【03】 1章の01 発端
ピーン、ポーン
ピーン、ポーン
ピンポン、ピンポーン
『……ああ、今行くからちょっと待っ──』
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポ──
『……はいはいはいはいッ! 誰だよッ!? 今出るって──』
ガチャン
『──言って……ん?』
『…………』
『ど、どちらさん……で?』
『──よよ、よくも……よくもよくもおぉぉぉぉぉッ!! お、おおオレを騙しやがったなぁッ!?』
『え、ちょ、な、何だおま──』
『──死ぃぃねぇぇぇぇッ!』
ドスッ
『え……は……?』
グリィッ
『し、ししし死んで、詫びろぉぉぉッ──!』
バタバタバタ……
『は……はは、何だよ……何、なんだよコ、レ……』
ドサッ
◇◇◇
──はい。
と言うのが、ついさっき俺の身にあった出来事だ。
急にこんな事言われても、サッパリ訳が分からんとは思う。 が、俺だって今も訳分からん。
……あ、どもども! 自己紹介がまだだった!
俺は──あーっと……折角だから名前でも言おうかと思ったんだが……もう、別にいいかな。
なんせ──
俺の死体が、目の前に転がっている事だし?
死人に名前を名乗られるなんて、心霊現象みたいでイヤだろ? ……って、今の俺自身が完璧心霊現象だけどよ。
俺、いわゆる……『幽体離脱』状態ってヤツかね? つっても、フワフワ浮いてる訳じゃないんだが。
足もあるし、地に着いてる……いやいや、地に足が着いた幽霊って矛盾してね? 色んな意味で。
あ、こう見えて実は『臨死体験』とか──じゃねぇよなぁ。 いやぁ、どう見ても死んでます。 本当にありがとうございました。
ほら、見てよこれ。 腹から生えた〈包丁〉の切っ先は、ブッスリと背中に貫通してるし……いや、長いなコレ? 〈刺身包丁〉か何か?
ついでに刺された後、グリグリと〈包丁〉をメチャクチャに動かされたもんで、傷口はグッチョングッチョンのビッチョンビッチョンである。 こんなグロ画像見ちゃったら、吐き気が……しないな。 ま、吐くどころかそもそも、腹に大穴が開いてるし! 刑事さん、俺には吐く物なんてありやせんぜ……物理的に! なんつってッ! ……ここはドッ! とウケる筈だったんだが、まさかのノーリアクションですかそうですか。
ま、それはさておき、そんな状態の俺の体のせいで、足元の血溜まりに至っては……んー、寝転がって体全部浸してもまだ余裕のある範囲まで広がっている。 例えるなら、一般的な収入の一軒家のリビングに敷いたカーペット位ッ! わぉ、具体的ィッ! いやはや、これは掃除が大変だねぇ……ま、するの俺じゃないから良いんだけど! HAHAッ!
はい! そーしーてぇ、グルリと正面に回り込みまして。 見てくれ、キレイな顔してるだ……ごめん、してないわ。
メッチャ苦悶の表情っていうか死に顔? 自分の顔ながらチョー怖いんですけど。 頼むから、せめて目閉じて……あ、クソ、触れねぇんだった。
……後、頭頂部のハゲ散らかしっぷりがやべぇな……自分では、もうちょいマシだと思ってたんだが、見えてなかっただけの様だ。
──うん。 手遅れだね、こいつぁ──二重の意味でなッ! 誰ウマッ!
