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17 静寂な朝にドロップキック。

 イクは当たり前のように、太平たいへいの部屋に居着くようになった。

 自分の部屋に戻るように太平は言ったのだが、イクは聴覚センサーを切ったかのように、聞く耳を持たなかった。安アパートの中に一人幼女がぽつんと体育座りをしている姿を想像して、そのあまりの物悲しさに、仕方なく太平はイクを部屋においてやることにするのだった。

 しかし太平の部屋には布団が一組しか無い。いくら相手が超古代兵器とはいえ、姿形は可愛らしい幼女である、一緒の布団で寝るのは何らかの倫理規定に反するのではないか? との観点からイクを布団に、太平は押入れから引っ張り出してきた毛布にくるまって眠ることになった。

 超古代兵器のイクからしてもれば、睡眠などというものは不必要なものであったので、布団などというものを使う必要はなかった。

 だが、太平の好意に甘えてみたいという、そんな感覚がイクの神経パルスの中に芽生えては、それを受け取ったのだった。


「これも太平の味がする……」


 イクは太平の使い古しの布団をペロペロと舐めてみては、安心できる味を感じ取って、布団をそのまま抱きしめた。この柔らかい感触と臭いもどこか懐かしく、イクに安らぎを与えるのだった。

 夜イクは布団の中に入ると、太平が眠るのに合わせて機能をスリープモードへと移行する。

 こんな感じで、イクと太平の奇妙な一人と一機の生活は始まっていたのだった。

 

 ※※※※



 差し込む朝日と共にチュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 湯気を立てるお味噌汁とご飯、そして焼き魚に卵焼き。

 いつもインスタント食品で済ませている太平の朝食とは雲泥の差があるものが、いま部屋のテーブルの上に所狭しと並んでいる。

 太平とイクはテーブルを囲んで座って、その朝食を眺めていた。

 そこに可愛らしいヒヨコの描かれたエプロンを身につけ、先日同様に人間の姿に变化した魔王が、お玉片手にやってきては、向かい合うように座る。


「さぁ、たぁんとめしあがれぇ〜」


 イクは目の前に並んだ食べ物を、不思議そうに眺めると、舌先でぺろりと舐めてみる。


「ケーキと違う……。幸せの味がしない……」


 焼き魚がケーキの味をしていたら、それはそれでゲテモノでしか無いのだが、超古代兵器であるイクはケーキという食べ物を至高の存在として位置づけてしまったために、それ以外の味覚に関心が薄いのである。

 それを横目で見ていた太平は、恐る恐る焼き魚に箸を向かわせる。

 太平が恐る恐る箸を向かわせるのは、魔王が扱う食材がこの世界の物ではないことを疑っているからに相違なかった。元に、太平は一度ワイバーンの炒め物を食べさせられているのである。

 対面に居る魔王がその様子をニコニコと目を細めて見守っている。

 魔王からは逃げられないように、魔王の笑顔からも逃れられない。太平は観念したかのように、箸をつけた焼き魚を口の中に放り込んだ。


「お、美味しい!?」


 太平の口から素直な感想がこぼれた。実際何の魚を使っているのか、そもそも魚なのかすらわからないが、味は特上なのである。

 

「あら、嬉しいですぅ〜」


 魔王が大きな胸の前で、小さく手を叩いて喜びを表現した。

 味の不安を払拭出来た太平は、がっつくように料理に箸を向かわせるのだった。

 イクはそれを見て、少し羨ましそうな視線をすると、次はお味噌汁をペロペロと舐めてみては……


「……」


 と、無表情になるのだった。



 ※※※※

 


「ごちそうさまでした」


 太平は箸を置き手を合わせる。隣にちょこんと座っていたイクが、太平の動きを真似をするように手を合わせた。

 ご馳走様をしたものの、イクは何ら食べてはいない。食材をペロペロしては、虚ろな目をしていただけだった。だが、太平が美味しそうに食べているのを見ていると、不思議と自分も美味しい感覚を共有しているように感じることが出来た。隣に悲しんでいる人がいれば、悲しくなってしまうように、感覚というものは伝播するのかもしれない。それが超古代兵器だとしても……。

 

「お粗末さまでしたぁ〜」


 魔王はテキパキと食器を片付けると、エプロンを外した。エプロンの下から、服の上からでもわかるたゆんたゆんと大きなお胸が顔を出す。


「……」


 イクは自分の胸をじっと見る。

 

「……」


 真っ平らな自分の胸を擦るように触ってみる。何だかわからないが、不思議と悲しい気持ちになった。


麻緒まお!」


「はぁい?」


 イクは唐突に魔王の偽名を呼ぶと、魔王の側に擦り寄っては――なんと胸を強引に揉みしだきだした!

