08 空から幼女が降ってくる。
「空から仕事が降ってこないかなぁ……」
太平が人間のクズ的発言をしつつ部屋の天井を見上げていると……。
メキメキ
と、木材が軋むような音が聞こえてきた。いやさ、それは木材が軋む音そのものだった。
「まさか、本当に仕事が空から降ってくるのか……」
こんなことを考えているから、太平は何時までたっても無職なわけである。
現実世界の物理法則では、空から仕事が降ってくることはありえない。
そう、空から降ってくるものは……。
幼女と相場が決まっているのだ!!
誰がこの相場を決めたのかについては言及しないで頂きたいが、世の中というものは得てしてそういうものである。
「え? え?」
アホ面で天井を見上げている太平が見たもの、それは幼女の足の裏だった。
何故足の裏だけで幼女だと判断できるのか? これは幼女のプロならば誰でも出来ることだと覚えておいてもらいたい。
そして、足の裏が眼前に迫り来るのを見たのを最後に気を失うのだった。
……
…………
……………………
ベシベシベシ
太平はまるで頬を殴りつけられているような痛みを感じて目を覚ました。
目を覚ますと、そこには太平の頬を一定のリズムでビンタし続けている幼女が座っていた。
「あ、目を覚ましたか」
感情というものが欠落した平坦な口調で、幼女は小さく呟いた。
しかし、ビンタの手を止めることはなかった。
ベシベシベシ
「あの、叩くのやめてもらえませんか……」
「そうか? 嫌なのか? キサマの顔は、幼女にビンタをされて喜ぶタイプだと思ったのだが」
「……」
太平は答えなかった。何故ならば、太平は幼女にビンタをされて喜ぶタイプの男性だったからだ。
つまるところ、幼女の判断は間違ってはいなかったのだ。
ベシベシベシ
「あの、嬉しいかどうかはさておいて、一旦やめてもらえませんか?」
「そうか? そこまで言うならばやめよう」
ベシ……
幼女はリズミカルに叩き続けていたビンタを中断した。
「あ、ありがとうございます」
太平は幼女に敬語を使い続けていた。
それは太平が幼女を敬いひれ伏すプレイが大好物なわけではなく(大好物なのだが)、この幼女の立ち振舞言動が、大人のそれであったからだ。
この外見に似合わない言葉を使う謎の幼女、太平はこの時はじめてキチンと幼女の容姿を確認する。
腰まである長くて艶のある銀髪、どこぞのフランス人形のようにパッチリとしたお目目と長いまつ毛、完全に平坦なお胸にプリっとしたお尻が見えて……何故見えている? お尻とお胸が……?
それは全裸だからだ!!
「全裸!?」
今ここに来て、太平は自分の横に座っている幼女が全裸であることに気がついたのだ。
「ど、ど、どうして服を着ていないんだ!!」
太平は幼女に向けて指を指した。その指が偶然胸の辺りを突く形になってしまう。
「……やはり子供の身体に興味があるタイプの人間なのか?」
ジトッとした目つきで、幼女は燻しげに太平を見つめた。
「ち、違う! 今のは偶然! 狙ってないから! そ、それはともかく、どうして服を着てないの!」
太平は急いで指を引っ込めると、同じ問いを繰り返す。
「服? そのようなものを着る必要が無いからだが、そこまで狼狽するのならば、服とやらをきてやらないわけではないが、あいにく服の持ち合わせがない」
幼女は自分の裸体を隠すこともなく、なんでもないように振舞っていた。
かたや太平は、なんでもありすぎていた!
