07 勇者に復讐を。
「復讐してやらないと気がすまない……」
太平はいまだ勇者への復讐心を無くしてはいなかった。
今朝も部屋で音楽を聞いていたら、『五月蝿え! ぶっ殺すぞ!』と、またしても聖剣デュランダルが壁から突き出てきたのだ。運良く? Tシャツを破られるだけで済んだとはいえ、今度は命にかかわらないとも限らない。
それに、一番の恨みの元は親友になれそうだったスケ君を消滅させたことである。
魔王のおかげで復活を遂げることが出来たとはいえ、親友が目の前で消滅する姿を見せつけられたのだ。その悲しみたるや、想像を絶する。(知り合って数時間だろ、と言う突っ込みは受け流させてもらおう)
とは言え、真正面から復讐をすることなど叶うわけもなく。復讐を遂行することも出来ずに、悶々とした時間を過ごしていた。
勿論……仕事は見つけていない。
「わんわん! わんわん!」
太平の部屋のドアの前でけたたましい犬の鳴き声が聞こえる。
ドアの外を見るまでもなく、その声に主がシバさんであることは明白だった。
「あいつ……。この前は肝心な所で逃げやがって……」
先日の人骨事件のときは、気が付くとシバさんは姿を消していた。人骨を掘り当てるだけ掘り当てると、吾輩は関係ないとばかりにスタコラサッサだったのだ。
「よし、一言文句を言ってやろう」
そうしてドアを開けた先には……
「散歩だ! 吾輩と散歩に行こう!」
リードを手に持ってハァハァと興奮気味なシバさんが二本足で立っていた。
自分から散歩をせがむ犬というのはよく居るものだし、かわいらしいものだが、この何一つ悪びれていない日本晴のようなシバさんを見ていると、苛立ち以外の感情が湧き上がってはこなかった。
「あ、散歩は間に合ってるんで……」
太平は何事もなかったかのように、ゆっくりとドアを閉めた。
「待て! 待つんだ! 吾輩の話を聞くんだ! それが後々お主のためになるとは思わないのか?」
全く以て完全に思わなかった。
ドンドンドンと、シバさんは諦めずにドアを叩き続ける。
あまりの鬱陶しさに、とうとう根負けした太平は渋々ドアを開けて、シバさんを部屋に招き入れた。
「これほどまでに愛くるしい我輩を拒むとは、お主は人間として何かが欠落しているのではあるまいか? 現状主に職が欠落しておるな! わんわんわんわん!」
どうやら、この『わんわんわんわん!』と言うのは笑い声のようだ。笑い声と鳴き声の区別がつきにくいので、どうにかしていただきたい。
この部屋の主に対して遠慮の欠片もなく、シバさんはズカズカと部屋の奥まで足を進めていった。ちなみに、シバさんは靴を履いてはいないので足は汚れている。
そして、当たり前のように座布団の上に腰を下ろすと……。
「さぁ、我輩を散歩に連れて行くが良い!」
と、またしてもリードを太平に渡そうとする。
太平はそのリードを受け取ると、即座に壁に叩きつけた。
「わ、吾輩の散歩用のリードが……」
壁にたたきつけられたリードは、そのまま真下に落ちて万年床の布団の上に転がった。
「お前の話を聞くと、何か俺のためになるんじゃなかったのか……」
「くっ! こんなことだから、職が無くてショックを受けるのだ! 見たか! この我輩の高等な駄洒落を!」
その瞬間、太平はシバさんを首輪を掴むと、ネックハンギング状態で天井にぶち当てん程に高々と掲げていた。
……
……………
…………………………
「知っておるか! こういうのはだな、天丼と言ってだな、ワンパターンになりがちなのだぞ! 犬だけにワンパターンなのだぞ!」
太平は鼻くそをほじっていた。
この糞犬の言葉を聞きたくなかったからだ。
「うむ、わかった。吾輩がお主に悩みに応え用ではないか。話してみろ!」
「俺はあの勇者に復讐をしたいんだよ!」
「勇者? ああ、あの一○一号室に住んでいる大酒飲みのことだな」
「知ってんのか?」
「当たり前だ。我輩は鼻が良いからな、あの酒臭い臭いで鼻についてたまらんわ。さらに我輩を見ると、駄犬、駄犬と罵倒する有様だ!」
