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【26】 1章の24 常識

みんな大好きお金の話だよ!



 レイフェちゃんにイジられた……のだと思うが、可愛い女の子にイジられた経験が無いので自信が持てない。でも、どうせイジるなら物理的な方が……じゃない。

 ……その、全くイヤじゃなかったのが……不思議と言えば不思議だな。


 職場に居た年上の後輩とか、不愉快で仕方が無かったんだが……まぁいいや。



 レイフェちゃんと階下に降りた俺は、先導されるまま昼に話し合いをしたテーブルのある部屋に入って行く。構造と位置からしても、この部屋はキッチン……と言うにはちょっと広めだが、食堂と言うには狭いからキッチンで良いだろう。あ、レティシアさんが居るな……〈エプロン〉を着けた後ろ姿で、何か作業をしている。


「お待たせしちゃってごめんなさいね。さぁ、座って座って」


 こちらが入って来た事に気付いたのか、背中を見せていたレティシアさんが、〈キッチンミトン〉を付けた両手で結構大きな〈寸胴鍋〉をテーブルに運んできた。


 見れば〈寸胴鍋〉の中には、良い匂いを漂わせるゴロッとした具材の入った『シチュー』らしき物が入っており、テーブルの上には白い『ロールパン』に似た物が大きめの〈カゴ〉に入って置かれていた。と、それらを認識した瞬間──



 クー



「……」


「……あらあら」


「……お腹、空いてた?」


「の、よう……です」



 さっきの事といい、どうしてこうもメルカ()の体はッ……もうッ!


 出来るだけ羞恥を顔に出さない様にしていると、気を使ってくれたのか。こちらの様子を気にせず、レティシアさんは配膳を続け、レイフェちゃんがテーブルの方に歩いていく。



 やれやれ……でも、実際お腹が空いていたのは間違いない。よくよく考えてみれば、『異世界(こっち)』で目覚めてから一度も食料や水の類を口にした覚えが無いのだ。

 状況の目まぐるしい変化について行けてなかった、と言えば聞こえは良いが……流されるままに行動してしまったと言うのが実際だろう……どだい引きこもりのコミュ障に、モニターの外でまともな対人活動を行えと言うのが無理があったのだ。


 現状把握の思索から、無意識とは言えひと眠りした上に空腹を自覚し、『現状』が『現実』だと認識したせいか。『素の自分(・・・・)』が……出て来ている気がする。このままでは良くな──


「──メルカさん? 立ち止まって、どうかしたんですか?」


「ッ!」


 唐突に背後から掛けられた声に、思わず驚いてしまったが。振り返ってみれば、チロッペが小首を傾げながらこちらの顔を下から覗き込んでいた。


「あ……いえ、大丈夫です! 良い匂いだなー、と思いまして」


「それは良かった! お母さんと腕によりをかけて作ったので、たくさん食べて下さいね!」


「はい、お腹も空いているので、たくさん頂きます!」



 笑顔で返事をしながら、チロッペと二人でテーブルに近付く。


 さっきも見えたシチューとロールパンに、近くで見ればしんなりしたキャベツらしき物もあるが……『ザワークラウト』ってヤツだろうか? まぁ、俺は基本『ゲテモノ』以外は何でも食べる派の人間だから、よほどの事が無ければ大丈夫だとは思うが……元々の『ゲーム』でも、現代の食事と変わりない代物が『料理』として存在していたし、食べれないと言う事は無い筈だ。


 ……そ、それに! チロッペたんとレティシアさんが作ってくれた手料理なんて、ウン万円しても喰らうべき存在だろJK!!



 ふと見ればレイフェちゃんは、いつの間にか〈お盆〉の上に〈ヤカン〉らしき物と、〈カップ(・・・)を4つ(・・・)、運んできていた。


「お茶の準備も、出来てる」


「ありがとう、レイフェ」


「ありがとうございます、レイフェさん」


「それじゃあ、頂きましょうか」


 配膳を終わらせたのか、レティシアさんがエプロンを外しながら席に着く……ちょっと、その……豊かな双丘にがっつり引っかかってたけど……いや、今は先に食欲を満たす事にしよう、うん。


 メシだメシッ!




