【42】 2章の10 王都
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「『魔力暴走』……ですか?」
「そう、か……言われてみれば、確かにその可能性はあるね」
俺の疑問の声に答えた訳ではなかろうが、アネゴがレイフェちゃんの考えを肯定した。
サッパリ分かっていない俺は、とりあえずどっちか説明してくれないかなー、と目線を向けてみると。
目が合ったアネゴが、あ、という顔をしながら口を開いた。
「そうだ、メル──カには何の事だか分からないね」
……いや、別に俺は『メル姉』でも良いんだぞ? 普段キリッとしたアネゴがちょっと幼い感じがして、ギャップがとてもイイし?
「『魔力暴走』って言うのは、明確な『魔術』となっていない『魔力』が体の外に漏れ出て、特に指定もしていない現象を起こしてしまう事なんだけど……本来は、せいぜい『魔力』を認識できる相手に圧力を感じさせるとか、軽い物を動かすくらいの衝撃波を発生させる……なんてのが関の山なんだ」
腕を組みながらそう言ったアネゴは、首を傾げながら目をつぶる。
「あれほど明確に属性を持たせて、『氷』として発現させるなんて聞いた事もなかったんだけど……メルカの持ってる、桁外れの『魔力』がもし暴走すれば……あり得ない事でも無いのかも」
「……組合長は、昔の『メルカ』が暴走したところを見た事は無い?」
考えながら喋っているアネゴに、横からレイフェちゃんが質問したが。
アネゴはそれに関しては即答で否定する。
「無いね。あたしが知り合った時には、既にメルカは一流の『魔導士』だった。『魔術』を教わってるあたしが失敗して『魔力暴走』を起こす事はあっても、教える側のメルカが失敗した事なんて一度も無かったよ」
「……なるほど」
アネゴの説明を聞いたレイフェちゃんが、納得したように頷いているが……まぁ、何となくの意味合いは俺も分かったけどね! ……いや、ホントに。
要は、『魔力』を『水』みたいなモンだと考えれば良いんじゃねーかな? 多分。
各人が体の中に『タンク』みたいなもんに『魔力』を持ってて、それを外に出す時に使うのが『魔術』って事なら……蛇口? とか……ああ、『給湯器』とか?
んで、正常な経路なら、水道パイプを通って蛇口から出てくるはずが、間違って途中のパイプから水漏れを起こすのが『魔力暴走』……みたいな?
ま、そんな単純では無いのかもだけど……大まかな理解としてはそんなもんじゃないのかね?
一人でうんうん頷いていると、レイフェちゃんと会話していたアネゴがあらためて口を開いた。
「……でも、もし本当にさっきのが『暴走』だとすると、かなりマズいね」
深刻そうな口調のアネゴを見てみると、何故か一気に顔面蒼白になって……ど、どしたの!? ポンポンぺいん?
俺の視線に気付いたのか、アネゴが噛んで含めるように説明してくれる。
「いいかいメルカ。今回は偶然、必要最低限の効果、範囲で『暴走』が良い方に作用したけど……今後も同じだとは限らない。もし人がたくさん居る場所や、この『総合ギルド』みたいな高い建物の基礎付近で、もっと強烈な無差別の『暴走』が起こったら……待っているのは──『大惨事』だよ」
「そ、そうですね……」
ちょ、ちょっとアネゴ? 人の事を『不発弾』みたいな扱いはしないで頂けません? 例え事実がそうであったとしても、俺のセンシティブグラスハートがブレイクしそうなんですけど?
俺の心の抗議は当然アネゴに聞こえる事も無く。
腕を組んだアネゴに視線を合わせられながら、会話を続ける。
「メルカには、早急に『魔力』の扱いを覚えて貰って、『暴走』しないように制御してもらわないと」
「それは、もちろんそうしたいですが……」
覚えたら『魔法』が使えそうだし。
出来なかった事が出来るようになるのって、結構好きな感覚だし。
ただ……『誰に』教えて貰うのかも結構重要よね? ね、アネゴ?
「ええい、本当に何でこんな時にあたしは手が空いてないんだ……」
俺と同じ事に考えが至っていたのか、アネゴはわなわなと両手を震わせている。
出来るだけ急ぎたいみたいだし、何とかアネゴが講師になってくれないかなー、と思っていたんだが。
これはどうやら、本当に忙しいらしい……残念。でも、同じ事考えてくれてたんだね! フヘヘヘヘ。
離れていても思いは同じの俺とアネゴ。
しかし、次のアネゴの言葉は俺の予想だにしない内容だった。あ、あんなに一緒の思いだったのにッ!?
