【08】 1章の06 接触
さて、っと。とりあえず気分も落ち着いてきた事だし、今度は直接『人』に聞いて情報を得る事にしますか。
……つっても、どう聞けば良いかねー……今の俺に必要なのは、知ってて当然の所謂一般常識の類いだ。
だって言うのに、まさかいきなり『金の価値を教えてくれ』っつうのは、正直なとこ変過ぎるだろ? 少なくとも、俺なら怪しむ。
んー……人が良くて、通報とかしなさそうな、『美少女』とかいねぇかな……って、前二つは見ただけだとあんまり分からないか。『美少女』なら分かるけどな! ウヒョッ!
とりあえず質問してみるにしても、出来るだけ違和感が出ない様に自分自身の『設定』を考えるか。
今の俺の格好と……知識量から違和感の無い『設定』は──うん、『研究バカで世間知らずなエルフ』、なんてどうだ?
パッと見でも出来の良い〈メイジローブ〉を着ている事と、浮世離れした美少女である事を加味した、完璧な設定ではなかろうか。いや、むしろ完璧でしかない。
ま、冗談はさておき。見た所相手がどんな『異種族』であっても、さほど距離感がある雰囲気では無いし、この辺の接客を主にしてる層なら、多少変な事を言っても一期一会の精神でスルーしてくれるだろ! 何、使い方が間違ってる? 良いんだよ、雰囲気雰囲気。
それこそ、さっきの宿屋のオッサンの時みたいに、まだ状況把握が不十分で、混乱状態になった上に、相手が特殊な例だった、何て事例を除けば、大抵の事はザッツオーライってな!
……よくよく考えたら、さっきの状況ってかなり酷いな……見事に、ダメな方向にストレートフラッシュが決まってるぞ……おい。
……まぁ、それはそれとして。ざっくりとではあるが『ワタシ』の『設定』も出来た事だし。
んー……キョロキョロキョロと…………ふむ。
よし、まずは『あの子』に話を聞いてみるか! ……ん? もちろん『女の子』ですが何か? 誰が好き好んで男に話しかけますかアナタ。一択! ここで選べるのは『女の子』一択でしょッ!!
俺は、目標と見定めた『女の子』にゆっくり近付きつつ、今考えた『設定』と質問の内容を練り上げながら、ふと思う。
……しっかしこう、世の中何が役に立つか分からん、何て言葉を〈あっち〉ではよく聞いたが、あれは真理だったのかもな。
◇◇◇
『現実』では、彼女どころか女性の知り合いもほとんど居ないし、もっと言うと同性の友人知人すら極端に少ない、一種の『世捨て人』レベルの生活をしていた俺なのだが。
自分でも意外な事に、それほど『コミュ障』と言う訳でも無いのだ……『メルカ』としてならなッ!
……まぁ、理由はちょっとアレなんだが……それなりに長く『MMORPG』で『ネカマ』『姫プレイ』をしていると、中にはどうしても『生声』が聞きたいと、『音声チャット』を希望してくる輩が居るんだよ。
そんな連中への基本的な対処としては、『あんまり自分の声が好きじゃないから、音声チャットはしたくない』とでも言ってやれば、気弱なヤツや自称フェミニストな紳士連中は諦める。
そりゃあもちろん『ワタシ』に嫌われたくは無いだろうからな…………そう、連中は基本、結構な意気地無しなのさッ! HAHAHA! ……あれ……何故かちょっと泣きたくなったぞ?
……だが中には、『ワタシ』の言動なんかに疑いを持ったヤツや、純粋に肉体的精神的ガキンチョの場合には、引かないヤツも一定数存在する。そして、そういう奴に限って……これまた超絶ウルトラメンドクサイ!!
さっきも言ったが、頑として断っても大体の奴はそこまで問題無い。
だが、疑いをもつ奴やガキンチョの場合には、自分が断られた腹いせも含めて、その情報を拡散したりしやがるのだ──ああぁぁぁぁウゼェッ! お前ら、そう言う行動のせいでモテねぇんだよッ! 気付けよッ!? 『火消し』がどんだけ面倒か、知らねぇんだろッ! まっじっで手間が掛かるんだからなッ!? 後、そもそも俺が『ネカマ』しなきゃ良いじゃん、という意見は当局の都合で却下ですッ! ごめんなさいねッ!
……ォホン。えーっと……何の話だっけ……あ、そう! それに連中を一時的に黙らせた所で、この先も同じ様な奴はいくらでも出てくる。
そんな時に今までの情報が重なっていれば、総合的に『ネカマ』だとバレてしまう。それは、正直都合が悪い……主に俺に『貢がせる』関係でな?
では、どうするか。
……悩んだ俺は、最終的に一つの結論を出した。
『要求を断る事』が不利益につながるのなら、いっそ要求を断らなければ良いのだ。
つまり──
──よーし! 『ワタシ』、『変声機』で声を変えちゃうゾ☆
……残念な事に、国内の物だとどうにも良いものが見つからなかったのだが。検索を重ねた結果、偶然にも海外の『フリーソフト』の中に、違和感の無い『女声』に変換可能な『変声アプリ』が有ったのだッ! 正に、虚仮の一念岩をも通すッ! フワハハハハハハッ!!
