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【12】 1章の10 決意



 ──確かに、〈噴水〉横(ソコ)に置いた筈だった。


 だが今。俺の視界の中に、横に〈杖〉を立てた〈背負い鞄〉は、影も形も見当たらない。



 いやにバクバクと鳴る心臓を、胸に手を置いてなだめつつ。


 急いで周囲に、視野を巡らす。



 右へ……無い。


 左へ……無い。


 もう一度右へ…………無──待ったッ!


 今、一瞬雑踏(ざっとう)の中に見えた『色』は、俺の〈鞄〉と同じ『茶色』だったッ!!



 一瞬だけチラリと見えた『茶色』が、みるみる内に離れていくのを見て、俺は慌てて飛び出した。


 ぶつからない様に気をつけつつも、出来る限り速くまばらな人の群れを縫う様に走る。



「ちょ、何だ今のッ!?」


「危なッ!?」


「気を付けッ……ド、ドコに行った?」



 俺が横をすり抜けた人々からの文句が、後ろからパラパラ聞こえてくるが──んなモン無視だ無視ッ!


 あの〈鞄〉は、数少ないメルカ()の『財産』なんだぞ。


 何処の誰か知らんが、持って行かれてたまるかッ!!



 そんな事を考えていても、人を縫いながら走る『メルカ()』の俊足は、遺憾無く発揮されている。


 さっき見えた『相手』の移動速度からして、多分向こうも走っている様だったが、荷物を持っていなければ俺の方が速いッ!



 俺の心の叫びと同時に、人と人の間から、もう一度チラリと『茶色』が目に入る。



 ドンピシャッ!


 逃がして……たまるかッ!!



 確実に近付いた距離に自信を持った俺は、更に勢いをつけて追いすがる。



「待ち──なさいッ」


「──うわぁッ!?」



 声と共に、手前に居た人を掻き分けて踏み出した、俺の最後の一歩は。


 多分傍から見れば、ほとんど飛び掛かる様なモンだっただろう。



 俺はハッキリと見えた『茶色』に、勢いそのまま両手でガッシリとしがみ付いた……つもりだったのだが。



「──おろ?」


「わ、わわわわわわ──ッ!?」



 勢いがつき過ぎた俺は、上手く減速出来ないまま『相手』にキレイなタックルをかましてしまった模様。


 そのせいで『相手』は足をもつれさせて、まるでコントの様に腕をバタバタさせながら前に倒れ込んだ……良いか? タックルする時のコツはな、膝から下に飛び込むつもりで行くんだぜ……いや、したくてやった訳じゃないけど。


 まぁその結果。気付けば俺は、〈鞄〉を持ち去ろうとしていた『相手』に対して、下半身を抱えて後ろから押し倒した様な状態になっていた。ま、結果オーライッ!!



「イタタタタ……」



 俺自身は、目の前の『相手』がクッションになったので、ダメージは特に無い。


 対して『相手』は、まだ呻きながら動けないでいる様だ。



 よーし。とりあえず今の内に、俺の〈鞄〉を取り返しちまおう。ついでに、このヤロウの足でも踏んづけてやろうかね? え、顔? 踏んだら中身が見えるから却下。そして、どうせなら俺が『メルカ』に踏まれたい。もちろん顔を!



 そんな事を考えながら立ち上がり、手を伸ばした俺の目に入ったのは。


 さっき追い掛けながら見えた通り、『茶色』の……『茶色』の──



 ──〈肩掛け鞄(・・・・)〉だった。




 ……はい、どう見ても、探してる〈背負い鞄〉には見えません。構造からして違います……と言うか、大きめではあるが俺の〈背負い鞄〉に比べれば、サイズも大分……小さいですね、はい。



 ……あっるぇ? ヤベッ、これ……人違いと言うか、鞄違い……じゃね? 俺、焦って……早とちりしちまったんじゃあーりませんか……?



 ……えーっと……よし、とりあえず『コイツ』が気付く前に、サッサと退散して無かった事に──



「──ちょっとッ!? いきなり何をするんですかッ!?」



 ──はーい、出来ませんでした。倒れていた『相手』が、勢い良く立ち上がりながらコチラを振り向いてしまったのだ……くそう、変に躊躇(ちゅうちょ)しなけりゃ良かった。


 さておき、逃げられなかったんなら仕方が無い。自分の非を認めるのはキライだが、適当に上辺だけ謝って勘違いだったと説明しちまおう。


 ちょっと強引だが、『(メルカ)』なら出来るッ! ……多分ッ!



「その、申し訳、ありません。ちょっと『事情』が、ありまして……」



 早速、最低限の謝罪だけで場を切り抜ける為に、『メルカモード』で言葉をつむぐ。差し当たって、申し訳無さそうに目線を伏せながら、オドオドといってみよう。



 俺の切り出した言葉に、何やら呆れた空気を出しながら『相手』が返答する。



「『事情』があるからって、あんないきな……あ、あれ?」



 ……ん? 何か言葉に詰まった様だが……いや、気にせず先に謝っちまおう。



「はい、大変なご迷惑をお掛けしてしまい──」

「──アナタは……さっき(・・・)の……」



 俺の言葉に対して、食い気味に言葉を被せる『相手』に、流石の俺も疑問が浮かんだ。


 ……さっきの、って何だ?



「……はい?」



 首を傾げながら、目線を上げた俺の視界に映ったのは。


 彫りの深い『高い鼻』を赤くし、少しくすんだ『焦げ茶の髪』に土埃をブレンド、引き込まれそうな『蒼の瞳』に困惑を浮かべ、『真っ白い綺麗な歯』が見える口を半開きにした……えーっと……あ。





 もげろイケメン君だッ!?






