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18 危うしケツの穴!

「さぁさぁ出しやがれ! 俺の聖剣デュランダルを今すぐ出しやがれ!」


 ドロップキックから瞬時に体勢を立て直した勇者は、長髪を振り乱して、ヤクザ顔負けのガンつけで太平たいへいの元まで歩み寄ると、首根っこをひっ捕まえて持ち上げた。

 太平の足が宙に浮いては、為す術もなくばたつかせる。


「く、苦しい……」


 太平の苦痛の呻き声は、勇者の耳には届いていなかった。いや届いて履いたのだろうが、まさに聞く耳を持たない状態だったのだ。


「今すぐ聖剣を返すならば、腕の一本や二本で許してやるよ」


 現職ヤクザですら心胆を寒からしめそうなドスの利いた声が、ツバのかかるくらいの近い距離で呟かれた。

 太平は混乱していた。

 そりゃそうだ、朝もはよから部屋のドアをドロップキックでぶち壊された挙句、首根っこを捕まえられて、『聖剣を返せ』ときたもんだ。常人ならば意味など理解できようはずもない。

 こんな時に戦力的に役に立ちそうなイクは外に出て行ったまま。完全に太平の命は、チェックメイト状態へと陥っていた。

 そこに現れたのは、救世主ならぬ、救世……犬!?


「まぁまぁ、勇者殿。いきなり首を絞めあげられては、自白したくても出来ないというもの。一旦下に堕ろしてあげては如何か?」


「シバさん!!」


 先ほど悪態をついて外に出て行ったシバさんが、ふらっと戻ってきては勇者の足をなだめるようにぽんぽんと肉球で叩いてみせた。

 この英雄的行動に、太平はシバさんを見直すのだが……


「あぁん! ぶっ飛ばすぞこの駄犬が!」


 との、部屋の空気を揺るがすほどの勇者の言葉に


「あ、吾輩おしっこしてこないと……。犬らしく電信柱にひっかけてこなくては……」


 と、すたこらさっさと部屋から逃げ出していくのだった。


 ――あいつ何しに来たんだ……。


 余談であるが、シバさんが部屋に戻ってきた理由は――別に無かった。なんとなく、することもないのでふらふらしていただけった。だって犬だもの。

 

「何だったんだ、あの犬は……」


 シバさんに気を取られた勇者は、自然と太平の首を締め付けていた腕の力を緩めてしまっていた。今がチャンスだと、太平はその隙を突いてフルパワーを振り絞って脱出を試みた……が、ダメだった。

 緩めた勇者のパワーは、全身全霊の力を込めた太平のパワーを余裕で上回っているのだ。

 観念した太平が取った行動は……。


「すいませんでした! 何がなにかわかりませんが、ごめんなさい!」


 と、声を振り絞って平謝りの言葉を吐いたのだった。

 

「おう! なら、さっさと俺の聖剣を返せ」


 そう言うと、勇者は太平を地面におろし、掴んでいた首元からも手を離した。

 太平はこのチャンスを狙っていたのだ。一時の恥よりも、一瞬のチャンス。この好機を利用して。部屋からの脱出を……試みようにもに、勇者に隙はまるでなかった。

 そこで、太平が取った行為は……。


「すみません。意味がわからないんです! 説明お願いたします!」


 正座をして頭を地面に押し付ける。すなわち土下座!

 一時の恥は、更なる恥を生み出しただけでしか無かった。これぞ恥の連鎖、恥スパイラルである。


「お前……男が軽々しく土下座とか……情けないとは思わねえのかよ……」


 この時の勇者は、心底から太平を哀れに思ってしまっていた。

 とは言え、流石に土下座までされては、勇者もキチンと説明するほかなく……


「はぁ……」


 と、面倒くさそうなため息をつきつつ、太平の玄関にどっかりとあぐらをかいて座ると、説明を始めるのだった。


 ※※※※


「というわけなんだよ」


「なるほど」


 勇者の説明を聞いて、正座をして背筋をぴんと伸ばした状態のままで、太平は頷いた。

 話は簡単である。

 いつもの様に、泥酔して寝ていた勇者が、朝目が覚めて、仕方なく勇者としての勤めを果たしに行くかと《ゲート》に向かい、己の身に封じてある聖剣デュランダルを呼びだそうとしたのだが、どうあっても聖剣デュランダルは出てきてくれない。これは、昨日酔っ払っている隙に誰かが聖剣を盗んだに違いない! そう考えた勇者は、真っ先に容疑者として太平を疑い、部屋にやってきたという寸法だった。

 

「このアパートで、一番金に困っているといやぁ、考えるまでもなくお前だ! だから、お前が聖剣を盗んだんだろ?」


「なるほど……じゃねえよ! どうして俺が金欲しさに聖剣を盗まなきゃいけないんだよ!」


 確かに太平は無職であり、金は喉から手が出る程に欲しいものではある。だがしかし、勇者から聖剣を盗むという、命と天秤るかけるようなハイリスクを背負ってまで、金を得ようとするような考えなどありはしなかった。


「そうだな。よくよく考えれば、お前にこの俺様から聖剣を盗むような度胸があるとは思えないわな」


「そうだ! 俺にそんな度胸があるわけ無いだろ! ホント、そこら辺わかっとけよな!」


 とんでもなく情けない事を、胸を張って言う太平だった。

 

「とするとだ……。俺の聖剣は何処に在るんだ……」


 勇者は腕を組んで、ああでもないこうでもないと、唸り始めた。

 ここで太平は思案した。

 そもそも、聖剣デュランダルとは何ぞや?

 確か、勇者が聖剣の名を呼べば出てくるものなのならば、置き忘れたとか、なくしたとか、意味が無いのではないだろうか? だって、召喚しているようなものなのだから。


「聖剣っていうのがやっぱりアレなんだよね? 選ばれた勇者だけが使えるみたいな」


「おう! 心身ともに勇者と認められたものにしか扱えないもんだぜ!」


 勇者はことさら自慢気に言ってみせる。


「とすると……」


 太平の頭にエクスクラメーションマークがピコーンと浮かび上がる。


「本当は聖剣は無くなってなんかいなくて、勇者があまりにも自堕落なのんべぇ生活を送っていたために、勇者としての資格を失ってしまったせいで、召喚できないんじゃ……」


「はァァァァァ!! 舐めんなよ! この俺様の何処が自堕落な生活を送ってるっていうんだよ! ケツの穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わすぞゴラぁ!」


 あきらかに今の言動は、勇者失格以外の何者でもなということに、勇者本人は気がついていなかった。

 そしてこの勇者の恐ろしいところは、世間一般的に比喩表現である『ケツの穴から手を突っ込んで奥歯をガタガタ言わす』ということを、現実に実行しようとしているところである。

 勇者は有無を言わさぬ勢いで太平をすっ転ばせると、ズボンの上からケツの穴を拡張しようと始めだしたのだ!!


「ひ、ひぎぃぃぃぃぃ!」


 命以上の危険を、この時の太平は感じ取っていた。

 

「だ、だから、そういう行動が、勇者らしからぬって言うんだよぉぉォォ!」


 太平は涙声になりながら叫んだのだった。

 太平のズボンがメリメリと音を立てて、避け始めかけたとき、勇者はやっと正気を取り戻してケツから手を離した。


「確かに、世間一般的な勇者は、こんなど平民のケツの穴に手を突っ込んだりはしないのかもしれねぇ……」


 勇者の身体はワナワナと震えていた。


「本当に、俺は勇者としての資格を失っちまったっていうのか……」


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