さておき、『音声チャット』を断る理由も無くなった俺は、特に疑り深かった連中を中心に、まずは短時間での会話を繰り返した……いや、練習も兼ねてな? 語尾とかイントネーションとか。あ、会話の内容はほとんど『ゲーム』の事だけで押し通したけど。
……まぁ、逆にそれが良かったのか悪かったのか、疑っていた連中のほとんどが手の平を返したように、一気にすり寄ってきたのには大いに笑わせて貰ったがな!
……それで、その……ちょっとばかし調子にのっちゃった、と言うか……俺は、当時既に配信していた『ゲームプレイ動画』の中で、こんな告知を出した。
『レイドボス戦とかで連携の取れる、親しいゲーム友達を作りたいので、もしワタシと音声チャットしても良いよ! って方は、ゲーム内のメッセージで希望の旨を伝えて下さい! 連絡待ってますねッ!』
……まぁ、『ワタシ』を含めたギルドメンバー達の『ゲームプレイ動画』は、既にそれなりの人気コンテンツではあったらしいんだが……告知を出した翌日にログインすると、『ゲーム内機能』の一つである『メッセージBOX』がバグっていた。何を言っているか分からないと思うが、正直俺にも意味不明だったぜ。
いや、何か最大件数が『9999件』だったのに、それを超えるメッセージが来たせいでバグったとか何とか……運営からの『お詫びメール』が、登録していたアドレスに届いた時には、俺も思わず笑顔が引きつったよ。
もちろん、全部への対応はとても無理だったから、無作為抽出で一部だけ選んで連絡は取ったんだけどな。それでもおよそ100人と連絡を取ったんだから、俺は割と頑張ったと思うッ! 頑張ったな、俺ッ!
……んで、その一件以来。俺は更に、愚かな男共から貢がせる事に成功した。疑い深い連中がコロッと逝ったせいで、普通の連中の信用まで得てしまうという……ああ、自分の才能が怖いッ!
──世の『オンラインゲーマー』達よ。
『音声チャット』に応じるからと言って、相手が本当の女性とは限らないと言う事を忘れるんじゃないぞッ! お兄さんとの約束だッ!
……何か、『元空き巣が説明する防犯対策講座!』みたいだな……ま、いいや。
◇◇◇
ともあれ、そういう『理由』で何気に『ワタシ』は、人と話す事にはあんまり抵抗が無い。
ゲーム的に言えば、連戦を重ねて経験値を積んだ、とでも言えば良いんだろうかね?
もちろん、〈あっち〉の『俺』が『現実』で会話を試みようとすれば、あまり上手く出来る自信は無い。
しかし今の『ワタシ』で、〈こっちの世界〉に居る状況だったら……それはある意味、俺の『フィールド』ってヤツだ! どっからでもかかってきなベィベェッ!!
プランをまとめた俺は、近付いた『女の子』の背中に、タイミングを見計らい、意を決して声を掛け──ようとしたのだが。
「──あのぉ「……もう、い」……あら?」
俺と同時に、すぐ横から『女の子』に声が掛けられてしまったのだ。
ちょっ……タイミング読んでッ!? 無理? オッケー!
……もっとも、二人とも小声だったので、目の前の『女の子』は気付かなかった様子だ。
やれやれ全く、と声の方向を見て見れば──
客と思しき、長めの黒い前髪で瞳を隠した『メカクレ少女』が、何かを伝えようと声を上げたらしい…………って、あら? ……前髪のせいで顔はちゃんと見えないんだが……コレ、『美少女』なんじゃね?
思わぬ所で『第二美少女』発見か!? と、つい『メカクレ少女』をガン見する俺だったのだが。
目の前でジーっと俺の様子を見ていた、『メカクレ少女』が。視線を数回キョロキョロと、当初の『女の子』の背中と俺の顔を往復させた後、どうぞ、とでも言う様に手で指し示してきたのだ。
これは……気遣いの出来る良い子の様だな…………後は顔さえ確認できれば! とは言え、二兎を追う者は一兎も得ず。まずは第一目標だッ!
俺は『メカクレ少女』に小声で礼を言いつつ、気を取り直して再度目の前の背中に声を掛けた。
「(……ありがとうございます)……あの、少しよろしいですか!」
「は、はいッ! 何で……すかぁッ!?」
ちょ、おいおい。確かに若干、お互いの距離は近かったかもしれんが、そこまで驚かんでもよかろうに……また、商品落とすよ?
──そう。
俺はさっき座りながら微笑みかけた、〈グラスランナー〉っぽい小柄な少女に声を掛けたのだ。少しとは言え縁が出来たのなら、話すのに都合が良いし……後、可愛かったからなッ! コレ重要ッ!
