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出立

 次の日の朝。アーレスが目覚めると、メルジーネは毛布を下敷きにして何もその何も身をまとわないまま自ら大股を開いて体をゆっくり伸ばしていた。アーレスはその黒猫が体を舐めるようなしなやかさにしばし見とれてしまう。アーレスも体は柔らかい方だが、とうてい彼女には及ばない。見つめていると微笑むメルジーネに声をかけられた。

「おはよう、起きた?」

「そのしなやかさが、おまえの強さなのだな」

「さあ、どうかしら? 村の人はどうしているかしら」

 アーレスの問いにはとぼけ、逆にメルジーネは体を伸ばす運動をしながら質問した。

「少し見てこよう」

 アーレスは立ち上がり、歩き出した。メルジーネは顔を伏せ一心に体を伸ばしている。

「やれやれ、夜通し騒いだなこれは」

 広場には村人が沢山酔っ払って横たわっていた。なかには長老もいる。軽く揺すってみたが起きそうもない。アーレスは辺りを見回り、火の始末をし、メルジーネの所に戻ってきた。

「どうだった?」

 まだ体のあちこちを伸ばしながら、メルジーネが聞く。

「みんな酔いつぶれている」

「そう。出立は?」

「まあ午後と言ったところだ」

 アーレスは答えた。

「それでガイラス=クラストの所に辿り着くのは?」

「障害がなければ深夜だな」

「意外と短いのね」

「ああ、地下奥深くまで直通のエレベーターという装置があるからな」

「あなたはどこまで付いてきてくれるの?」

「地下深くまでは付いてこられる。ガイラス=クラスト様には会えないが」

「もう少し見取り図を教えて」

「そうだな。扉があって、その奥にガイラス=クラスト様がおられるようだ。連れの者は扉の前の天蓋が見える控えの間で待つ。ガイラス=クラストが螺子を回すことを確認したら上に戻る。そう言った手順だ」

「手慣れているのね。あなたが何人も哀れな犠牲者を運んでいることがわかったわ」

「それが定めだからな」

「そう」

 特に責めるでもなく柔軟を終えたメルジーネはひょいと立ち上がり、白の装甲を身につけ始め、言った。

「さてと、それじゃああなたの妹に会わないと」

「なぜだ?」

「変化の術を使うから。このままじゃすぐに別人だとばれちゃうでしょ?」

 装甲を半ば身につけた状態でメルジーネは言う。確かにアーレスの妹とメルジーネは体格も人種もまるで違う。アーレスは納得するように頷いた。

「それもそうだな。だがいつも使っている生贄を入れる籠がある。その中に入るという手もあるぞ」

「籠に入るのは趣味じゃない。歩いてついて行くわ」

「そうか」

「妹さんに、会わせてくれる?」

「いいだろう」

「では行きましょう」

 二人は並んで歩き出す。アーレスの妹、ハノーの元へ。


 町外れにあるアーレスとハノーが二人きりで住むテント。アーレスとメルジーネ、二人がやってくるとハノーはすでに起きてテントの前で働いていた。近くの井戸に水汲みに行った帰りなのか綺麗な水の入った桶を両手で抱えている。ハノーはやってくる二人を見つけると、少し嬉しそうな顔をしたが、首をかしげると思い出したようにあいさつをした。