……さてさて、冗談はさておき。 今の俺、ちょっと昔の漫画でいう所の霊○探偵状態みたいだな。 あ、いやそれはもう少し後だから、その前の花の名前の水先案内人が来る辺りか。 個人的に、あの水先案内人のジーンズ姿がすごくツボです。 ウヘヘ。
俺もあんな風に生き返ったり……出来るわきゃねぇな。 こちとら死を悼む人間も、キスしてくれる幼馴染にも事欠いております。
そもそも。 幼馴染が居たとしても、没年30過ぎのオッサンの幼馴染は同じく30過ぎのオバサンな訳だし? むしろオコトワリします。 ノーサンキュー。
……それに、あのまま生きてたとしても、もう仕方無かったといえば無かったし、な。
とある『些細な理由』から、10年働いた会社を退職して。
何もやる気が起きなくて、残った貯蓄を食い潰す生活……だったんだからな。
──んで、だ! まぁ仕方なく、元々の趣味だった『ゲーム』を色々やりながら、日々だらだらと生きて来た訳だ。
生活費は、前述のあまり多くは無い貯蓄、を切り崩してた。 まぁ、『引きニート』ってやつだったのかね? 一人暮らしだけど。
幸いにも、生活必需品の類や家具なんかは一通り揃っていたし、借金の類も無かった。 だから家賃と光熱費なんかや食費だけ賄えれば、生きて行く事は可能だったのは……たぶん、幸いだった……のかね。
数少ない地元の友人からも、いい加減新しい仕事に就いたらどうだ、ってずっと言われてたんだが……緊張の糸が切れたのか、何かもう働くのがイヤになっちまってなぁ……分かる? 無気力症候群とかって言うんだろか。
……とはいえ。 全く稼がないで居られるほどの余裕は無いんで、たまに日雇いのバイトをして食費と光熱費だけ稼いでた。 派遣バイトって、ほとんど人間関係気にしなくて良いから楽だねッ!
んで、結局ざっと半年ちょい。 たまのバイト以外、ほぼずっと借りた部屋に引きこもっておりました。 やってた事なんざ、ゲーム、寝る、ゲーム、飯、アニメ、ゲーム、オナ──んん、ごほんごほん。 まぁほぼ『ゲーム』だわな。
そんな『ゲーム』の中でも、俺がほとんどの時間を割いていたのが、いわゆる『MMORPG』ってやつだ。
このゲームジャンル、名前くらいなら大体の人は知ってるんじゃねぇか? と思うんだが。 つうか、最近のゲームはネット環境ありき、多人数参加のヤツが多い気がするんだがな。 『MMORPG』の定義も、今は一体どうなってんだか。
……いやまぁ定義はさておき。 基本的に『MMORPG』は、どれもこれもエラい『時間食い虫』な訳でしてハイ。
やって熱中している間は、色々あった『嫌な事』も、一時的に忘れていられたしなー。
……後はまぁ『気持ち』的な部分だけど、何より『楽しかったから』なぁ……って言うのも、俺の『プレイ方法』自体が、ちょーっとだけ『特殊』だった訳でして──
『──バカな男達に貢がせている時は、優越感に浸れたから──ですか?』
そうそれッ! 自分みたいな男に良いようにされてるバカな『プレイヤー』共が居るのを、プークスクスと笑いながら……って、チョイ待ち。
今の…………『誰』だ?
聞いた事の無い声が、何処からか聞こえてきたんだが……っていうか、声だけならいかにも『美少女』ッ! みたいな感じの声が!
『……はぁ。 つくづくクズ、ですね』
ちょ、おいおいおい。 何処の誰かは知らないが、いきなり人の事をクズ呼ばわりとはご大層だな……お詫びとして、もうちょっと罵って下さい。 何かに目覚めて、下腹部がズキュウゥゥゥンできそうですッ! FOOOOッ!
『……うわぁ』
……って、いやいやいや。 その、俺もそんなに悪人でもない、と思うんだが? もちろん、善人だとは天地がひっくり返っても言えないが。 後、せめて姿を見せて貰えるとありがたい! 何か俺がおかしくなったような気がして落ち着かないんですよ。 て言うか、顔が見たいです……ハァハァ。
『……何か、ただ見られるのすらも気が引けるのですが……はぁ、とは言え非常事態ですからね。 仕方ありません』
フ、俺は詳しいんだ。 この後に出てくるのは多分、思わせぶりな事しといて『ガキンチョ』か『オッサン』なんだろう。 そして俺は落胆する。 間違いない! ……『フラグ』折れた? 折れたよね?
