【30】幕間 関りし者達 レイフェ2
今回は、視点が『レイフェ』のものになります。
話の都合上、同時2話投稿となります。
こっちが2/2です。
【SIDE:レイフェ】
目線が合った彼女を思わず凝視してしまったボクは、彼女の小首を傾げる動作に我に返った。
あまり見ないレベルのその美貌に、一瞬意識を取られてしまったが。
彼女はどうやら、チロッペに用があって声を掛けたみたいだった。
ボクの用件は別に急ぐものじゃないし、何より彼女の行動に興味が湧いていた。
ボクが譲ると、彼女は落ち着いた声で小さく礼を言うと、チロッペに声を掛けた。
……結論から言うと、彼女の用件はまさかの『商品』を見せてくれ、というものだった。
まさか、諦めた次の瞬間にお客さんが来るとは、ボクも思ってもみなかった。
これはもしかすると転機……では、無いか。
彼女の服装はどう見ても『魔法職』。
確かに力の弱い人でも役に立つように、と考えて商品を作ってはいるが、それもあくまで『近接職』向けだ。
彼女では使い道が無い。
そう考えると、一瞬盛り上がった気分がもう一度静かになっていくのを感じた。
これはきっとダメ押しなのだ。
『諦めろ』と言う……。
諦念を抱きつつも、彼女の行動に目を向けていたボクだったが。
見ていると、彼女は一つ一つの商品をとても興味深そうに……文字通り、目を輝かせながら確認していくのだ。
そして、一つ一つで何かに納得したのか頷いたり、刃を仕込んだ〈仕込み杖〉に気付いた時には、一見その涼やかな美貌に不釣り合いにも見える朗らかな笑みを浮かべたりもした。
……何なんだろう、彼女は。
これほど、ボクの商品を楽しそうに、興味深そうに見てくれた人は……生まれて初めてだ。
ボクの作った子たちを、こんなにしっかりと『見て』くれる。
それが凄く……嬉しい。
自分の心の奥から湧き上がる、初めて感じる歓喜をどうすればいいのかが分からない。
ボクがボク自身に戸惑っている間にも、彼女は次の商品を手に取る。
そして、〈仕込み腕甲〉の機構の起点である『紐』に興味を持ったようだった。
ボクと同じく、固唾を吞んで彼女の様子を見ていたチロッペが、我慢できずに声を掛けた。
すると彼女は、予想通り『紐』の用途に疑問を持ったようで、チロッペが説明しようとしてくれたのだが……今度はボクが我慢できなかった。
思わず、チロッペの言葉を遮ってまで、彼女に声を掛ける。
興味深そうにボクの子たちを見てくれる彼女を、驚かせたい。そんなふって湧いた様なイタズラ心に惹かれて。
ボクが声を掛けた事に彼女は一瞬戸惑った様子だったが、すぐににこやかに返事をしてくれる。
次に持ち方を指示しボクが安全圏に身を置いた後、機構を作動させると。彼女は一瞬ピクリと体を震わせるが、特に反応する事も無く何かに納得したように頷いていた。
凄い、全然驚いてない……! 〈発条〉を仕込んだ、渾身の出来の子だったのに。
イタズラを仕掛けたボクの方が驚いている状況に、柄にも無く自分でおかしく感じていると。
彼女に更に驚かされる事になった。
しゃがみ込んでボクの子たちを見ていた彼女は、そのまま大きく足を広げるように横に移動したのだ。
その上、まくれ上がったローブの裾も気にせず……〈ショーツ〉が丸見えの状態になってしまった。
横で慌てて声を掛けるチロッペと並行して、ボクも足元の敷布を引っ張り上げて目隠しにする。
ボクたちの反応に、彼女はしばらく疑問顔だったが、やがて思い至ったのか慌ててローブの裾で隠していた。
ほんのりと頬を紅潮させる彼女も美しかったが、お礼を言う彼女にボクの方こそ感謝している事を伝えると、何故かとても驚いてる様子だった。
その後も興味深そうにボクの事を聞かれたので、結婚の事以外を色々と伝えてみたところ、彼女──【メルカ】と、親しくなる事が出来たのは、ボクにとってとても嬉しい事だった。
ボクが作った子たちを、あれほど興味深そうに優しく扱ってくれた事は、諦念に囚われていたボクを救ってくれたような気がしていた。
……ただ、同時に。
メルカの置かれている複雑な立場も、理解する事となった。
彼女の浮世離れした空気は、変じ……珍しい性格の多い『エルフ』の中では一見まともな部類に見えたのだが、やはり『エルフ』だとでも言うべきか、その浮世離れの度合いは中々の物だった。
これだけの美貌を持ちながら、頓着なく雑魚寝の大部屋に泊まろうとしたり。
おそらく最上級に近いような、『魔法職』用の〈ローブ〉を着用していながら、金欠だったり。
自分自身の外見や境遇に……無頓着、とでも言えば良いのだろうか?