  ◇◇◇






 思わぬ再会に、俺もつい反応出来ずにポカーンとしていると。


 先に気を取り直したらしいイケメン君が、パンパンと〈服〉や〈革鎧〉に付いた土埃を叩きながら、顔を赤くして横に目線を逸らしつつ俺に言う。



「……えっと、もしかして『事情』って……その、自分が……いえ、さ、『さっきの事』でしたらモチロン誰にも言うつもりはありませんよ?」


「『さっきの事』……あ! いえ、それはその」



 そうだ、この『イケメン君』には、メルカ()の事を『変態』だと思われているんだった……いや、ソレはもちろん誰にも言わないで欲しい、と言うかそもそも誤解なんだが。


 でも今は、そんな事より急がないといけない事があるんだよ!



「ご、ごめんなさい! 『ソレ』は全然関係ありませんッ! ちょっと今は時間が無いので、これで失礼させて頂きますねッ!」


「えッ!? そちらが強引に引き留めたのに……? って、ちょ──」


「緊急事態なんですッ!」



 あわよくば勢いで、引き倒した事を無かった事に出来ないかとも期待しつつ。俺はイケメン君の質問をバッサリ切り捨てると、踵を返して走り出し──数歩進みかけて、はたと気付き……立ち止まった。


 ……よくよく考えたら……俺は、『何処』を『どう』探せばいいんだ?


 てっきり、〈鞄〉を持っていかれた直後かと思って、周囲を見回して似た『茶色』の物を追いかけて来たら……この『イケメン君』が居ただけで、実際にはそもそも〈鞄〉違い。


 って事は、実際にはもっと早く〈鞄〉が無くなっていた事も考えられるし、そうなれば正直手掛かりなんかあるのだろうか……ついでに言えば、現在地が何処なのかも……不明である。



 道を確認している暇があったら、少しでも速く走る事に全力で来てしまった。


 元居た『露天広場』の位置すら不明……つまり、僅かとは言え親しくなったチロッペたんとレイフェちゃんに助けを求める事も……あれ、これ俺……どんどん詰んで行って無いか?



 思わず流れる冷や汗に、意図せずブルリと背筋が震える。



 ……マズイ。これは──本気でマズイぞ。



 ついつい、その場で立ち止まって考え込む俺に、すぐ後ろから声が掛けられる。



「あのー、自分も少し急いでいるので……要件が無かったのであれば、これで失礼しますよ?」


「……あ、はい。ワタシも、ですので……どうぞ、お気になさらずに」



 返事をしながら振り返ってみれば、服装を整えた『イケメン君』が、憮然としながら一礼する所だった。とりあえず、軽い微笑みだけ作り、目礼した……のだが。



「ど、どうしたんですかッ!? 顔が真っ青ですよッ!?」


「え……?」


「気分でも悪いんですか? それとも、何処かお怪我を?」



 どうも自分では気づいていなかったが、置かれた状況の余りの絶望感に、メルカ()の顔色は相当酷くなっていた様だ。


 だが、心配して貰った所を悪いが、正直今は『イケメン』なぞに関わってる暇は俺にも無いから、サッサと何処ぞへ行ってくれ。



「いえ、何処も怪我はしていませんので、ワタシの事はどうぞお気になさら、ず──」


 ──いや……待て、よ?



 俺の返事を聞いて、人の良さそうな顔に心配そうな表情を張り付けたイケメン君は、それでも割り切ったのか立ち去ろうとする。


「そう、ですか……いえ、分かりました。本当に無理はしないで下さい。では──」



 ──違う。



 ここで、イケメン君(コイツ)を行かせては……ダメだ。



 挨拶の言葉と共に、踵を返して立ち去りかけるイケメン君へ、最初の勢いだけ強くした声を掛ける。



「──あ、あのッ! す、少しだけ……よろしいですか?」


「──え?」



 疑問の声と共に振り返るイケメン君の『格好』を、瞬時に改めて確認する。


 寝起きで見た時は、寝ぼけていて『コスプレ』なんて判断してしまったが。


 中々どうして、様になっている立ち居振る舞いに、使い込まれた〈装備〉の(たぐい)



 ……何だ。まだ、『使える手段(・・・・・)』が有ったじゃないか。


 ……正直、心情的には使いたくは無かったし、出来ればイケメンなんぞと一分一秒たりとも関わって居たくはないのだが……背に腹は変えられん、てヤツだよな。



 開始直後に詰むのは──ゴメンだ。



 何より、『練習(・・)なら(・・)さっき(・・・)宿屋(・・)で散々したからな(・・・・・・・・)



 特に意識はしない様に注意しつつ、あたかも無意識の様に何気なく手を伸ばし。


 イケメン君の手自体では無く、近い左手側の指先だけを、左手を添えた右手で控えめに握る。


 この時ワキをしめて、さり気なく胸を強調。



 同時に、下からの上目遣いと、(まばた)きを減らして準備した潤み目で──



「──少しだけ、アナタに『お願いしたい事』が……あるのです」


「え、あ……」



 ……あくまでこれは……そう、『一時避難』みたいなモンだ。



「ワタシの名前は、『メルカ・ヌコバス』と申します」


「ッ! あ、じ、自分は『ミーニー・プ──』い、いえッ! 『ミーニー』、です!」



 おぅけぇい。『ミーニー君』、ね?



「話を……聞いて、頂けますか?」


「……は、はいッ!」



 ──俺は、俺の持てる『全力』を持って、この『ミーニー君』を利用し……何としてでも俺の〈鞄〉を探し出すッ!



 今は、そうするしか、ないッ!!





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