  ◇◇◇




 ──食事はとても美味しかった。


 ほんの少しだけ心配していた、見た目だけのメシマズでもなく、純粋にどれもが美味だった。


 食材に関しては、〈日本(あっち)〉と同じ野菜が多く、ニンジンやジャガイモ、タマネギ何かはそのままの見た目と名前だった。

 入っていた『肉』だけは多少毛色が違って、『大ウサギ(ビッグラビット)』と言う動物の肉らしかったが、プリプリして歯ごたえがある割に淡泊でくさみも無く、実に美味だった。


 パンもしっかりと2次発酵がされてフワフワで文句なし。付け合わせの『ザワークラウト』らしきキャベツは、想定通りのキャベツの発酵食品だった。名前もまんま『サワークラウト』だそうだ。



 そして何より──美女美少女に囲まれてとる食事と言うのは、実に素晴らしいモノだ。


 チロッペたんのモキュモキュハムスターのごとく頬張って食べてるのも可愛かったし、レティシアさんと目が合うたびにニコニコ微笑んでくれたし、レイフェちゃんはこれもこれもと食べる物を渡してくれるのでついついモグモグと……って、わんこそばじゃねぇんだちょっと待てッ!


 さ、さておき。

 世の権力者共が、『酒池肉林』ないし美女を(はべ)らせて酒をかっ食らうのが非常によく理解できた。……あれはやるわ。出来るんなら毎日やるわ。


 食事中の会話も俺に気を使ってくれたのか、今日の『露店』であった事やレティシアさんのお店であった事が中心で、とりあえず俺に関する事は少なめだった。喋れる事がほとんど無い俺には、非常にありがたかった。


 ただ、そんな会話の中でも。色々と気になる事や、そもそもの俺の〈異世界(こっち)〉での常識の無さは際立つ訳でして。



『──ちょっとメルカさんの、持っている知識の確認とすり合わせをしましょう』


 そういう事に、なった。




  ◇◇◇




 期せずして、チロッペたんに話し掛けた時に考えていた『一般常識の確認』、が出来る事になった訳だが。


 細かく説明を受けるとかなり時間が掛かってしまうので、ひとまず今いる『街』や『国』の事、『身分』の事、『金銭感覚』なんかを優先的に教わっておく事にした。

 ちなみに主な講師はレティシアさんである。美人で巨乳の先生かぁ……イイねッ!


 美人で巨乳の先生がまず最初に教えてくれたのは、『金銭感覚』についてだった。


 とりあえず今持っている金額を確認されたので、恥ずかしながら腰の〈巾着〉から〈銅貨〉を取り出してテーブルに並べていく。

 宿屋のオッサン曰く……『アリド銅貨』、だったかな? が、30枚。テーブルの上に3つのタワーを形作る。



「……これで、全部ですか? まだその〈巾着〉からは、音がするみたいですが……」


 取り出した時の音で気づいたのか、レティシアさんが突っ込んでくるが、『コレ』を出す訳にはいかんのだよ! 『贋金』とか、バレた時にどういう反応を取られるか分かったもんじゃない! ……いっそどこかに捨ててしまおうか?


「あ、残っているのは『お金』じゃないんです……」


「そうですか……分かりました」


 でも、こんなんでも一応『メルカ』が持ってた物だしなぁ……見つからないように隠し持っとくか。とりあえず、余裕が有ったら違う〈巾着〉に入れるようにしよう。


 内心で『贋金』の扱いに思いを馳せつつ、目の前のレティシアさんの反応を見ているのだが。


「……うーん」


「……」



 隣と斜め向かいに座っているチロッペたんとレイフェちゃんの反応が(かんば)しくない……って、当たり前か。

 この〈銅貨〉1枚で〈パン〉が一個買えるかどうか。

 現代っ子の俺基準で、一般的な宿に泊まるのに〈銅貨〉40枚程度。


 現代日本的な金銭価値から考えると、【〈銅貨〉1枚=100円】ってところだろうか。が、30枚って事は──【3000円】。全財産3千円である。泣くぞ?