この状況、もし誰かに見られでもしたならば、即座に警察に通報され、お縄になることは間違いない。それは避けなければならない。今は、幼女の裸を堪能することよりも、自分が犯罪者にならないことを優先せねなばらないのだ。
「そ、そうだ!」
太平はゴキブリのように床を這いずりまわると、部屋に転がっていた男物のTシャツを適当に拾い上げる。そしてそれを幼女に手渡した。
「なんだこれは?」
幼女は手にした服を掲げて、不思議そうな瞳で見つめていた。
「取り敢えずそれを着てください!」
太平は幼女を直視できずに、必至に床を凝視していた。
「なるほど、幼女に男物の服を着せる……そういう趣味だったのだな」
何かに得心が行った幼女は、まるで服を着るのが初めてのようなギコチない動きで、Tシャツに袖を通し始めた。成人男子用のTシャツである、幼女が着ればダブダブのブカブカで下半身までカヴァーすることができていた。
「これでようやく、ちゃんと前を向いて話すことが出来る……」
この時に、やっと太平の乱れた息は整い始めていた。
「そうか、それは良かった」
「ところで、君は誰で、どうして空から降ってきたんだ?」
「やっとか? やっとそのことを聞こうと思い立ったのか? 遅いぞ、普通ならな即座に聞くことだろうに」
「だって、だって! 全裸だったからァァァァァァ!」
全裸の幼女相手に普通に会話ができるほどの男は、この世にそうそう存在し得ないだろう。
「まぁいい。聞かれたことには素直に答えよう。私が落ちてきたのは、重力コントロールを戯れに切ってしまったために、木材の床がそれに耐え切れずに落ちてきたのだ」
「じ、重力こんとろーる……」
「私の名前はMSDー019。呼びにくいようならば――そうだな《イク》とでも呼べば良い」
「えむえすでぃーぜろぜろいちきゅー……イク」
この時、太平はあらためて幼女の全身を頭から爪先まで確認する。
そして、Tシャツから露出している足の関節部分が、球体関節であることに気がつくのだった……。
「もしかして……ろ、ろ、ろぼっと!?」
太平はその球体関節を指差して上ずった声で言った。
「うむ、その認識で間違いない」
「あば、あばばばばばば……」
太平はそのまま後ろ向きにひっくり返ると意識を失うのだった。
※※※※
次に太平が目を覚ました時、幼女によるビンタは行われてはいなかった。
その事に少しばかり残念な気持ちを抱きながらも、身体を起こそうとすると少しばかり身体が重いことに気がつく。
そう、MSDー0019改めイクが、太平の腰の上に乗っかっていたのだ。
「ああ、これあかん体勢や……」
またしても、誰かに見られようものならば、一発通報、側逮捕コース一直線の状態以外のなにものでもなかった。
「どうした? こういうのが好きなんだろ?」
確信犯、まさにこの幼女ロボットは理解してこのような行動をとっているのだ。いや、この行動がエロティシズムであるかどうかは理解していないが、世の男性が好むというデータだけはキチンと理解しているのだ。
「と、取り敢えず降りてもらえませんか!」
「わかった」
イクは素直に太平の腰を上から降りた。
太平は少ししょんぼりした。
「はぁはぁ……。ところで、イク……さんは……」
「イクで良い」
「じゃ、イクはどうして二階に居たんだ?」
「住んでいたからな」
「えっと、またあれか? 異世界からこっちの世界に来ているパターンなのか?」
「そうだな、そうなるな」
今までは自分が部屋を訪問することによって遭遇してきたパターンだったが、まさか上から落ちてきての遭遇があるとは、流石の太平も予想不可能だった。
――次辺り、地下から誰か出てくるんじゃないのか……。
この後、イクは自分がどうしてこの世界にきているかについて淡々と語った。
異世界にて発掘されたイクは、その世界の存在を揺るがすほどの超古代兵器だった。そして、イクの存在自体が最終戦争の火種になる可能性が高く、それを危惧したイク自身が、自ら時空転移を使いこの世界にたどり着き、何事も無く二階(二○二号室)で暮らしていたのだ。
だが、何もすること無くただ居るだけのことに飽きたイクは、戯れに重力コントロールを切ってみたところ、その膨大なる重量を床が支えきれずに、こうして落ちてきたというわけなのだ。
「うむ、咄嗟に重力コントロールを戻さなければ、キサマの顔は完膚なきまでに潰れていたに違いないだろうな」
「……そうか、俺死ぬ寸前だったんだな……」
幼女型ロボットに顔面を潰されて死にました。
字面だけ見ると、なんとも嬉し恥ずかし死に方である。
「しかし、イクの重量って一体どれだけあるんだ……」
その言葉に、イクは太平の鼻の先をピンと指先で弾いてみせる。
「女性に体重を聞くのはマナー違反だ」
どうやら、そういう知識もしっかりと持っているようだった。
「私は退屈をしていたのだ。良ければ太平、友達とやらになろうではないか」
「友達?」
「嫌か? 嫌なのか? 幼女型ロボットと友達なんて真っ平ごめんなのか?」
表情の存在しないイクだったが、どこと無くさみしげに見えたのは、太平の気のせいだったのだろうか……。
「いや、喜んで友達にならせてもらうよ!」
太平は握手の合図に手を差し出す。
イクはその手をつかむ。
掴んだイクの手からは、人間の持ち暖かさが感じられなかった。太平はイクが人でないことを再認識させられたのだ。
「ありがとう」
イクは太平の首に腕を回して身体を密着させる。
いわゆるハグの状態だ。
その時……
「わんわんわんわん! 吾輩と散歩の時間だぞ!」
けたたましい鳴き声とともに、シバさんが部屋のドアを開けて入ってきたのだ。
いつものように遠慮無く部屋にズカズカと入りこんだシバ さんが見たもの……。それは、男物のTシャツを着た幼女と抱きしめあう太平の姿だった。
この部屋の空気が固まった。
そして、数秒後に空気が解けた瞬間……。
「あ、警察かね? ここにロリコンが居るのだが!」
シバさんは何処からともなくスマホを取り出すと、迷うことなく警察に通報するのだった。