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寄り道

「何をしている?」

 道を先行するアーレスが道をそれようとしているメルジーネを振り向いて見とがめた。

「まあ、考え事をちょっと」

「さっきから様子がおかしいな」

 歩みを止めてアーレス。

「そう、わたしはいつもこんなものよ」

 同じように足を止めてアーレスの問いをはぐらかすメルジーネ。アーレスは鼻を鳴らして言った。

「ふん、とぼけているな」

「うーん、そうかも」

 図星を指摘されて居心地の悪そうに伸びをするメルジーネにアーレスはさらに鋭く問いかける。

「お前はまだ何かを隠している気がする」

「そうかも。でもそれに何の問題が?」

「まずオレの剣筋が鈍る」

 アーレスは指を立てて言う。メルジーネは聞いた。

「鈍るとどうなるのかしら?」

「鈍った剣はお前の背中に刺さるだろうよ」

 指をメルジーネに向けるとアーレスは低い声で宣告した。

「そう……それで?」

 しかし特に感慨もないメルジーネの言葉にアーレスは逆に不安を抱く。

「……。いや、何でもない。少し休むか?」

「大丈夫よ」

「いや、休もう。これからガイラス=クラスト様の領域に入る。それまでにお前もハノーの姿に変身せねばなるまい」

「……そう、じゃあ、そうするわ」

 メルジーネは彼女には珍しく素直に頷き、早々に道の端に座り込んだ。

(やはり疲れているな)

 アーレスは悟り、携行していた食物を取り出してメルジーネに差し出した。

「少し食べろ。これは命令だ」

「……」

「おい。聞いているのか?」

「ああ、ごめんなさい。そうね。いただくわ」

 そう言ってアーレスの手から食料を受け取るメルジーネ。躊躇なく口にし始める。そんな姿を見てアーレスが口を開く。

「好奇心から尋ねるのだが、異世界から来たと言っていたなお前」

「まあ、うん」

「こっちの食べ物は口に合うのか?」

「異世界と言ってもどれも似たような世界よ、問題ないわ。それに本当に危険だったら息だってできないわよ」

「そんなものかもしれんな」

「作ろうと思えばあなたと子供だってできるわよ?」

「……。まあそれはそれとして。ふむ、そうなのか、ではやはりこの世界には作った神がいるのだな」

「神様のこと、気になるの?」

「まあな。オレもこの世界がどうやってできて、俺たちがなぜ生きているかぐらいは興味がある」

「そう」

「で、この世界に神はいるんだな。この世界だけではなく他の世界も作った偉大な神が」

「そうね。神様、ね。会ったことあるわ。殺したことも」

「……? すごいなお前は」

 メルジーネの述懐にアーレスは目を丸くして言った。

「そう、だから今度もうまくいくわ、きっとね」

 そういってメルジーネはしなを作って立ち上がる。それを見てアーレスは言葉を口にした。彼にしては少し嬉しそうに。

「いつもの調子が出てきたようだな」

「あら、そうみたい。わかる?」

「まあ会って少ししか経ってないから確信は持てないが。少なくとも剣を交わしたときの強いお前に戻ったようにオレには見える」

「そうかもね。今のあなたは素敵に見える」

「ふん、おだてたって何も出ないぞ」

 アーレスの言葉にメルジーネはからからと笑う。

「そう、わたしは最初見たときからから恋い焦がれてた。たくましいあなたの体に」

「おいよせ、体を絡ませるな」

「ここから先は魔竜王様の領域なんでしょ。だったら、その前に少し遊んでいかない?」

「……本当に奔放な女だよ、お前は」

「そうわたしの本性はそうなの。内緒よ」

「内緒だと? 冗談を! むぐ!」

 口を唇でふさがれるアーレス。その唇が言葉を紡ぐ。

「ナ・イ・ショ」

「……わかった」

 観念したようにアーレスは言い、そうしてメルジーネに組みしだかれた。そうして道ばたでメルジーネとアーレスは再び体を重ねた。


「……」

 事が終わり二人が余韻に浸っているときにメルジーネは悪戯心を起こした。そのままアーレスの妹、ハノーの姿に化けたのである。

「ねえ、お兄ちゃん」

 写し取った顔で顔を変え、さらに肌の色と骨格さえ変形させて、声色をまねて呼びかける。反応は絶大だった。

「き、き、き、き、貴様っ、ハ、ハノーの姿をまねて!」

 アーレスがぎょっとした目つきでメルジーネをにらむ。そんなアーレスの様子を見てからからとメルジーネは変装では隠せない悪女の笑いを見せた。

「どう? 感じ出てたかしら?」

「くそ! ふざけるな!」

 アーレスは身を起こしメルジーネの体をはねのける。そうして額に手をやりため息をついた。

「……。……はぁ」

 そんなアーレスにメルジーネは楽しそうに誘いかける。

「ねえ、この姿でもう一度抱いてみる?」

「馬鹿な!」

「そう? 兄と妹なんて素敵じゃない?」

「いいかげんにしろ!」

「はいはい、お兄ちゃん」

 メルジーネが笑って身支度を調えあらかじめ用意してきた布で体格が変わったところをごまかすように羽織ると、これだけは外せないと佩刀を身につける。すると唐突にあざ笑うかのような言葉が彼女の頭に滑り込んできた。

『それはお前の望みではないのか? 村一番の狩人だった兄に抱かれたかったお前の望みではないのか?』

「……。……黙れ。悪趣味な剣」

 白剣の問いをメルジーネは心の中で押しつぶす。しかし、それは明らかに図星でどうしようもないほどにメルジーネにとっての真実だった。


 メルジーネにとって兄は自分の全てだった。兄さえいれば家族などどうでも良かった。いや家族という概念はメルジーネのとって(かせ)でしかなかった。けれど枷があったからこそメルジーネの押し殺された恋心はかえって燃え立っていたのだった。


 それは今もどこかで(くすぶ)っている。

 メルジーネは天蓋を見据える。自分が暮らしていた世界と似た世界。自分と兄とよく似た関係の兄妹。……。知らず表情が険しくなっていた。機嫌を悪くしたと思ったのかアーレスがおそるおそる言う。

「なあ、メルジーネ。妹の顔であまり怖い顔をしないでくれ」

「……黙れ」

「あ、ああ、すまん」

 そのアーレスの戸惑いと謝罪の言葉にメルジーネの表情が少し柔らかくなる。彼女は小さく笑うとアーレスに謝罪した。

「あ、ごめんなさい。でも少し黙っていてくれる?」

「……わかった」

 言ったとおり黙ったままメルジーネの姿を見つめてアーレスは思う。女というのは皆そうだが、特にこのメルジーネという女は気まぐれが過ぎる。……自分が支えとならなくてはならないのかもしれない。けれどもアーレスはそう思う自分が不思議だった。そんなこと今まで抱いた女や、欲情すら覚えない妹にさえ思ったことなどない。アーレスも神妙な顔をして自分の感情を考えてみる。だが答えはなかなか出そうにはなかった。

 二人黙ったまま天を見上げる。カチリと機械仕掛けの天蓋が音を立て、空はわずかに日没へと傾いた。それを見てメルジーネが言う。

「そろそろ行きましょ。先はまだ長いの?」

「あ、ああ」

 そうして二人は再び歩き出した。この世界を回すねじを持つ魔竜王、ガイラス=クラストの元へと向かって。


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