【10】 1章の08 親交
「──なるほど……そういう『事情』が、お在りだったのですね」
「そう、〈ドワーフ〉族のしきたり」
衝撃の事実に、あまりにも驚いた俺は。
気付けば『メカクレ少女』こと、レイフェちゃんの前に陣取り、ついつい詳しい話を聞いてしまっていた。俺にしては珍しく、計算とか無しの純粋な好奇心で、だ。
『自分』の事も、まだ良く分かって無いと言うのに。まったくもって呑気なバカである……って、おい。誰がバカだって? ……俺? な、何故それをッ!?
……コホン。まぁ、冗談はさておきだ。
レイフェちゃんから聞いた話を、至極簡単簡潔にまとめると。
まず自分は〈ドワーフ〉であり──ヒュォォォウ! イェスイェスイェスッ! 一部ファンタジーでは定番の、ドワーフ♀はツルペタロリタイプ、だったぜ! 俺様、大・勝・利ッ!! 第一部完! ──生まれ育った部族のしきたりとして、一人前の『鍛冶師』として認められる為の『条件』が有るんだってよ。
その『条件』とは、自分で作った『作品』を売り、その代金のみで『自分の工房』を開いた者だけを、一人前の『鍛冶師』として認めるとか何とか。
そんなしきたりを聞いた俺が、心に思う事はただ一つ。
──な・ん・て、ケチ臭えッ!
『美少女』の為なら『工房』の一つや二つ、いっそ『タダ』で作ってやれよッ! アアン?
と、〈ドワーフ〉共に小一時間ほど説教してやろうかと思った程だ……思っただけでやらないけどな? 俺、そういう人間です。テヘッ。
さっきもウロウロしてた時に、目が合っただけで思わず逃げちまったしな……だって、目を見開いて〈ハンマー〉片手に迫ってくる、ヒゲ面のオッサンて……怖いだろ?
……ん? でも、レイフェちゃんが特に嫌悪感一つ見せないこの反応って事は、別段種族的に不仲って訳じゃないのかね? となるとさっきの工房に居た〈ドワーフ〉のオッサンは、何がしたかったんだ? ……あ、いや、レイフェちゃんのが少数派という可能性もあるか。ま、都合がイイ分には構わんし、今更考えても仕方が無いか。とりあえずスルーだスルー。
……あ、そうそう。ちなみにレイフェちゃんの『作品』の種類が、見事に偏って〈暗器〉ばかりだったのは、一応レイフェちゃんなりの考えがあっての事、だそうで。
最初は、一般的な〈武具〉や〈装飾品〉を作ろうかとも思ったらしいのだが、レイフェちゃん自身余り力が強い方でも無いので、どうせなら非力な人間でも容易に『使える物』を作ろう、と思ったのが切っ掛けで、今の品揃えになったんだとか……うーん……理に適っているような……そうでもないような?
正直、ちょっとラインナップ偏り過ぎだろうとは思うが……しかし、良かった。コレが〈異世界〉の常識とかじゃなくて! サツバツ!
◇◇◇
……さてさて? 俺はそんな事を考えながら、色々レイフェちゃんとチロッペたんと、楽しくお喋りしてたんだが……見事なくらい誰も来ねぇ。
さっき俺が来て喋り始めてから、今この時まで一切客が来ない事を考えると……多分だがこの辺の通行人の『ニーズ』から、大きく外れちまってるんだろうな。ま、そもそも『一般人』が使うような代物じゃねぇし。
……と言うかむしろ、この〈商品〉でニーズが満たされる『顧客』に近寄りたくないぞ……間違いなく、デンジャーなスメルがプンプンしやがる事が、確定的に明らかだぜぇ! って感じだしな。
──などと考えながら、話を聞きながら俺が一人で内心ウンウン頷いていると。
唐突に横あいから、それまで口下手気味のレイフェちゃんの話に、えへへと笑いながら適当な相槌や補足を入れてくれていたチロッペたんが。フンスと鼻息荒く、ドヤ顔をしながら話しかけて来たの、だ……え、何コレカワユス。持って帰っていい? ダメ? ……事案? よし、国選弁護人を頼む。金は──無いッ!!