「おかえり、お兄ちゃん。そしてこんにちは、剣士様」

「ああ、ただいま」

「何か忘れ物? それとも、午後まではまだ時間があるし、少し休んでいく?」

 兄の姿に安心してハノーは少しだけ饒舌だった。けれどもそんな嬉しそうな妹の言葉にアーレスは頭をかいて応対する。

「いや、なんだ、この女がお前に用があるそうだ」

「え? 私に?」

「そうよ、お嬢ちゃん」

「どんな……用ですか?」

「そんな怖がらなくて良いわよ。あなたの顔にちょっと用事があるだけ」

「私の。顔……?」

「そのなんだ、こいつはお前に化けるそうだ。……できるかは知らないが」

 アーレスのかみ砕いたつもりの説明にメルジーネは向き直ち口を開いた。

「あら失敬ね。この魔剣士メルジーネ様にかかれば変化の術ぐらい簡単なんだから」

 メルジーネの言葉にアーレスはやれやれといった感じで応じる。

「そうか。では手早く済ませてくれ。妹は人見知りだ」

「そう……そういうふうに育てたのはあなたじゃないの?」

 にやけた唇でメルジーネが言うとアーレスは眉間にしわを寄せた。

「なんだと?」

「なによ」

 にらみ合う二人にハノーが割ってはいる。

「あの……。私に用じゃなかったんですか?」

「そうだったわね。では貴方の顔を写させて貰うわよ」

 そう言うとメルジーネの手が怪しく光る。

「あっ、何を?」

 その光におののくハノーにメルジーネは小声で囁いた。

「……動かないで」

「はい……」

「んっ、いい子ね……」

 そのままメルジーネはアーレスの妹、ハノーの顔を手のひらで撫でていった。

「顔を手に複写しているのか」

「ご名答。本来なら奪われた顔はなくなるけれど、術式を変えて写すだけにしているの」

「おい! そんな危険な術を!」

「顔が無くなるのと命がなくなるの、どっちが良い? それに術式を変えてるって言ったでしょ? 聞いてなかった?」

「しかし!」

「はいはい、お兄ちゃんは妹思いなのね。もう終わったわよ」

 メルジーネは自分の豊満な胸の前で手をぽんと叩いた。メルジーネの手が輝きを失う。その一瞬、彼女は少し自分の兄を思い出したが、その郷愁を表面に出すことは決してなかった。そしてメルジーネの言う通りハノーの可愛らしい顔もそのままだった。

「おおお、ハノー。元のままだ。……感謝する」

「そう、したければすれば」

 アーレスの言葉にぶっきらぼうにそう返して、メルジーネはそっと背を向けた。もうここでする用事はない。あとはガイラス=クラストの元へと向かうのみ。期待が高まり、気分が高揚していた。

「お兄ちゃんと剣士さん。よかったら何か食べていかれますか?」

「別にいいわよ、気を遣わなくても」

 ハノーの方を向きメルジーネは笑う。アーレスも妹の言葉に同意した。

「メルジーネ。まだ時間はある。せっかくだからお前も何か腹に入れておいたらどうだ?」

 その言葉にどこか困ったようにメルジーネは言った。

「私は気分が高揚するとお腹が空かないの。それにそんなに食べないし」

「そういえば夜も食事を摂らなかったな」

「ええ、そんなに食べないの。なにより面倒だし、ね」

「そうか、オレは食べることだけが楽しみだが」

「あなたはそうでしょうけど。私は違うの。薬があれば空腹でも十全に動けるわ」

「そんなものが、だが楽しくはなさそうだな」

「まあ、お勧めはしないわ」

「ではオレは食事を戴く。お前はどうする?」

「少し散歩しているわ」

「そうか、では好きにしろ。出立の時間は丁度あの太陽があの真南の魔方陣に入った頃、場所は村の中央、お前とオレが会った場所だ。いいな」

「わかったわ」

 背中を見せてメルジーネは言う。

「それじゃあな。遅れるなよ。お前から言い出したことなんだからな」

 念を押すようにアーレスは言うとハノーと一緒にテントの中に入っていった。

 

「ふう」

 一人になってメルジーネは邪悪な笑みをその顔に浮かべる。孤独になるとメルジーネはその顔をよくした。それは自分を取り戻す作業でもあり、彼女の今の本質でもあった。

「人見知りの妹、か……」

 昔は自分もそうだった。そう言われた。それでも生きてゆけた。今は違う。……。どうもあの兄妹は、そうして空を見上げ、思いにふける。そしてこの天球は、メルジーネの記憶の辛いところを思い出させるのか。



 兄を無残に殺され、一人になったメルジーネは震えることしかできなかった。けれども諦めてもいた。このまま自分も死ぬのだなという実感。だが彼女に待っていたのはもう少し過酷な運命だった。破壊神の影がメルジーネに向かって語りかけたのだ。

「フフフ、女。お前は運が良い。壊れる世界の中で直々に俺が犯してやるんだからな」

「え?」

 その言葉と共に影がするすると小さくなり一人の男の姿を取った。裸の太った、醜い男だった。男はよたよたと歩き下卑た笑いを幼いメルジーネに向ける。そしてどこからともなく刃物のヴィジョンを手にまとわせると少女の体を衣服ごと切り裂いた。