『無駄な心配をせずとも、ワタシは美少女ですよ。 なにせ──』
お、おいおい、自分で言うか普通? でもワクワク。
期待する俺の目の前で、どこからともなく眩い光の粒子が収束していく。 あまりの眩しさに、思わず目を瞑った俺の耳に、静かに『声』が告げた。
『──あなた自身が作った理想の姿、なんですから』
光が収まり、ゆっくりと目を開けた……その瞬間の俺の顔は、おそらく大層な間抜け面だったと思う。
知らない顔じゃない、むしろ『よく知っている』。 だが同時に、決して『現実』で見るはずの無い顔。
俺より目線が下にくる、155cmの身長。 ちょいと胸は小さめだが、それを補って余りあるしっかりとしたメリハリの細身体型。
流れるようなプラチナブロンドの髪。 左右の耳の前を流れる髪には筒状の髪飾りを、後ろは一本結びに。
耳は少しだけ尖っていて、短い柳の葉のような。 肌は、日本人の肌よりも極僅かに白めの肌色。
卵形の小さな顔に、スラッと通った鼻筋。 普段から、細められている事が多い一重瞼の細い目は、切れ長の少しだけつり目で、瞳は薄水色。
ああ……そんなバカな。
もちろん、よく知っているとも。
そうだ。 俺が──作った、『MMORPG』のプレイヤーキャラクター。
【メルカ・ヌコバス】
そいつが────目の前に現れたのだから。
◇◇◇
俺は『ゲーム』をする時、基本的に『女性キャラ』を使う事にしている。
理由? カワイイから。 以上。
ってのは冗談──じゃない。
……いや、俺も最初は普通に『男性キャラ』を使ってたんだ。 いかついヒゲのオッサンだった。
それなりにリアルの自分に似せて作った。 髪がフサフサだった所もそっくりだった……そう、フサフサな所は、と・く・に! そっくりだったなぁ……文句ある?
だがッ! 俺はある時、ふと思ったのだ。
──『男』の俺が、『男キャラ』弄っても……全然楽しく無いよな? と。
諸君! 俺は、『女の子』が大好きだ。 大大好きだ。
僕っ娘も、ツンデレも、ヤンデレも、デレデレも。
ツルペタも、ボンキュボンも、適切サイズも好きだ。
胸も、尻も、フトモモも。
うなじも、足首も、クチビルも。
デコも、お腹も、鼠径部も大好きだ。
……そんな俺がッ! 何が悲しくて『男キャラ』の装備を、必死に弄らにゃならんのかッ!
オッサンの〈鎧〉だったり、〈服〉だったり、〈アクセサリー〉だったり。
そんなモン、見ても……まるで楽しくねぇッ! むしろ、若干『イケメン』だったりしたら、少々イラッとする。
これは否ッ! 断じて否ッ! と。
真理に気付いた俺は、即座に自分のキャラをデリートした。
……あ、アイテム類は知り合いに預かって貰って、そのまま使えるのは使ったけどね? モッタイナイの精神は大事よー?
さておき。
自由に様々なパラメーターを弄って、顔形、体型、声、クセ、動作に至るまで、何でも選べる。
最近の『ゲーム』ってのはすごいもんだ。
っていうか、明らかに『男キャラ』に使えるパーツやパラメーターより、『女キャラ』に使える物が多いんですね。
……そっか。 皆、男の子、だもんね! 分かるヨッ! 色々弄りたかったり、見たかったりするんだよねッ! プルンプルンさせたいよねッ!
……あ、元から女の子な方は、別段普通なので特に何も言わないッス。 理想、って大事ですよねッ! カワイイは正義ッスよね!
……オッホン。 さておき、この作成時にやたら凝ってしまって、芸能人やらグラビアアイドルやらアニメキャラやらゲームキャラやらを参考資料に、作成に完徹で丸2日少々かけてしまった結果。
さようなら『俺』──
──こんにちは『ワタシ』。
『俺』が初めて、もう一人の自分である『メルカ・ヌコバス』を作ったのは。 まぁ、そんな理由だった。
◇◇◇
『──で、いつまでボーッとしているんですか。 あまり、無駄に出来る時間は無いのですが』
おっと、あまりの出来事についつい『走馬灯』を見て……あれ? 俺もう死んでたっけ……妄想……空想……あ、現実逃避ッ! うん、現実逃避をしてしまったようだ。
……あ。 今の俺自身が非現実的じゃね? とかいうツッコミは、無しの方向でお願いします。
『……意外と……冷静な事に驚きました。 どうやら、事態は把握できているみたいですね』
ん? いや、自分が『死んだ』っぽい事……くらいしか分かってないけど。
『それが何より重要なので、それ以外は大した事ではありません』
後、『メルカ』がカワイイです。 ハァハァ。
『……それは、これっぽっちも重要ではありません』
あ、そうなんだ。 にしても、やっぱりこういう感じで喋るんだなぁ……クール系美少女のチョイS。 いや、ホントツボだわ。 ハァハァ。
『……はぁ。 こんな人が、ワタシの『生みの親』だなんて……』
片手で頭を抱えつつ、溜め息をつく様も絵になるって良いね。
……っていうか、さっきから『生みの親』とか『作った』とか言ってるけど。
やっぱりキミは、俺が『ゲーム』で使ってた『メルカ』……って事でいいのかな?