「──で、わたしは家業の『雑貨商』としての修行も兼ねて、レイフェのお手伝いで『売り子』をさせて貰ってるんですよぉー!」
「おぉ……そうだったんですね!」
く、く……くくくくぅーッ! チロッペたんのピュアピュアハートに、俺のアイアンソウルも思わずドッキンコブレイクだぜッ! ……いや、自分でもよく意味は分からん! 可愛い少女達との語らいに、俺のテンションはバリMAXなんだZEッ! ヒョッホゥッ!
あ、ちなみのついでに言えば……例え『男』がチロッペと同じ事やっても、俺の心は全く微塵も動かない。と言うかむしろ〈冷凍ミカン〉が如く、カチンコチンに冷え切る事確実だがな。投げれば凶器に早変わりさッ! 頭なんかに当てれば、結構血が出るんだZEッ! ヒャッハァッ!!
…………ま、とかく大事なのは。『美少女がそれを行う』って事だよなぁ、うんうん。何か近くに居るだけで、微妙にイイ匂いが……あれ、今何の話だったっけ? ……や、ヤバい、忘れた……か、かくなる上はッ!
「……なるほど、チロッペた、さんは、とてもご家族やお友達想いなのですね! 素晴らしい事だと思いますッ!」
「……えッ!? チロ、いや、その、えええッ!?」
一瞬妄想に走ったせいで、直前の話の流れをド忘れた俺は、無理矢理良い話っぽくチロッペたんを称賛して、話題を流そうと試みた。
すると何故か、突然驚きの声を上げたチロッペたんが、そのまま顔を赤くしながらワタワタし始めたではないか。
……何? 何々? チミ、照れてるの? 照れ屋さんなの? …………つまり、もっと褒め称えればイイんですねぇぇぇッ!? ア・チ・シに、任せてッ☆
「いえ、チロッペさん! これは、本当に素晴らしい事では無いでしょうか!? 家のお仕事の修行と、お友達のお手伝いを同時に……正に『一石二鳥』! チロッペさんは、お若いのに商売人の素質に満ち溢れてらっしゃるんですね!」
「え、えぇぇぇッ!?」
何か……途中からあんまり、誉めてないような気もしてきたが……ま、イイよね! こう言うのは勢いが大事よッ! 多分なッ!!
『メルカ』として表面はニコニコしつつも、俺は内心でニヤニヤしながら、チロッペたんがワタワタしているのを眺めていると。
どうやら気持ちを建て直したのか、チロッペたんがキリッとした表情で、真っ直ぐこちらを見てきた。ただ、まだ顔は紅いのである。……ウヒヒヒヒ! いいのぅいいのぅたまらんのぉぅ!!
表面は興奮をおくびにも出さず、少しだけ不思議そうな表情で小首を傾げて見せれば。チロッペたんは、頬を一層紅潮させ、目を泳がせつつ必死に言ってくる。ああー、白飯3杯食べれるんじゃあ!
「──ち、違うんです! そっちではなくて、ですね……その、あの……わ、わたしの名前は『アンチローペ』で! 『チロッペ』って言うのは、レイフェだけが呼んでいる呼び方で、その……」
え……ああ、なるほど。
チロッペたんが照れていた主な『理由』は。俺に誉められたからじゃなくて、『愛称』呼びが恥ずかしかったからか…………ってナニソレかわゆい。かわゆさしかない……尊い。マジ尊い。
こんなのもう、もっと弄るしかないじゃない! ……と、思ったんだが……一応、まだ初対面だしなぁ。
至極残念ではあるが、この辺にしておくか……もうちょっと見たかったなぁ。もうちょっと骨までしゃぶりたかったぜぇいッ!