「きゃあ!」

「良い声だ! もっと泣け!」

 痛みと恐怖にメルジーネが悲鳴を上げると男はますます下卑た笑いを見せた。痛みに崩れ落ちたメルジーネを押し倒し短いしかし太さだけはそれなりにあるペニスで少女のまだ清い体をめちゃくちゃに汚してゆく。少女の股から純血の明かしである赤い血が流れた。

「やめて! やめて! 世界も壊すのも止めて! なんでもするからっ!」

「ははは、だめだめ。そらもっと泣け! 悲鳴を上げろ! そして苦しみの中でもだえ死ね」

 ズブリ。刃物のヴィジョンが少女の黒い美しい肌に突き刺さる。そのままぐりぐりと抉ってゆく。真っ赤な血があふれ出す。メルジーネは口からも血を吐き、その目でかっと開いて魔術師の顔を見る。その凄惨な顔を見て魔術師はまた楽しそうに笑った。

 卑小な男。血を吐きながらメルジーネは思う。そうして涙が目からあふれ出す。なんで、なんで、こんな男に。こんな男ごときに。兄を家族を初めてを世界をそして命を奪われなければならないのだろうか。少女の慟哭を受け取ったかのように醜い魔術師はハッハと笑い、メルジーネの血まみれの口にキスをした。まるで少女の尊厳全てを破壊し尽くしてしまうかのように。

 魔術師は性根も体も矮小な存在で、その矮小な存在にみんな殺されて世界すら破壊されたと言うことがひたすらに悔しかった。くやしいくやしい、口惜しくって仕方ない。だが口から漏れた言葉はそれとは反対の命乞いだった。少女は激痛の中、声色を作って叫ぶ。

「……お願い、助けて、何でもするから!」

「だめだだめだ!」

「おねがい、おねがい……」

 ずぶずぶと刃物を不覚まで突き立てられる。メルジーネの意識が遠くなる、

「だめだめ、お前もこの世界はここで終わるんだよ! この俺の手によってな!」

 男は刃物で少女の腹を軽快に抉りながら激しく腰を突き動かす。まるでメルジーネを壊してしまうかのように、いや実際壊してしまうのだろう。犯して殺してしまうつもりなのだろう。短いペニスを激しく激しく突き立てる。その時だった。メルジーネの後ろから澄んだ声がしたのは。

『そうか、何でもしてくれるか』

「え?」

 その不意にかけられた言葉に首だけでメルジーネが振り返ると暴れる彼女からまき散らされた血を浴びて赤い跡の付いた白剣が淡く輝きだしていた――。



 はっと目を覚まし周囲を見回す。現実では僅か一瞬。それでも過去の記憶に気を緩めてしまったことを彼女は後悔する。白い魔剣を軽く撫でるとそんな感傷を嘲笑うかのようにカタリと音を立てた。少し薬を体内に入れるか。メルジーネはそう考え、物陰に潜み実行に移した。

「ふう……」

 薬を血管に入れてメルジーネは息を付く。そうなのだ。似ているのだ。だからこそ、黒剣はここにあるのだ。白剣と対になる黒剣。それは間違いなくここにある。なぜならこんなにまでこの世界と自分が元いた世界は似ているのだから。

「……」

 メルジーネは目を閉じた。アーレスには言ったがこんな世界、見て回る価値はない。そうこんな郷愁を誘う世界は、見て回る必要すらない。メルジーネはそう思い、目だけを休らえて周囲の警戒だけは怠らず正午を待った。



 時は過ぎ、太陽が真南の魔方陣に入り、力強く輝いた。約束の刻限だ。自分の家で腹一杯食べたアーレスは、僅かに重い腹を手で押さえながらハノーと連れだって広場へと向かった。