「──記憶の無いメルカに、こんな事を頼みたくは無いんだが……しばらく『王都』に行って欲しい」
……『王都』? 何で?
◇◇◇
「あたしの後輩の若造……と言っても『ヒューマン』だから、もうそれなりの年にはなってるんだが。そいつが『王都』で、『魔術ギルド』の仕事をしてるんだ」
ほうほう?
「純粋な火力や、魔力運用に関してなら負ける気はしないんだが、こと制御に関してはあたしの知る限りあいつが一番上手い……きっと、そんなに時間もかからず『魔力』を制御できるようになるはずだよ」
……いや、あの。教える側がいくら上手くてもですね? 実際に制御するのが俺だと言う事を加味して頂けたらなー、なんて。
「不安なところ、本当にすまないと思っている」
はい、聞いてない。
……いや、俺が口に出してなかったんですけどね?
「さっきも話した『危険』の可能性もあるが……そっちはあくまで可能性だからね。実際に目に見えて発現してしまった、『暴走』の方をどうにかする事を優先させてほしい」
アネゴが頭を下げて頼んでくる。
いや、俺も大概あまのじゃくな性格だとは自覚しているが、流石に美人の頼まれ事を跳ね除けるほどではない。
「もちろんです。むしろこちらから、シェーンさんの案でお願いしたいくらいですよ!」
「……ありがとう、メルカ」
お、おう。さっきまではニヤリって感じの笑い方だったのに、急にニコリと微笑まれると……キョ、キョドっちゃうんだからねッ!?
まぁ、それはさておき。
……だって、なぁ?
もし、次に『暴走』した時に。
すぐ隣にレイフェちゃんやチロッペたん、レティシアさんが居たら……なんて想像したら。
このままのんきに日々を過ごすのは、俺には難しい話だ。
全く与り知らぬところででもイヤなのに、俺が原因で美少女に害が……なんて。考えるだけでも身震いするね。
実のところ『さっき』だって、自分が何かしたような感覚は一切無かったんだ。
それを何とか出来るんなら、やる事もやぶさかではない。
俺が決意を新たにしていると、うーんと何かを考えていたアネゴがポンと手を叩いた。
「移動の手配は……馬車はギルドで用立てるとして、『護衛』も要るね……うん、そうだね。あの『バカ』を付けよう!」
「あの『バカ』……」
あ、アネゴ? 俺っち、何だかちょーっと、イヤな予感がするんでやすが……?
俺の心を読んだかのように、アネゴが苦い表情を浮かべながら言葉を続ける。
「まぁ、メルカはイヤだとは思うけど……あんなのでも、あたしの知る中では一、二を争う腕利きだからね。【ツェーブラ】のバカを、移動の『護衛』として連れて行きな」
……ん? そう言えば。
この言いぶりからして、多分さっきの『雑魚メンエルフ』の事だとは思うんだが……名乗ってたっけ? 昨日遭遇した後に、ミーニー君が何か名前を教えてくれてたと思うけど……覚えて無いんだよな。
一応、確認しておくか。
「ツェーブラ、さん……とは、先程の?」
「……そう言えば、あのバカ名乗りもしてなかったね」
はぁ、と一つ溜息をつくアネゴも様になるが。
……残念ながら、残念エルフが護衛と言う事らしい。
あんなイヤミっぽいのと移動とかイヤだなぁ……うっとおしそう……仕方ないけど。
どうせならカワイイ女の子が護衛だったら良かったのにッ!!
「あんなのでも、一応あたしの親類でね。【ツェーブラ=シュバルツ=ヴァイス】っていう名前で、『冒険者ギルド』に所属してる」
ああ、そう言えば確かそんな名前だったな……うん? 最後に来るのが『貴族』の家名なら、アネゴと『雑魚メンエルフ』は直系じゃないって事か……?