気持ちを切り替えた俺は、胸の前で両手を握る所謂『お祈りポーズ』を取りつつ、チロッペたんに切り出した。
「あ、そ、それは申し訳ありません……初対面なのにワタシ、馴れ馴れしかったですね……嫌な気分にさせてしまって……」
「えッ!? あ、あの、違うんですッ! 全然、嫌とかだったんじゃなくて……その、ちょっと気恥ずかしくって……あはは」
……ですよねー? 知・っ・て・る。次は──
頬を赤くしたまま、目線を逸らしてあははと照れ笑いしているチロッペたんに、俺はちょっとした提案をしてみる。
「でしたら、もし、お嫌でなければ……ワタシもその……改めて、チロッペさん、とお呼びさせて頂いても?」
「えッ!? ……あ、その…………は、はい」
「ありがとうございます! ……あ、折角です! どうぞワタシの事も、『お客さん』ではなく『メルカ』、と呼んで頂けませんか?」
「ええッ!? で、でも──」
……クックック。
こういう時は、厚かましくするに限るぜ。しかし、まだためらいが見えるな……ならば、ダメ押しじゃい!
天然風秘技ッ! ナチュラルな──両手握りッ!
キュッ
「えっ……あ……」
かーらーの、笑顔ッ!
ニコォッ!
ニッコニコォッ!
「……分かり、ました……メルカ、さん?」
「……うん、分かった。メルカ」
ぃよしッ! カモシカ系素朴少女の愛称呼び許可、アーンド相手も名前呼び、キタコレッ!
これは正に、『勝利』に近付く偉大なる第一歩ォォッ! ……だとイイなッ! FOOOOOッ!
しかし、流石は俺の笑顔ッ! 効果はてきめんだZEッ! 元々は、アホな男共へのエモーションを使った『トドメ技』だったけど、『現実』だと女の子にも効くんだなぁ……いやぁ、『メルカ』凄いわ。流石『メルカ』! さすメル!
……後、何故かナチュラルにレイフェちゃんも便乗してきたけど……ま、好都合だから良いよねッ! ウェルカムさぁ!
…………実際改めてよくよく見てみれば、前髪で見えない部分を除いても、そのルックスに結構な『美人さん』っぽさが伺える。是非とも風に翻る〈スカート〉が如く、その前髪を跳ね上げたい衝動に突き動かされかねないが……今はまだ我慢だな。
最初に見た時は、俺の趣味嗜好的に若干ど真ん中からは外れていたが……うん、内角低めだが『アリ』だな。チロッペたんは内角真ん中で『アリ』だし……もし、もう一人居たらバッターアウトッ! ってなモンだぜッ!
…………うん、社会的にアウトとは違うからな? いいか、間違えるなよ? 『お兄さん』との約束だぞッ! ……待て、誰か今『オッサン』て言わなかった?
◇◇◇
……えーっと、だ。
話が大きく逸れてしまっていたが、結果的にある程度親しくなった所で、俺は当初の目的を果たす事にした……いや、決して忘れていた訳じゃないぞ? 違うからな?
「……あ、そうでした。実は商品の事以外にも、ちょっとチロッペさんにお尋ねしたい事があったのですが」
「はい? 何をお知りになりたいんですか?」
キョトンとしながら小首を傾げるチロッペたんに萌えつつも、俺は腰の〈巾着〉を外して中から黒ずんだ硬貨、宿屋のオッサンが〈アリド銅貨〉と言っていた物を『1枚』取り出した。
それを手の平に載せて、チロッペたんに見せながら聞いてみる。
「実は、何処か『宿』に泊まりたいのですが……〈銅貨〉が何枚あれば泊まれるか、ご存知でしょうか? その、長く閉じこもっていたもので、最近の世情に疎くなってしまって、近頃の相場がさっぱり分からないのです……あ、もちろんとても安い宿で構いません」
表面上は苦笑しながら、確認してみる……反面、内心はかなり緊張中だ。
どう考えても、一般常識に分類されるであろう『知識』をわざわざ確認する。考えた『設定』で予防線は張ったが、違和感は禁じ得ないところだろう。
今まで会話をしてきたチロッペたんなら、バカにしているのかと怒り出す何て事は有り得ない……とは思うが、どういう反応をするのかがまだ読めない。と言うか、『ゲーム』に沢山居た正直で単純バカな男と違って、一般的でカワイイ女の子と会話する事自体は、ほとんど経験が無いのだ。
今は、『メルカ』としての仮面をかぶる事で誤魔化しているが、さっきはテンションを上げ過ぎて変な言動をしかけたし、かなりバランスが難しい。俺の『鉄の理性』が無ければ、かなり危ない所だったぜ……。
さておき、折角知己を得る事が出来たのだから、何とかこの縁を骨の髄までしゃぶ……じゃなくて大事にしたいのだ。
……後、純粋に金額が足りるかどうか、な。むしろ、俺としてはそっちが怖いんですけどねッ!
