対峙
「キタカ……生ケ贄」
扉をくぐると天から声が降ってきて二人は声をした方を見上げる。
「ククク……」
巨大な赤い竜の姿がそこにはあった。地下空間を埋め尽くすようなその巨体はゆっくりと脈打ち、遙か高みに或る双眸がメルジーネとアーレスの姿を見下ろしていた。圧倒的な存在感と見る者全てに感じさせる畏怖。それがこの閉鎖世界を支配する魔竜王ガイラス=クラストそのものであった。
「ニブそうね」
しかしそれがメルジーネの第一印象である。ゆっくりと隠し持っていた剣を手に取る。アーレスもそれを察知したのか一歩引いて身構える。
「? なんだ、貴様ら!」
うろんな動きを見せる二人に近侍の魔物が叫ぶ。
メルジーネは無言でその白剣を振るう。魔物は頭を裂かれもんどり打ったところにアーレスの二本の剣が背中を刺し貫く。それで、とどめだった。
「ムウ……」
二人の裏切り、もとい剣捌きを見て魔竜王がうなる。そんな中変身を解き、自分の黒い体と黒い髪を取り戻しながらメルジーネは言った。
「ガイラス=クラスト。あなたに話があるの」
「……」
「わたしはこの世界にあるという黒い剣を探しているの。あなたは何か知らないかしら?」
「……」
「知らないなら、あなたを倒して探すまでよ」
「……」
「答えなさい! 魔竜王!」
無言のまま答えない魔竜王にじれったくなったメルジーネが叫ぶ。
「ハハハ!」
答えは嘲弄だった。巨体が動き出す。息を吸い込み、火炎のブレスを二人に放とうとする。それを察知したメルジーネが叫ぶ。
「飛ぶわよ!」
メルジーネは口元で呪文を唱え、アーレスとメルジーネの足下に魔方陣が描き出される。メルジーネはまよわずその魔方陣を蹴った。足場のように魔方陣は働き、メルジーネの体を上方に飛ばす。
「ほら、早く! 蹴って!」
「むう、わかった!」
アーレスもぎこちなく魔方陣を蹴る。アーレスの巨体も羽のように飛んだ。そのすぐ下を炎のブレスがなぎ払ってゆく。ブレスはゆっくりとせり上がっていくが二人の移動速度には敵わない。
「どんどん蹴って! このまま接近するわよ!」
「おう!」
二人はブレスをかいくぐりガイラス=クラストの巨体に近接する。
「魔剣の力、受けてみなさい!」
メルジーネが斬りかかる。メルジーネの魔剣は命を吸い取る魔剣。かすり傷でもそこから命を容赦なく奪ってゆく。そんな剣がガイラス=クラストの首に当たった。手応えあり。メルジーネは勝利を確信する。しかし瞬間違和感に気づいて声を出す。
「なにこいつ、命が、ない?」
「ハハ、コソバユイゾ! 小娘!」
魔竜王が首をしならせる。メルジーネは剣を持ったまま飛ばされた。そこを魔竜王のかぎ爪が襲う。メルジーネの防御は間に合わない。やられる――。メルジーネがそう思った時、影が差し込んだ。
「アーレス!」
アーレスが二本の剣を交差させてかぎ爪からメルジーネの体を身を挺して守る。しかし威力までは殺せずに二人は吹き飛ばされる。そのままメルジーネとアーレスは地面にたたきつけられ、もう一度火炎のブレスが二人を襲う。
「なめるな!」
メルジーネが今度は魔法の障壁を展開する。魔法の障壁は機能し火炎を払ってゆく。だがそれだけだった。メルジーネ側に打つ手無し。このまま続けていても勝ち目はまず無い。メルジーネの決断は早かった。
「引くわよ!」
「もうか!」
アーレスの言葉にメルジーネが叫ぶ。
「剣が入ったのに手応えがなかった! 奴の体には何か秘密がある! その弱点を探らないと!」
「くっ!」
「入ってきたあの扉から逃げるわよ!」
「ああ! しかたないがわかった!」
そしてブレスが途切れる一瞬の隙を突いて二人はさっき入ってきた入り口から撤退した。
「……」
魔竜王、ガイラス=クラストは逃げる二人を無言で眺めていたが、変化の術を使い人間サイズの姿になると地下迷宮中に布告した。
「裏切り者の人間二匹をこの地下迷宮から生かして返すな!」
そうして彼も二人の姿を追い、ゆっくりと歩き出す。