「なら、お前もあの勇者に恨みがあるんだな?」
「うーむ、まぁあると言えばあるな。しかし、隣の部屋の住人に対する恨みつらみ話をこんな大声でしていて良いものなのか?」
シバさんは隣の部屋の壁を心配げに見やった。
「大丈夫だ、あいつは今仕事? に出掛けていていないはずだ」
勇者はお昼前には物置小屋のゲートから異世界に戻り、勇者としての責務を全うしに行くのだった。
「どうにかして、あの勇者に復讐をしてやりたいんだよ!」
「なるほど、ならばこの我輩に妙案がある」
「妙案?」
※※※※
「本当に、これが妙案なのか……」
太平はまたしてもスコップを片手に穴を掘らされていた。
「うむ! 勇者は毎回このゲートを通って仕事に出掛けて、ゲートを通って仕事から帰ってくる。ならば、その通路に落とし穴を掘っておけば、確実に落ちるという寸法だ!」
我を崇め奉れ! とばかりに、シバさんは胸を張ってみせた。きっと胸の辺りを撫でてやれば、キューンと甘い声を上げて喜ぶに違いない。
「しかし、またしてもお前は穴を掘らないんだな……」
「ん? そんな事をしたら、吾輩の手が汚れてしまうではないか?」
手? 足の間違いだろ? と、太平は思ったが、面倒なので突っ込みはしなかった。
「なぁ、本当に落とし穴なんかに、あいつが落ちるのか?」
「大丈夫、あやつは馬鹿だ。問題ない」
勇者が馬鹿である。その一点に関しては太平も同意見だった。
太平は脇目もふらずに、渾身の力を振り絞って穴を掘り続ける。『スケ君の恨みを晴らすことが出来る!』『あのいつも威張り散らしている酔っぱらいの無様な姿を見てやる!』そんな想いが、太平の力を振り絞らさせたのだ。
「もう少し、もう少しだ……」
すでに、お昼を過ぎ午後二時を回りかけていた。太平の疲労度はすでにピークに達しており、そのスコップを振るう腕はプルプルと震えスローモーションになってしまっている。
「ほぉ〜。何がもう少しなんだ?」
「何がって、決まってるだろ、穴が完成するまでだよ!」
「でっかい穴だが、何のための穴なんだ?」
「そりゃ、勇者を……え?」
太平の背中に悪寒が走る。
そして、ゆっくりと声の主の方を振り返ると、そこには……。
聖剣を携え甲冑を身に着けた勇者が立っていたのだ。
「あれぇ……」
「どうした?」
「あの、勇者さん、今日はお帰りが早いんですね……」
「ああ、今日は思ったよりあっさりと片付いてな。魔獣なんて言ってたが大したことなかったぜ」
「はぁ……そうですか」
「それで、この穴は何なんだ?」
「えっと……これは……」
太平は全力で脳みそをフル回転させた。
その時、抜き足差し足忍び足でこの場を逃げようとするシバさんを発見したので、尻尾を足で踏みつけてやった。
シバさんは『ギャワン」と大きな声で鳴いた。
その鳴き声が、太平の脳に良い感じで響いては妙案が思いつく。
「こ、この駄犬のウンコを埋めるために穴を掘っていました!」
「な、何だと! 何で吾輩が!」
太平は反論をしようとするシバさんの口を思っきり両手で塞ぐと、勇者にニッコリと微笑んで見せる。
「そうか、コイツのウンコをな……。臭そうなウンコしそうだから、深いところに埋めとくんだぞ」
「はい! 任せて下さい!」
「さぁて、部屋に戻って一杯やるとするかぁ」
勇者は大きき背伸びをすると、自分の部屋へと戻っていった。
こうして、太平は危機を脱する事に成功したのだ。
「吾輩のウンコが臭そうだと……。くそぅ、くそぅ……」
きっと、シバさんはウンコとくそぅをかけてのダジャレを言っているのに違いなかったが、あまりにも悲しげな表情だったのでスルーしておいた。
太平は自分が半日かけて掘った穴を、また時間をかけて埋めた。
そして……
「お前、散歩行くか?」
疲れ果てた身体でリードを手に持ってシバさんに差し出す。
「わんわんわんわん!」
こうして、二人は夕焼け空の下、仲良く散歩をするのだった。