「あら、あんなことを言っておいて遅刻?」

 すでに目を閉じるのに飽き、先んじて広場にいたメルジーネが妖艶に微笑む。

「すまん」

 頭をかきながらアーレス。事実ハノーとの別れが惜しくて時間を費やしてしまったことは事実である。

「まあ、いいわ。集まりも悪いみたいだし」

「そうだな。みな昨日の祭りの酔いが醒めないようだ」

 二人でそんなことを言っているといつものようにふらりと村長が現れた。周囲を見回し特に気にした様子もなく言う。

「おうおう、集まっておるか。……おらんようじゃな」

「あら、村長さん」

「村長! あなたのせいですよ。元はといえば」

 アーレスの叱責に村長はなだめる様に言う。

「別に村民の涙の別れが必要でもないじゃろ。のう、メルジーネ。異界の魔剣士よ」

 村長の言葉にメルジーネはいなすように笑っていった。

「まあ、確かにお涙ちょうだい的な場面はいらないわ」

「そうじゃろ。皆、好きな夢を見るが良いのじゃ」

「……そうね、そうできたら幸せね」

「じゃろ、時にアーレス。メルジーネのことを守ってやるがよい」

「なぜ、いまさら口ずっぱく言うのです?」

「いや、そう言わないとお前はメルジーネを見捨てそうなのでな」

「……最低限の責任は果たします」

 アーレスの言葉に村長は複雑そうに顎に手をやる。

「ふむ。まあよい。では出立の儀と行こうか。者ども、太鼓を叩け!」

 村長の言葉にアーレスが答える。

「太鼓を叩くものがいません」

「ふむ。ではなしじゃ」

「やれやれ……」

「お兄ちゃん、剣士さん、頑張って!」

 空気を読んだのか、それともわざと読まなかったのか、唐突にハノーが気合いの声を上げる。

「ああ……」

「あらあら」

 その場違いさに二人とも困ったような、そしてどこかむずがゆいような気持ちを感じた。メルジーネなどは白い歯を隠そうともしない。村長もこの言葉には若干困ったのだろう。顎に手を当てたまま渋い顔をしている。やがて自分も何か言わねばならないと思ったのか口を開く。

「まあ、頑張ると良い。死なない程度にな」

「はい……」

 なんだか身内の恥を見せつけられたようで縮こまるアーレスに対し今度こそメルジーネは大笑した。

 そうして二人は見送りの村人がほとんどいないまま、この村を後にした。

「良い人達ね」

 地下迷宮へ向かう道中、メルジーネが声をかける。アーレスはまだ気恥ずかしく、口ごもるように返事をする。

「そうかな」

「そうよ」

「……」

「……」

 そこでメルジーネは唇を閉じて前を向く。こんな優しい世界を壊すのだ。自分は。これから。

 後悔? いいやそんなの感じない! メルジーネは自分に言い聞かせる。自分は哄笑の女魔剣士。やすらぎなんてもうとうの昔に捨てて来た。メルジーネは足早に歩き出す。そんなメルジーネをアーレスは追った。メルジーネの前に出て彼女を促す。

「そっちじゃない。こっちだ」

「あ、そう……」

「お前、道、わかるのか?」

 アーレスの言葉に不機嫌そうにメルジーネ。

「わかるわけないじゃない」

「だったら俺の後ろにいろ」

「はいはい。今は頼もしい戦士様に大人しくエスコートされることにするわ」

 無理に軽口を叩き、メルジーネはアーレスの巨大な背中を見上げながら彼の後を付いて歩く。いつもは鳴らない白い剣がカタリと音を立て、メルジーネの心の揺らぎをひそかに笑った。メルジーネは黙らせようと白い佩刀に手を伸ばす。けれどもそれはまた自分の過去を呼び覚ます行為でもあった――。



 メルジーネの背後で淡く輝いていた白い魔剣はメルジーネにさらに問うた。

『女、その言葉に嘘はないな』

「……」

『何でもする。その言葉に嘘はないな』

「あ……」

 メルジーネは一瞬戸惑う。けれどすぐに憤怒に身を焦がした。家族、兄の敵を討てるのならば! さらに自分や世界の敵が討てるのならば! メルジーネは必死に叫ぶ。声にならないしわがれた声だった。