ひどく曖昧で不安定な、そのあり方は。
ボク自身、期限が迫る身である筈なのに、何故かとても気にかかるのだった。
●●●
しかし、自身が置いていたと言う〈鞄〉が無くなったと気付いたメルカは、慌ててキョロキョロと辺りを見回した──と思った次の瞬間、残像のようにたなびく美しい白金色の髪が流れて……姿が見えなくなってしまった。
魔法か何かで消えたのかと、勘違いしてしまいそうなほど素早く。風のように居なくなってしまったのだ。
呆気に取られていたボクとチロッペは、相談した上でメルカを探す事にした。
元々、ボクだけでもメルカの手助けをしようとは思っていたが、チロッペの方からも助けようと提案された事には驚いた。
どうやら、メルカの事が気にかかっていたのは、チロッペも同じだったようだ。
髪がたなびくように消えた方向を中心に、『露店広場』近辺をボクが。大通りの『街門』付近までをチロッペが確認する事にして、別れた。
商品をまとめて、『露店広場』の管理者に声を掛けて預かってもらい、メルカを探して明確な当てもなく歩き回る。
途中、比較的街に近い王都方面に向かう街道で付近で『オーク』の群れが出ただとか、『傍若無人』と言う二つ名を持つ傭兵が街に帰ってきているだとか、昼間なのに義賊『キャットテイル』が出たとか。
色々な噂話が聞こえてきたりもしたが、ボクには関りが無い事もあり気にせず歩き回った。
結局ボクは特に収穫を得る事も無く、ひとまずチロッペとの合流地点である街門方面の『露店広場』の端まで来たところ、何故か路地裏の壁際でお尻を突き出しているチロッペと、その前でしゃがみ込んでいるメルカを見つけたのだが……そう言えば、あれは何をしていたんだろう?
無事にメルカを見つける事は出来たけれど、メルカが探していた〈鞄〉の行方は知れないまま。
メルカが知り合ったという、背格好からおそらく『冒険者』であろう人物に、その捜索をお願いした事を二人から聞いた。
同時に、何処か浮世離れし過ぎていたメルカの秘密も。
『記憶喪失』と言う言葉自体は、ボクも物語で聞いた事はあったが、実際に見たのはメルカが初めてだ。
激しく驚くチロッペと、内心ではボクも同じだった。
そして、メルカをこのまま放っておいてはいけない、という思いも。
3人でレティシアの店まで戻り、状況説明や認識の共有を行った。
その際、メルカが実は『貴族』である可能性が出てくるなど、新しい発見もあった。
面倒見の良いレティシアは、表立っては拒絶するように振舞ったり、チロッペに対する苦言であると言いながらも。しばらくの間、メルカの面倒を見る事については同意してくれた。
その後、メルカを部屋に案内したり、メルカの寝ぐせを直したり、メルカとご飯を食べたり、メルカに色々な常識を教えたり……覚えなおさせたり、かな?
ほとんど何も知らない様子のメルカには、そこまで多くの事は伝えられなかったし、途中で疲れてしまったのか顔色が悪くなってしまったりもしたけれど。
部屋に連れて行き、倒れるように眠りについたメルカは、幸い穏やかな寝息を立てていた。
部屋を出て行きながら、何気なくボクはもう一度その綺麗な寝顔を少しだけ眺めて、ドアを静かに閉めた。
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「──大丈夫そうだった?」
「ん、疲れていたみたい」
「そう……病気とかじゃなさそうでほっとしたわ」
キッチンに入ったボクを出迎えたレティシアが、声を掛けて来たので返事をする。と、レティシアは胸を撫でおろして椅子に座り、背もたれにもたれかかった。
そう言えばチロッペは……ああ、水場で先程使った食器を洗っている。里には無かった『魔道具』を使う〈給水器〉が使えると本当に便利だ。
チロッペの後ろ姿を何とはなしに眺めていると、椅子にもたれかかっていた筈のレティシアが声を掛けてきた。
「……今朝、出て行く時は酷い顔をしていたけど。今は……多少はマシな顔をしてるわね」
「……バレてた?」
「分かるに決まってるでしょう。こっちに来てすぐの頃ならともかく、もう1年近く一緒に住んでいるのよ」
呆れたような顔をして言葉を続けたレティシアに、顔を向けにくい。
自分では上手く隠せていると思っていただけに。
チロッペの背中に顔を向けたまま、レティシアの声を聞く。
「酷い顔の原因は……言われてた『期限』までもうすぐだから。結果が出ていないから。多分、そんなところ?」
「……あんまり心を読まないで欲しい」
