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05 柴犬とて油断できない。

「はぁ……」


 太平たいへいは、自分のアパートで今朝から数えて六十七回目のため息を付いた。

 ため息の理由は単純明快で……。


「仕事が見つからない……」


 だった。

 田舎から出てきた太平は『都会にくれば、仕事なんか腐るほどあるだろ!』等と、大雑把極まりない考えしか抱いておらず、世の中の厳しさというものを、今まさに教えられている真っ最中なのだった。

 部屋で寝転んで天井を見上げていても、宙空から仕事が降って湧いて出るでもなく、ただただ無意味な時間だけが過ぎていった。


「いやな、俺だってやる気を出せば仕事なんてすぐ見つかるんだよ!」


 ならそのやる気というやつを、すぐさま出してみろ! と言われようものならば、フガフガと言葉を濁らせシドロモドロになりながら、誤魔化すしか無い訳なのだが……。

 とは言え同情する点が在るとするならば、この太平が住んでいるアパートの住人のせいだと、言えなくもなかった。何かある度に、勇者に酒を無理やり飲まされ、魔王に怪しげな手料理を振る舞われの生活を続けていくうちに、まともな思考などどこかに放り投げられてしまっていたのだ。隣に勇者、逆隣に魔王、そんな状況で、普通に仕事探しなんてちゃんちゃらおかしいわ! そんな気持ちになってしまうのも、しかたがないことといえるだろう。

 それでも、人間は生きていくためにお金というものが必要な存在であり、貯金も底をつきかけた太平は、嫌々ながらも仕事を探さざるを得なかったのだ。

 

「仕方ない……。取り敢えずネットで仕事でも探すか……」


 太平はちゃぶ台の上に置かれているノートPCで、アルバイト情報サイトにアクセスをする。

 サイトに表示されるアルバイト情報は、どれもこれも似たり寄ったりで決めてきかけていた。


「これは時給が安いわ」

「これは場所が遠いわ」

「これはなんかブラックそうだわ」

「この職種はちょっとなぁ……」


 等と、PCの画面に向かって難癖を小一時間ほどつけ続けた後、両手をつっかえ棒に身体をそらして天井を見上げては、『はぁ……」と六十八回目のため息を付くのだった。


「わんわん!」


 太平のため息に答えるかのように、元気いっぱいな犬の鳴き声が上階の方から聞こえてきた。


「あれ、このアパートってペットオッケーだっけか?」

 

 魔王と勇者が住んでいる時点で、ペットがどうとかいうレベルを超越しているわけなのだ、この時の太平はそこに気がつくことはなかった。

 

「わんわん! わんわん! わんわん!」


 犬の鳴き声はやむどころか、更に大きくなって太平の鼓膜を刺激した。


「チッ……」


 無意識に舌打ちがでてしまう。

 仕事が決まらずに苛々してる男(しかも昨日も勇者に酒を付き合わされて頭痛がひどい)にとって、けたたましい犬の鳴き声というものは、精神衛生上的に良いものではなかった。

 次第に太平は……


『仕事が決まらないのは、この犬が五月蝿いからだ! そうに違いない! むしろ、それ以外の理由が何処に在る!』


 と、そこまで決めつけるに至ってしまっていた。

 自分の落ち度を棚上げするには、この犬の鳴き声がとてもタイムリーな存在だったのだ。

 犬のせいにしてしまえば、仕事が決まらないことにきっちりとした理由付けが出来る。

 ほとほと屑な思考だったが、軽く鬱が入っている人間なんてものは得てしてそういうものだ。

 普通ならば、ここで思考を停止して、犬のせいだからもう仕事探しはおしまい! で終わるところなのだが、今日の太平は一味違っていた。


「飼い主に一言文句を言ってやる!」


 スックと立ち上がった太平は部屋着のまま外へ出ると、犬の声が漏れ出ている二階の部屋の前へと向かってしまったのだ。

 普通ならば、勇者と魔王が住んでいるアパートの二階に、まともな住人が住んでいるはずがないと、即座に思い当たるべきなのに、何故このような行動をとってしまったのか?

 それは、すでに魔王と勇者という超非常識な存在と遭遇しているので、それ以上のことはあるまいと、高をくくっての行動だった。さらに、昨日の夜の酒のせいで幾らか思考が鈍っていたことも加味されるであろう。

 

「すみません! 犬の鳴き声が五月蝿いんですけど!」


 太平は、二◯一号室と書かれたドアを力強く叩いた。

 太平の声が届いたのか、犬の鳴き声は止み、これにて一件落着したかと思われた刹那……二◯一号室の扉がゆっくりと開かれたのだった。

 開かれたドアの先には、誰も居なかった。

 いや、性格に表現するとするならば、太平の視線の先には誰も居なかった。が、正しいだろう。

 太平はゆっくりと視線を下げていく、そこには……


「わんわん!」


 一匹の柴犬が誇らしげな顔つきで待ち構えていたのだ。

 

「なんだ、犬か……」


 この時、太平は気がつくべきだった。

 この柴犬が、どうやって部屋のドアを開けたのかという事に……。

 普通に考えれば飼い主が存在していて、ドアを開けたはいいが、何かしらの用事で部屋の奥にでも行ってしまった。そう考えるのが普通だろう。

 しかし、太平はこの非常識なアパートで暮らしながらも、《普通》等という甘い考えを持ってしうことの危険さに気がついていなかったのだ。

 そして、次の瞬間、太平の中の《普通》は一瞬で砕け散ってしまう。


「すまんな! 五月蝿かったか?」


 そう答えたのは、二本足で立っている柴犬だったのだ……。

 

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