「家族の、兄の敵を討てるのならば! なんでも、なんでも……っ!」

 その言葉に白の魔剣はさらに光り輝く。

『ははは! ここに契約は成った! では女よ、わたしを手にとるがよい!』

「……っ!」

 メルジーネは男に犯されたまま必死に白の剣に向かって手を伸ばす。

「おっと、そうはさせるかよ」

 幼稚で矮小な魔術師がメルジーネの体を引っ張っり白の魔剣から遠ざける。そうして嘲笑って言った。

「この“世界”の“栓”程度の存在が、この俺様に敵うとでも?」

 そうして刃物のヴィジョンをメルジーネの体に突き立てた。

「うぐっ、ぐぁ!」

 メルジーネが血の泡を吹いてしわがれた声で叫ぶ。そして男はメルジーネを縫い付けにすると血と液に濡れたペニスを晒したままだらしなく立ち上がった。

「その剣も俺がいただく。俺のものになれ」

「だめ、それは私の……」

「うるさい!」

 魔術師はメルジーネの体を一蹴りすると白い剣に歩み寄りそのまま無造作に抜いた。その瞬間だった。男の右腕が完全に消失した。

「ぐぁぁあぁぁあぁぁああ!」

 唐突の痛みに苦悶の叫びをあげる魔術師。

『契約はすでに成ったと言っただろう! 小童!』

 魔術師から落ちた剣は大きく跳ね、メルジーネにの目の前に吸い込まれるように転がってきた。

「……」

 メルジーネは剣を取ろうとして一瞬躊躇する。

 もしかして自分もあの男のように腕が消し飛ばされるかもしれない。けれども瞬時に思い直す。

 例え腕が、いや全身が消え去ったとしても、あの男を殺せるのならば! メルジーネは自分の所に転がってきた剣をしっかりと手に取った。その瞬間だった。

 知識が、魔術がそして力が幼い少女の体に流れ込んできたのは。


「きゃああああああああああああ!」

 メルジーネが大きな声で叫ぶ。先までしわがれた声しか出なかったのが信じられない大きな悲鳴だった。けれどもそんな悲鳴を出したことに一番驚いているのは、メルジーネ自身だった。なにしろいままであった体の痛みが、剣を掴んだ瞬間にまったく消えてしまっているのだから。空いた手で自分の体をさすってみる。腹を割かれていたはずだが、傷一つもない。股の傷はそのまま残っていたけれど、痛みはもう無い。そいて全身に感じる、力、力、――圧倒的な暴力。メルジーネはゆっくり立ち上がり、利き腕が消し飛んでへたり込む矮小な魔術師を見下ろす。その姿は今や本当にみすぼらしい。

「……」

 本当、矮小な男。力を得たメルジーネはそう思い、剣を構える。魔術師は身をかがめて叫んだ。

「わぁぁ! 何でもするから許してくれ!」

「何でも?」

 メルジーネは呟く。

「はぃぃぃぃぃ! だから許して、許して……」

 縮こまる男を尻目にメルジーネは自分の佩刀に聞いた。

「ねえ白剣。この人何でもしてくれるって、乗り換える?」

『一度結んだ契約を反故には出来ない。私も、そしてお前もだ』

 白い剣から直接言葉が頭に滑り込んで来る。それは力強くも恐ろしい言葉であった。メルジーネはそれを了解し、一人頷き、言った。

「そう……、っか!」

「? なんだ、何を話している!」

「お前」

「はい!」

 メルジーネの冷たい声に返事をする魔術師。そしてメルジーネは冷厳に告げる。

「死になさい。ゆっくりと。この終わる世界と共に」

 ズブリ。

 そうして白の剣が魔術師の心臓を刺し貫き、その力の全てを奪っていく。少女は魔術師の力と知識の全てを自分の物とした。世界を渡る方法も、世界を壊す方法も、今や全てメルジーネの頭の中にあった。

「なんだ、脳が破壊されるぅぅぅぅぅぅ……、……? ……!!!!!!」

「感謝するわ。矮小な魔術師」

 魔術師のつぶやきが疑問にかき消える中、最後に口元に微笑を浮かべメルジーネは言い放つ。本当、実に魔術師の知恵は役に立った。今ならこの終わる世界から逃げることはメルジーネにとってたやすいことである。

『世界が崩れ落ちるぞ、跳べるな』

 白剣の問いにメルジーネは笑う。

「当然!」

 そしてメルジーネは身を翻し、この終わる世界から巣立っていった。そう、それが始まり。メルジーネと白剣の旅のそれが始まりであった。


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