近くで見れば、明るい茶色のショートボブと若干のソバカスが。活発さと素朴さを引き立てている、美人ではないが実に可愛いらしい少女だ。
小柄なのもあってか、胸はほとんど膨らみが無いが……少しダボっとした〈ショートパンツ〉から覗く、『脚線美』が本当に素晴らしい。
健康的に日に焼けた、正に『あたかもカモシカの様』と形容するに相応しい、見事な『おみ足』だ……うーん、ペロペロした──
「──ヒィッ!?」
間近で見た『美少女』の様子に、思わず俺が妄想を加速させていると、向き合っていた『茶ボブ少女』が急にブルッと震え、同時に小さく悲鳴を上げながらキョロキョロと辺りを見回している。
な、何だ……? 直接的な事は何もしていない筈だが…………まさか? 俺の妄想に……気付かれた、だとッ!?
……まったく。君のような勘の良い美少女は──大好物だよッ! ウヒョヒョヒョヒョッ!
怯える美少女たんッ! ハァハァ……ハァハァッ!
「──【チロッペ】、どうした?」
小動物の様にキョロキョロしながら怯える『茶ボブ少女』に、俺がついつい妄想を暴走させてしまっていると。異変に気付いたのか、横に居た『メカクレ少女』が、すぐに声を掛けて来た……ふむ、さっきは小声だったから分からなかったが、『声』も意外と落ち着いた心地良い感じの『美声』じゃあないか……こいつぁ要チェックだなッ!!
……うん? というか、俺が来てもほとんど反応が無いから、てっきりただの『客』だと思ってたんだが……これはどうも違ったっぽいな。
俺が考察している間にも、【チロッペ】と呼ばれた『茶ボブ少女』は、もう一人の『メカクレ少女』の方を向くと、手を軽く横に振りつつ言う。
「う、ううんッ! 何でもないよ【レイフェ】! その……何かちょっと、急に『寒気』がして──」
「──あらあらッ! 〈噴水〉の横で、少し冷えてしまったのかもしれませんね? 大丈夫ですか?」
ちょっとばかし食い気味でも、すかさず心配そうにフォローッ! 間違っても、俺が原因だと思われないようにしなければならないからなッ!
……その為にも、妄想は……ちょっとだけ控えておくか。残念だが。ぐぬぬ。
「え、あ、はい! ご心配をお掛けしてしまってすみません! ……えーっと、それで……どうかなさいましたか?」
気を取り直したのか『茶ボブ少女』……ああ、もう名前で良いよな? 【チロッペ】ちゃん……むしろ、たん? 【チロッペたん】が質問してきた。
よし、んじゃあまずは掴みとして、世間話からいってみるか……既に、当初の想定からは大幅に外れているが、仕方ないよねッ!
「はい……その、アナタが先程から、とても元気な様子で売り子をしていらっしゃるので。どんな『商品』を取り扱っていらっしゃるのか、凄く気になってしまったんです。お忙しい所をお邪魔してしまって申し訳ないのですが、少し拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
若干の申し訳無さそうな表情と、口調でチロッペたんに話しかけてみる……さーて? どんな反応が来るかな?
「あ、え……お、お客、さん……は、はいッ!! ど、どどどどどうぞ、お好きにご覧になって下さいッ! どれも『良い物』ばかりですよッ!」
少女は一瞬、虚を突かれた様にどもったが、すぐに満面の笑みで足元の『商品』を示してきた。
っていうか、俺が『客』だという事自体にやたら驚いてねぇか……何、そこまで売れてないの?
ふむ……正直『商品』には大して興味無かったけど……逆に気になってきたな。
『客』が多くなかった、ってのもココを選んだ理由の一つだったんだけど……んん?
待てよ? もう一人の小柄な『メカクレ少女』……名前は、あーっと【レイフェ】ちゃん、だっけか? その子も『客』じゃないなら、この露天……誰一人として『客』が……ふ、不憫な。
せめて、グダグダと会話して『サクラ』がわりをしてやろうではないか! もっとも、買いはしないけどな! ……って言うか、多分買えはしないけどなッ! ハハハハハッ! ……ハァ。
一人、内心でどうでも良い決意をしてる俺を、少しばかり紅く染まった頬で見ていたチロッペだったが。何かに気付いたかの様に、視線を上下させて俺の『格好』を確認すると、すぐに表情を曇らせてボソリと一言呟いた。
「(あ……でも、お客さんみたいな『マホウショク』だと、使う機会が無い『物』かも知れませんけど……)」
おいおい、独り言の割にえらく声がデカいが……まぁ、そういう人も居るよね。ってか『マホウショク』って……『魔法職』か?
確かにこの体は『メルカ』だから、どっちかと言えば『魔法職』ではあるが……今は『俺』なせいで使い方も分からんけどな。後でどっかに落ち着いたら、〈杖〉もあるし色々試してみるか?
ま、それはさておき……どれどれ? 邪魔するでぇ?
興味を持って頂けましたら、是非ご評価もよろしくお願いいたします。
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