『……ええ。 不本意ではありますが、概ねそれで間違いありません。 ワタシという〈個〉が生まれたのは、アナタが『ゲーム』上でワタシの雛形を作り上げ──〈観測〉した結果です』
……ふ、ふむふむ。
『ただ厳密に言えば、ワタシはアナタが『ゲーム』で使っていたキャラクター自体ではなく、アナタがワタシという〈個〉を〈観測〉した結果生まれた〈下位位階世界〉に生じた存在、なのですが──理解してませんね』
……うん、無理! でも、何となくニュアンスは分かったような気がしないでもない事は無い! 気がするぜ! HAHAHA!
『……まぁそこは今、さほど重要な事ではありません。 大事なのは、アナタが〈位階世界間〉に混乱をもたらしてしまい……〈因果が狂った〉、という事です』
あ、重要じゃないんだ…………って、え? 何、それ。
メッチャ大事臭いんですけど。 俺、何時の間にそんな事したの。
実は俺、大魔法使いなの? あ、30過ぎてDTだから……あれって、素人DTでもカウントされんの?
『──アナタは、先程〈死〉にました』
綺麗にスルー……あ、やっぱり死んでるのか……ま、いいや。 これで生きてたらどうなの、って惨状だったし。
これ以上無いくらいポックリ逝ってやったぜぇ! ……あ、ザックリかな? 擬音の問題じゃない? ア、ハイ。
『その〈死〉の──〈原因〉、は何ですか?』
流れる様なスルー乙……お? 〈原因〉ってそりゃ……何事か喚きながら俺をブッ刺した、【あの男】だろ?
『では【彼】が、アナタを殺した〈理由〉は分かりますか?』
ん? ……はて、そういえば。
見ず知らずの人間に殺される理由が……多分無いな。 『ニート』殺すべし! 何て新興宗教でもあったら分からんが。
んー……強いて言うならば……ぽっちゃり目の色白で不健康そうな……ああ、敢えて言うなら──ご同類?
ふむ……実は、ああ見えて無差別通り魔! だったとか……いや、でも〈理由〉はあったポイよな。
えーっと、何て言ってたっけ……?
『【彼】は、こう言っていたでしょう? ──「よくも俺を騙しやがったな。 死んで詫びろ」、と』
……ああ、そうそう! 確かそう言ってたな……つっても俺、あいつ騙した事なんて無いんだけど?
そもそも、見ず知らずの人間を騙すなんて事が出来るなんて……そうか! やっぱり実は俺、大魔法使──
『ちなみに』
ん?
『【彼】は、先程──死にました』
は? ……い、いや……なんで?
ついさっき俺を元気にブッ刺して、どっかに走り去って行ったじゃねぇか。
『死因は……【自殺】です。「愛した人に裏切られて、もう生きていく気力が無くなった。 死んでもう一度やり直す」、だそうですよ』
……えー。 ないわー。 何、俺八つ当たりで死んだの? まだ続きの気になる『アニメ』とか、発売待ちの楽しみにしてた『ゲーム』もあったのに。 自殺するんなら自分だけで死んでくれよ。 周りに迷惑かかる方法で死ぬとかマジ勘弁だわー。
『──もう一つ、ちなみに』
……まだあんの? ちなみに。
『【彼】が、愛した〈相手〉の名前は』
ん? 何……あ、それが実は俺の知り合いとか──
『──【メルカ・ヌコバス】……つまり〈ワタシ〉です』
…………は?
いや、いやいやいや、お前さんは……『現実』の人間じゃないだろ……?
え? どういう事だ?
『……【彼】は、アナタも良く知っている人ですよ』
いや、マジであんなヤツ知らな…………いや、待て。 ちょっと待て、よ?
……愛した相手が、この【メルカ】で。
『俺』を相手に「よくも騙したな」って言ってくる相手、ってまさか──
『そう、【彼】は──アナタも良く知る相手、【スオウ】。 【スオウ・ヌコバス】のプレイヤーですよ』
……うわぁ……。
……『俺』の【旦那】じゃねーか──