「……正直な話、一日分の生活費が精一杯……と言ったところでしょうか」


「そう、ですよね……」


「とは言え、少ないのは分かっていた事ですので大丈夫です。今後の生活費は私たちの方でも賄えますので……あ、少しは『お仕事』をお手伝い頂くと思いますが」


「はい、それはもちろん!」



 仕事なぞしたくはないが、この美少女たちに囲まれて仕事するのは楽しみなのである! 矛盾? 何処がだねッ!?


 レティシアさんのひとまず戻して下さって大丈夫です、との一言で。俺はテーブルに展開していた全財産を収納した。

 まぁ俺の感想はともかく、だ。会話の流れでそのまま『貨幣』の価値のお話になる。

 当然、俺にはサッパリ分からないので、ふんふんと頷いているだけのマシーンと化す訳だが。少なくとも、街に普通に流通している『貨幣』の見た目と名前、交換基準は分かったように思う。

 レティシアさんの持ってきてくれた実物を見ながらの説明だった為、非常に分かりやすかった。


 価値の低い順からになるが、


 『真鍮貨』:1円玉を一回り小さくしたサイズの、鈍い金色の丸い貨幣。ちっちゃくて穴が無い5円玉……? 片面に単純な丸が刻印されている。

 『銅貨』:まんま十円玉、以上……一応、模様が違って片面だけに何か人の顔? のようなものが刻印されている。

 『銅板』:500円玉を二つ並べた位の少し角が丸くなった長方形で、厚みも500円玉と同じ位。片面に何か人の顔と、模様が刻印されている。


 『小銀貨』:厚みが2倍くらいの五十円玉?。色がくすんでいるので見た目は微妙……片面に文字らしきものが刻印されている。

 『銀貨』:500円玉サイズだが、こっちも厚みが2倍くらい。で、両面に人の顔が刻印されている……が、くすんでいる。

 『銀板』:『銅板』の銀バージョン。やっぱりくすんでいる。

 

『小金貨』:厚みが2倍の5円玉サイズだが、輝きが違う! これぞ『金貨』って感じだ……『小』だけど。片面に王冠らしき物をかぶった人の顔、反対側に集中線みたいな模様が刻印されている。

 『金貨』:500円玉を一回り大きくしたくらいの『小金貨』。


 と言う風に、並んでいる。


 一般的な市民の生活で使われるのは、精々が『小金貨』かよくて『金貨』まで。よっぽど大口の取引や、国家間の何かになった場合位しか『金板』以上は使われないとの事だ。



 ああちなみに、『金板』以上はここに現物が無かったので、レティシアさんの口頭説明だけだったんだが、


 『金板』:『銅板』を二回りほど大きくしたサイズで、片面に細かな紋様が、反対には初代国王の肖像が刻印されているらしい。

 『白金貨』:『金貨』と同サイズだが、材料が『白金(プラチナ)』だそうだ。セレブだねぇ。



 ──とまぁ、こんな見た目だそうだ。


 ここまでの『貨幣』は、正式には全部『アリド〇〇』と付くらしいが、それは後述する『この国』の通貨だからとの事。

 故に、人の顔らしきものが刻印されているのは、全て初代国王の顔らしい……まともに判別できるのは、『金貨』くらいだったが……まぁ、使ってりゃ削れるよな。仕方ない。


 ついでに最低価値の『真鍮貨』換算で、他の『通貨』が何枚分の価値があるかも教えてくれた。


 『真鍮貨』=1枚

 『銅貨』=10枚

 『銅板』=50枚

 『小銀貨』=100枚

 『銀貨』=500枚

 『銀板』=2500枚

 『小金貨』=1万枚

 『金貨』=5万枚

 『金版』=20万枚

 『白金貨』=100万枚


 単純な交換基準がこんな感じ。

 加えて、一般的な価値観としていくつか比較対象を出してもらった。



 『街で売ってる焼き立てのパン』=『真鍮貨』5~10枚


 『王都までの乗り合い馬車(片道)』=『小銀貨』3枚~4枚


 『ちょっと良い宿屋の一泊+3食の食事代』=『銀貨』2枚前後


 『作りの良い特に特徴の無い片手小剣』=『小金貨』1枚~2枚



 と、大体こんな感じらしい。


 まぁ、金が無い俺には当分関係ない話ではあるが……悲しい!