まぁ、確かにいかにも『ダークエルフ』なアネゴと、むかつく正統派イケメン『エルフ』のアイツが直接の血縁では無さそうだけど。
「もちろん、あのバカにはあたしからもしっかり言い含めておくから。もし何か口答えするようなら、あたしの名前を出して躾けてやるといい」
……ふむ。そう言う事なら。
あいつ……権威とか立場に弱そうだったしな。これは上手く遊んでやらねばなるまいて……ウケケケケ! 差し当たって、アネゴと同じ呼び方は決定だな……!
力関係が変動した今、どうやって『雑魚メンエルフ』……もとい【ブラー君】をいたぶってやろうかと考えていると、アネゴが何か躊躇しながら声を掛けてきた。
「──そういえば、メルカ? ……あ、『アイツ』の事も、覚えてないのかい?」
「……『アイツ』、ですか?」
残念ながら、ツーと言えばカーで話が通るほどアネゴとの仲は進んじゃいないんだなぁ、これが。
んー、今までの話に出て来たあいつ、ってぇと……あ。
「えっと、『王都』にいらっしゃる後輩さん、の事でしょうか?」
確か、他には居なかったと思うけど、合ってるかな? ま、これっぽっちも覚えてる訳無いんだけどね! ……え、実は俺と仲を進展させたいっていう、アネゴのお誘い? お誘いなのこれ? ならば乗るのもやぶさかではない!
「い、いや! 覚えてないなら大丈夫さ!」
「あ……はい」
否定が速いッ!!
俺の期待を返せッ!!
「そ、それよりもメルカ!」
……ここまであからさまな、話題転換があっただろうか? いや、無い!
まぁ、乗ってあげるけどもね。
「はい、なんでしょう?」
「今思い出したんだが、『王都』に行くとなると『身分証』も持っておいた方が良いんだ。以前使っていた物なんかは持ってなかったかい?」
額に汗をかいているアネゴの挙動不審はさておき、『身分証』ね? どんなシロモノだ?
起きた時に確認したが、カードやドッグタグみたいな物は持ってなかったし……本はあったが、書類みたいな物も無かった。
「おそらく持っていなかったと思うんですが……?」
「持ってない? 変だね……基本肌身離さずなんだが」
俺の言葉に首を傾げるアネゴもなかなかキュートだが、持ってない物は持ってないのだよ。
持っていないとは思うが……ああ一応、確認はしないとな。
「……ちなみに、どういった形状の物なんでしょうか?」
「ああ、そこからだったね。基本的に形状は〈腕輪〉か〈指輪〉にしてるはずだよ」
〈腕輪〉か……〈指輪〉、ね?
もしかして、アレか?
思いがけず心当たりがあったので、俺は腰の〈巾着〉を開いて中から取り出して見せる。
「……もしや、これ、でしょうか?」
「あ、やっぱり持ってるじゃないか! それが『身分証』だよ」
テーブルの上に置いた〈指輪〉を見て、アネゴが頷いている。
……いやいや、まさか〈指輪〉が『身分証』だとは思わんだろ?
俺の常識も考慮して質問して欲しい。無理だとは思うが。
……さておき、これがあれば『王都』に入っても問題ないのかね?
過程はともかく、必要な物があったのなら問題ないかな? と思ったのだが。
「ん? こいつは……」
テーブルの上の〈指輪〉を確認していたアネゴが、急に眉をひそめたかと思うと、執務机に行って何かを取ってきた。
見れば、大き目の弁当箱くらいのサイズの〈木箱〉……に見える物だ。
何を持って来たんだ?
俺の疑問も気にせず、アネゴは〈木箱〉の上面に付いている鏡のような部分に〈指輪〉を置く。
すると、3Dホログラムのように〈木箱〉から上に向かって光が立ち上った。
す、すげぇ! 昔見たSFの投影装置みたいだ!
