に立ち去るが良い! 破壊はともかく血は魔竜王がかなえてくれる!』
「それが村から差し出される生け贄という訳ね。でもそれって魔竜王に飼い慣らされているだけよ、黒剣!」
『ふん。それがどうした!』
メルジーネの言葉を笑い飛ばす黒剣。それをみてメルジーネは籠絡にかかる。
「ねえ、私ならもっとあなたに血と破壊を与えられるわ。どう、私の物にならない? このちっぽけな世界だけじゃ無い。あまたの世界を駆け回って血と破壊をあなたに献上するわ」
『小娘! 我をたぶらかそうというのか?』
黒剣の言葉にまた別の言葉が割って入る。
『いや、たぶらかそうというのでは無いぞ。黒剣よ』
割って入った言葉に黒剣は驚いたようだ。すべりこんでくる声がわずかに荒ぶる。
『むむ、お前は白剣! 遙か昔に分かたれた我が輩!』
『そうだ。久しいな黒剣。この女の言うことに間違いは無いぞ。まあ、我がそのように仕向けたのだがな!』
『意地の悪さは相変わらずだな! 白剣よ! だが我は魔竜王の物。言葉では揺るがぬ。力を持って奪って見せよ!』
「それができたら苦労しないんだけどね。あの魔竜王、白剣でも傷つかなくて」
『はっはっは。泣き言か。惰弱な。それを探るのも貴様の力の内よ』
すがってるのを黒剣にあざ笑われて、メルジーネの唇が引きしまる。
「そうね。そうだわ。では魔竜王を倒せばあなたは私の物になるという訳ね」
『主が死ねばまた別の主が必要となるだけのことだ』
突き放すような黒剣の言葉にメルジーネは得心がいったようにうなずく。そうだ、これはこういったものなのだ。白剣の時もそうだった。メルジーネは一人うなずく。
「ふうん。じゃあそうするわ。行きましょ。白剣、アーレス」
黒剣から離れるメルジーネをアーレスが呼び止める。
「おい、いいのか?」
「力を示せばいいとわかっただけで十分よ」
「しかし、策は無いのだぞ!」
アーレスの言葉にメルジーネは振り返る。
「そんなの」
そして笑って言う。
「力を見せればいいに決まっているじゃ無い!」