 ……後、もう一つ。宿のオッサンが言ってた事で気になったのが。


「あの、レティシアさん。〈旧帝国銀貨〉って言うのは何なんでしょうか?」


「あら、メルカさんは『珍しい物』をご存じなんですね? どこでその事を?」


「ちょ、ちょっと……『市場』で、小耳に挟みまして……」


「『市場』で……なら……(無い事もない……ですね)」



 一瞬目を伏せたレティシアさんだったが、ぼそりと呟くと説明してくれた。


「今、この『テインの街』を含めた『エレメット大陸』の北西部を治めているのは、『アリド・フォテイン王国』と言う国です。しかし、300年ほど前はまた『別の国』が大陸全土を支配していたそうです」


「アリド・フォテイン王国と、別の国……」


「はい。それが『フォビフォテイン帝国』、別名『旧帝国』ですね」


 ふむふむなるほど。

 つまり、その『帝国』時代に作られた〈銀貨〉が──


「その時代に『旧帝国』で使われていたのが、〈旧帝国銀貨〉と言う事になりますね。現状使われている『銀貨』や『銀板』に比べて、含有されている『銀』の純度がかなり高いので、高値で取引されています」


「分かりました……ちなみに、もしその〈旧帝国銀貨〉が1枚あったら、価値としてはどのくらいなんですか?」


 レティシアさんの丁寧な説明に頷きつつ、俺は気になった事を確認してみる。


「そう、ですね……最近滅多に出土しなくなっているので、今の換金レートまで把握出来ていないんですが……以前見かけた際のレートでしたら、およそ『銀板』2枚程度で取引されていたかと思います」


「『銀板』2枚!? それは中々にお高いんですね……!」


「確かに、そうですね……」


「あッ! でもでもですね──」


 『銀板』2枚って事は、『銅貨』換算で500枚だから……大体イメージとして『5万円』かぁ……結構な高額貨幣じゃんね? くそぅ……この手元の『贋金』が本物の〈旧帝国銀貨〉とやらなら、今頃は『60万円』で小金持ちになれてたってのに……『メルカ』も騙されるか何かして、どっかでコレを掴まされたのだろう。それだけあれば、少なくともあのオッサンの『安宿』など簡単に支払い出来ただろうしな。


「──のように、『旧帝国』時代には『魔法金属』が使われた『貨幣』すら存在したそうで……あれ? ……メルカさん?」


「は、はい!?」


 しまった……一瞬想像の世界に旅立っていた間に、何故かチロッペたんに睨まれているッ! 腕組みをしてまだまだ低い双丘を強調しながら、ジト目でこちらを見ている……お母さん(レティシアさん)を見るに、これからいくらでも希望があると思うから気にしなくても大丈夫だよッ!


「今……私の話、聞いてました?」


「す、すみません……ちょっと、違う事を考えてしまいました」


「もう……」


 まるっと聞いておりませんでした! でも、ふくれっ面でジト目のチロッペたんも可愛いと思いますぅ~!



 ──と、俺の横でズズッとお茶をすすっていたレイフェちゃんが、何かに気付いたかのように言葉を発した。


「……レティシア、【ティアルゴ】は?」


「あの人? まだ『王都』から帰ってきてないから……予定だと、明後日かしらね」


「お父さん、今回は帰ってくるの遅いね?」


「何か大きな儲け話で仕入れがある、って言ってたけど……何を仕入れるつもりなんだか……」



 頭を抱えて溜息をつくレティシアさんも色っぽいが、話の流れ的に【ティアルゴ】と言うのは旦那さんのようだな……そしてチロッペたんの親父さんか……娘さんとお嫁さんを僕に下さいッ! ってやったら──殺されるか、やめとこう。


 それはともかく、『王都』……ね?



 どんなトコなんだろ?



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[一言] 大事なところを聞き損ねましたね( ˘ω˘ )
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