ワクワクしながら、次は何が見れるのかと期待していた……のだが。
立ち上った光は、光っているだけで他に何も映し出さない。
極端に言うと、上に懐中電灯を向けたのと似たような状態のままである。
これで正しいのかとアネゴに目を向けてみたのだが。
「……参ったね。理由が分からないが、この『身分証』は機能停止してるよ……使えない」
「機能停止……」
予想外の言葉に俺が思わずオウム返しに呟くと、横からレイフェちゃんの声がした。
「……『状態確認』と同じ?」
「そう、だね。物理的に破壊されでもしなければ、こんな事は起きないと考えていたんだけど……認識を改める必要があるかもね」
……うーむ、俺が原因では無いとは言え、俺のせいで色々面倒になっている事に関しては謝罪したいような気がせん事も無い。しないけど。
と、一つ頷いたアネゴがこちらを見ると、笑いながら口を開く。
「どちらにせよ、現状のメルカが下手に『Sランク』の『身分証』を持っているのもトラブルの元になりそうだったからね。これはこれで都合が良いと思っておくよ」
ま、確かに。分不相応な『身分証』は持ちたくないね。
俺の感想が聞こえた訳でも無いだろうが、もう一度立ち上がったアネゴが執務机から何か取ってきた。
どうやら、俺が持っていたのと似たような〈指輪〉のようだ。
「これは未使用の『身分証』だ。メルカには、これで登録しておいてもらうよ」
おお、それはありがたい……のだが、その前に念の為確認したい。
「その、シェーンさん? それって、『二重登録』とかになっちゃうんじゃ……?」
やだよ、俺? そんな事で捕まるのとか。
不安そうにアネゴを見つめるが、当のアネゴはプラプラと手を振っている。
「大丈夫だよ! 偽って高ランクを名乗るのは問題だが、実際より低いランクを登録するのは規則上問題ない……まぁそれで低ランクの仕事を荒らすヤツなんかが居れば、判明次第処罰の対象だけどメルカはしないだろ?」
「も、もちろんしません!」
そもそも働きたくありません!
俺の返事に満足そうに頷くアネゴが、チョイチョイと手招きするので身を近づける。
と、手を出すように言われたので、とりあえず差し出してみる。
「それじゃあ、この〈登録判別機〉に〈指輪〉と重ねるように手を置いて……よし」
「……んん?」
一瞬、体の中を『何か』が通り過ぎた気がしたが……気のせいか?
アネゴに解放された手をグッパグッパしてみるが……特に痛くもなんともない。
まぁいいかと目線を前に戻すと、アネゴが〈指輪〉を二つ手渡してくる。
「じゃあ、こっちの新しい方だが最低ランクの『Fランク』で登録してる。『王都』を通過するのはどのランクでも大丈夫だから、これを身に着けといてくれ」
「分かりました」
アネゴから受け取るが……どうしよう? 指とか腕周りに何か着けるの苦手なんだけど……いや、でも着けとかないとまずいんだよな、多分。
俺が〈指輪〉を手に持ったまま逡巡していると、アネゴが怪訝そうに声を掛けてきた。
「メルカ? 着けないのか?」
「あー、その……」
俺が何となく苦手、なんて理由を言いあぐねていると、横から思わぬ助け船がきた。
「組合長、チェーンで首から下げても問題ない?」
「ん? ああ、そうしてる者も居るね」
「ん。メルカ、これを使って」
レイフェちゃんの言葉に、差し出された手を見てみれば。
その上に、優美な細い銀色のチェーンが載っているのが分かった。
確かに首からゆったりと下げるのなら、俺でも耐えれそうだが……。
「い、良いんですか?」
「大丈夫。高い物じゃない」
「……ありがとうございます」
ちょっと悩んだが、レイフェちゃんの好意に甘える事にする。
こんな俺でも、一応アクセサリーの類に触れた事はあるので、チェーンの端を留める事も出来た。
若干落ち着かないが。
少し首を動かしていると、アネゴがもう一度手を伸ばしてくる。
「こっちの前の分も、記憶が戻ったりもう一度使えるようになった時に登録しなおすのは処理が面倒だから、そのまま持っておくと良いよ」
「わ、分かりました……」
処理が面倒って、お役所仕事的なのがあるのかね?
重いもんでもないし、持っとくのは別に良いけど。
アネゴから、元々持っていた方の〈指輪〉を受け取り、元通りに〈巾着〉の中へ入れる。
それを見届けたアネゴが、微苦笑をしながら口を開いた。
「さて、本来ならメルカとの再会を祝って、食事でも取りたいところなんだが──」
コンコン!
アネゴの言葉の途中で、部屋のドアが少々強めにノックされた。
『──失礼します! 組合長!』
「……すまないね。ちょっと時間が押しているみたいだよ」
そう言うアネゴの表情は、ちょっとだけ疲れたサラリーマンのようにも見えた。
ここまで読んで、面白い、もっと続きを!
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モチベが違うのだよ、モチベがッ! ってなります(。-`ω-)ヤルゼッ