まさかの理由までお見通しだったとは……そんなにボクの思考は分かりやすかったのだろうか? いや、元々レティシアはその辺りの機微にとても聡い。もっと早い時期から気付かれていたのだろうし、ボクが気付かれている事に気付けなかっただけなのかもしれない。
「マシになった理由は……メルカさん?」
「……ん」
「何か買ってもらえた……いえ、それは無かったわね」
「ん、買ってもらった訳じゃない……けど──」
そう、メルカはボクの商品たちを買ってくれた訳じゃない。むしろ、『冒険者』向けに設定したボクの商品たちは、一つも買えないくらいのお金しか持ってなかった。
でも……興味を持ってくれた。ボクの『鍛冶師』としてやった事を、楽しんで見てくれた。
必要と、してくれた。
母やレティシアたちのような知り合い以外、関わりの無かった人なのに。
「──助けて、もらった」
「……そう。良かったわね」
調子の変わった声に、改めてレティシアに目線を向けなおすと。
こちらを見ているレティシアは、優しく微笑んでいた。
「ま、結婚するのがどうしてもイヤなら、私から里長に言って取り消してもらうようにするから、心配しなくても大丈夫よ。何なら、それが認められなかったらこのままウチに移り住んじゃえば良いし」
「……フフ、無茶を言う」
思わず浮かんだボクの苦笑いを気にせず、出会った当初のような剣呑な目をしたレティシア。
「私もティアルゴと出会って丸くはなったけど、私の友人で、アンちゃんにとっても友人であるアンタの為なら、多少の無理無茶でも押し通してみせるわよ?」
今となっては懐かしい、その腕を組みながら首を倒し、片方の口角を吊り上げる笑い方に。
戻らなければならない可能性を考えた時から、知らず肩に入っていた力が抜けるのを感じた。
「ん……どうしようもない時は、お願いする……かも」
「ああ、まかせ──」
「──お母さん? 洗い物終わったよー、ってレイフェ! メルカさん大丈夫だった?」
聞こえてきた声に目を向ければ、チロッペが腰につけたタオルで手を拭きながら、こちらに歩いてくるところだった。
心配していたのだろう、メルカの事を聞かれたので答えておく。
「ん、ただの疲労だと思う」
「そっか、良かったー」
「……アンちゃん早かったわね」
「うん、みんな綺麗に食べてくれてたから、あんまり汚れてなかったの」
いつの間にか、姿勢を正してお茶を飲んでいるレティシアが、チロッペに声を掛けた。
相変わらずのレティシアに、ボクは何となく安心してしまった。
──気を取り直したボクは、ひとまず明日からの行動を二人と打ち合わせる事にする。
「……そうね、メルカさんにしばらく滞在して貰いながら、お店のお手伝いもお願いするのなら……レイフェ、明日の午前中にメルカさんを連れて、街中の案内も兼ねて『総合ギルド』に行ってきて貰える?」
「ん、大丈夫」
レティシアの目配せへの返事も含めて、頷きを返しておく。『ギルド』でメルカに関する何らかの情報が無いか、も確認して来なければ。
と、横で聞いていたチロッペが、レティシアに話し掛けた。
「露店は無しね……ならお母さん、私もレイフェと一緒に」
「アンちゃんはお店の手伝いね」
「うー……分かったぁ」
気になる事に関わりたいのだろうが、ひとまずは人手も足りる……と言うよりも、街中の案内に二人も行かなくて良い。この機会にレティシアは、チロッペの勉強も兼ねるつもりなのだろう。
だが素直に頷く普段と違って、やや不満げなチロッペにレティシアも苦笑している。
「そう、むくれないでアンちゃん。メルカさんの案内が終わったら、午後からは一緒に軽くお店の手伝いをお願いするつもりだから」
「そうなのッ!? じゃあ大丈夫」
どうやらメルカは、チロッペにも大分気に入られているようだ……いや、それはボクもか。
不思議と人に好かれる……隙、とでも言うのだろうか。
あれだけ美しいのに、まるで少年のような人懐こさを見せられると、どうしても気になってしまう。
一時は、自分自身の『夢』を諦めるつもりにすらなっていたが、何も結婚したら鍛冶をすべて出来ないと言う訳でもない……いえ、もちろん里長の息子と結婚する気は毛頭無いけれど。
条件を達成出来なかったとしても、それで終わりではない。レティシアも助けてくれる。
その事に気付かせてくれたメルカの、助けに。ボクの全力でなりたいと思う。
本当に、ありがとう。メルカ。
※街の噂の傭兵の二つ名を『傲岸不遜』→『傍若無人』に変更してます。意味間違ってました。