内心でかなり緊張する俺を余所に、チロッペたんは俺の手の上の硬貨を確認した後、一瞬空を睨むと指をパタパタと動かしながら言う。
「……そうですね。極普通の〈アリド銅貨〉の様ですし、今の宿相場でしたら……かなりお安い『最低限』の宿で、『一泊10枚』と言った所だと思いますよ?」
「『10枚』! 良かった、それなら何とか──」
余裕を持って手持ちで足りる量が示された事に、俺が安堵しようとした時だった。
「──待って」
「……えっと……レイフェ、さん? どうか、されましたか?」
突然、俺の〈メイジローブ〉の袖をレイフェちゃんが掴んできたのだ。
小さいが良く通る声と、こちらから目は見えないが何やら真剣な雰囲気を感じた俺は、真面目な表情で向き直る。
すると、袖を掴んだままレイフェちゃんはチロッペたんの方を向いた。
「チロッペ、さっきの相場は、本当の『最低限』?」
「え……う、うん。最近確認したから、そんなに間違ってないと思うんだけど」
困惑するチロッペたんに、尚もレイフェちゃんは声を掛ける。
「良く、考えて。『最低限』の宿に、『誰が』泊まる」
「それは、メルカさん……あ、そっか!」
突然、何かに気付いた様にジッと俺の顔を見てくるチロッペたん。
と、見る間にその表情が曇っていく……って、何なのこの状況。俺だけ激しく置いてけぼりなんだけど。
確認しようにも、微妙に口を挟みづらい状況に俺が悩んでいると。
唐突にガバッと、チロッペたんが頭を下げてき……ええ? な、何で?
「め、メルカさん、すみませんッ! わたしの考えが足りませんでしたッ!」
「え? いえ、あの……何がなんだか?」
混乱している俺に対して、申し訳なさそうなチロッペたんが更に言葉を重ねる。
「『最低限』の、と聞いた時に、わたしはつい全体の中から『宿代』だけを考えて、お答えしてしまったのですが……その場合、大部屋で『雑魚寝』となってしまうんです」
「大部屋で『雑魚寝』……?」
……まぁ好ましくはないが、何かまずいの? と聞き掛けた俺に、レイフェちゃんが唐突に。
「メルカは──とても、美しい」
……えッ!? ちょ、レイフェちゃん、唐突に何を? いや、間違いなく美しいのは知ってるけどさ? 人を褒めるのは慣れてるが、面と向かって自分を褒められるのは、は、初めてだしッ!?
唐突に褒められて慌ててしまった俺を余所に、レイフェちゃんは言葉を続ける。
「基本的に、『最低限』の宿を利用しているのは、その日暮らしの男達が主。そんな中に、メルカが入る……『間違い』が起こらないと、とても言えない」
「『間違い』……あ! ああ……なる、ほど」
そうだった……良く考えてみれば、当たり前の事だった。
この街の治安がどうなのかは知らないが、少なくとも『現代日本』より良い何て事はまず有り得ないだろう。
ましてや俺は、既に『メルカ』なのだ。
街の宿屋の一室で、雑魚寝の男達に紛れて『メルカ』が寝れば……どうなるかなんて、ある意味火を見るより明らかな事だったわ。って言うか、想像しただけで身震いが……あ、気持ち悪ッ!
つい想像してしまった気持ち悪さをこらえつつ、条件を変えて質問してみる。
「……最低限、『個室』で『施錠が可能』な宿の場合は、どう言う相場になりますか?」
「えーっと……うん、それでもせいぜい『40枚』位が相場だと思いますよ!」
気を取り直したのか、にこやかに教えてくれるチロッペなのだが。
「…………そう、です……か」
───『40枚』。
俺の手持ちは、『30枚』。
ハハッ。
足りねぇじゃーん………………どうしよぉぉぉぉッ!?