 イクの指先のセンサーから、弾力性と柔らかさが検知される。それは超合金の上に合成皮膚をまとったイクには無い感触だった。

 

「……ずるい」


 イクは更に力を込めて、魔王のオッパイをこれでもかとばかりにこねくり回す。

 

「あんっ……。い、イクちゃん……や、やめてぇ……」


 魔王の息遣いがだんだん荒くなっていく。しかしイクはその手を止めはしない。

 

 ――眼福だ……。


 太平は鼻血を出しながら、思わず拝んでしまっていた。そして、この光景を心のキャンバスに焼き付けていただった。

 朝日差し込む部屋の中で、幼女が美女のオッパイを弄る光景。もし太平が写真家であったならば、このシャッターチャンスを絶対に逃しはしなかっただろう。

 

「うむ」


 五分ほど揉み続けたイクは、なにか一仕事やり遂げた表情をして、太平の膝の上にちょこんと座るのだった。

 魔王はといえば……。


「も、もぉぉぉぉ……」


 しなだれるように床に座り込んでは、必死に胸元を手でガードしていた。

 太平は心の中で『イク、ナイス!!』と絶賛の言葉を浴びせると、優しくイクの頭を撫でてやるのだった。


 ※※※※


「はい、後片付けも終わりましたのでぇ〜。私はそろそろお仕事に行ってきますねぇ〜」


 魔王はそう言うと、名残惜しそうにして太平の部屋の玄関へと向かう。

 

「いってらっしゃいー」


 太平は手を降る。イクは棒立ちで見ていただけだったのだが、太平に手を掴まれて強引に手を振らされる。

 その様子を見た魔王は、


「うん。お仕事頑張る元気もらっちゃいましたよぉ〜」


 と、ガッツポーズを決めてみせた。そして、魔王は太平の部屋のドアが閉まったのを見計らうと、ぼそぼそと呪文をとまえる。

 すると、魔王はいつものドクロ頭に、黒衣のローブ、死王の鎌というデフォルトの姿へと变化した。


「さぁて、お仕事、お仕事ぉ〜」


 ルンルン気分でアパートの物置小屋に向かうと、そのまま《ゲート》にスキップで入っていくのだった。

 

 

 ※※※※


「はぁ、魔王ですら働いているというのに、この糞ニートはタダ飯を食って、幼女にいたずらとは……。まさに底辺だな! あぁ、てーへんだ、てーへんだ!」


「シバさん!」


 聞き覚えのある声に太平が振り返ると、部屋の中にはいつのまにやらシバさんが居た。そして、ごく当たり前のように太平の部屋のゲーム機を起動させて、先日セーブした地点からやり直していた。

 これが太平のごく当たり前の朝の日常になっていこうとは、この時の太平は知る由もなかった。



 ※※※※

 

 数日後……。


「それじゃ、行ってきますねぇ〜」


 いつもの様に、太平の部屋で朝ご飯の支度をして、イクとの楽しい時間を過ごした魔王は、仕事に向かう。そして、これまたいつもの様に、太平とイクは魔王のお見送りをする。

 そこまではいつもと一緒だった。

 見送りを終えた太平は、いい加減に職を見つけなければと、ノートパソコンで就職サイトをチェックする。イクはそれを横で見ていたのだが、すぐに飽きてしまうと、ぴゅーんと部屋を飛び出していってしまった。

 

「はいはい、こうやって就職サイトをチェックしていれば、就活をしている気になっているニート乙!」


 そう言って、いつもの様にいつの間にか部屋にいるシバさんは、太平の肩をポンポンと叩くのだった。

 太平の額に青筋が浮かび上がる。が、悲しい事にシバさんの言葉は的を得てしまっているだけに、良い返す言葉すら出てこなかった。


「うむ。吾輩もニートを見つめているほど暇ではないのでな。よし、外を元気に駆け回ってくるか!」


 そう言って、シバさんは部屋を出て行った。


「保健所に捕まればいいのに……」


 太平は呪詛の言葉を吐きながらも、就職サイトを眺め続けるのだった。

 しばし、静寂に包まれた一人の時間が流れる。

 一人故に、太平はついつい就職サイトから、エロサイトへと見るサイトをシフトしつつあったその時である。


「オラァァァァ!! てめぇ! 俺の聖剣デュランダルどこにやりやがったぁぁ!!」


 その静寂をぶち壊したのは、怒号とともに部屋のドアをぶち破る勇者のドロップキックだった。

 


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