逃走
「くそっ! 撤退とは!」
控えのままで走って逃げてきたアーレスとメルジーネの二人は、ここで足を止め顔を見合わせて話し合う。
「で、失敗したわけだが、どうする?」
「とりあえず、上へ逃げましょう! 命さえあればまだ逆襲できる! あきらめないで!」
メルジーネの激励にアーレスも覚悟を決める。
「……わかった。だがエレベータとやらは使えんぞ」
「だったらこのこの足で駆け上がるまで!」
「ならこっちに階段がある。魔物もいるが!」
「そんなの蹴散らかす! こっちね!」
メルジーネはそう言って走り出した。アーレスもその後を追う。控えの間から横道へ。そうして控えの間に張り付いたような石造りの上ぼり階段を駆け上る。そこはすでに魔物巣くう迷宮だ。すでにガイラス=クラストの報を受け、並み居る魔物が手ぐすね引いて二人に襲いかかる。
すぐに二人は戦闘になった。アーレスは二つの小剣を、メルジーネは白剣をを抜き魔物を切り刻む。
「アーレス、右! 二体!」
「あいわかった!」
アーレスが先行して二本の小剣をきらめかせる。落ちたのは魔物の首。次いでメルジーネは声を上げる。
「上! でかいの! 一匹!」
「ふん!」
アーレスは見もせずに剣を上に突き立てる。それはちょうど落ちてきた魔物の脳天に当たった。魔物は上体を崩すとそのまま控えの間に落下する。次いでアーレスが警戒の声を出す。
「前方、三体! いけるかっ?」
「これでっ!」
メルジーネの手の甲から光がほとばしり、魔物を痙攣させる。二人はその一瞬の隙を突いて魔物を飛び越える。メルジーネのまとっていた布がまくれ上がり、何も履いてない股間が晒される。
「あら、失礼!」
メルジーネは一瞬笑みを浮かべ、痙攣した魔物の頭を自らの素足で踏んでさらに前方へ。転がるように前転してさらに先にいた翼を持った魔物を切りつけてその力を自分のものとする。
「何をしている、走れ!」
「いいえ飛ぶわ! 掴まって!」
瞬間メルジーネの背中から羽が生え、大きく羽ばたいて宙へ。控えの間にメルジーネの黒い翼が大きく羽ばたく。
「おおっ!」
アーレスはメルジーネに飛びかかるようにして掴まり、メルジーネはアーレスの巨体を抱きかかえる。まとっていた布は外れ後方の魔物の視界を奪う。
「このまま上がるわよ!」
そうしてメルジーネは翼ををはためかせ飛び地下の空間を上昇してゆく。ここからは天上に張り付いた星々が見える。ということは地上につながっていると言うこと。ここからならば逃げられる! しかしその姿を人型になった魔人、ガイラス=クラストが捉えていた。
「くくっ、落ちろ!」
雷を指から発射する。それはメルジーネに直撃し、その翼を焼き焦がした。
「きゃあ!」
女らしい声を上げてメルジーネの翼は失速し、そのまま外壁に突き刺さる。
「かっ!」
今度はのどから火炎弾を落ちた地点に向けて発射するガイラス=クラスト。だがそれはアーレスが被弾したメルジーネを抱えて素早く近くの横穴に入ったため当たらなかった。
「ふん、てこずらせよる」
ガイラス=クラストは笑い、配下の者に命じて二人が逃げ込んだ穴を包囲させる。焦ることはない。自分に刃向かった小虫である。じわりじわりとなぶり殺しにするつもりであった。