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16 ペロペロペロ。

「わ、わおぉぉ−−ん!」


 シバさんは鳴いた、いや泣いた。

 人間の歳に換算すれば、中年に達しているというのに、魔法少女のプリントされた幼女パンツを履かされてしまったのだ。人間の中年男性が、無理やり幼女パンツを履かされているシーンを想像してみれば、それがどれだけキツイか安易に想像がつくことだろう。


「うむ、これで大丈夫だ。もう魔物に襲われなくて済むぞ」


 一仕事終えたイクは満足そうだった。

 

「た、太平……吾輩なにか大切なモノを失ってしまった気分なのだが……」


 シバさんはよろめきながら、太平に助けを求めるようによりすがる。


「安心しろ、お前に大切なモノなんて元から無いから!!」


 何一つ励ましにもなっていない太平の言葉が、さらに追い打ちをかけてシバさんを撃沈させた。

 

「さぁさぁ、そんなことよりも、折角ケーキを買ってきたんですから、皆で食べましょう。そしてその後は……うふふふふ、お楽しみのイクちゃんファッションショーですよぉ〜」


 魔王の言葉を聞いて、今度はイクが太平に助けを求めるような表情を投げかける。

 そんなことは関係なく、魔王は太平のキッチンから勝手にお皿を取り出すと、テキパキとケーキをテーブルの上に並べ始めた。

 丸いテーブルを囲んで、三人と一匹、いやさ正確に言えば、一人と、魔王と、幼女型超古代兵器と、一匹が座った。

 イクの前には、いちごショートケーキが、太平の前にはチョコレートケーキが、魔王の前にはモンブランが、シバさんの前にはケーキが入っていた空箱が、それぞれ置かれていた。

 

「それでは、いただきまぁ〜す」


 魔王がいただきますの掛け声をかけ、皆はフォークを掴んでケーキを食べようとした刹那。


「ちょっと待ったァァァッ!」


 シバさんからのちょっと待ったコールで、皆の手が止まった。


「おかしいよね? これ確実におかしいよね? 吾輩のところに置かれているのは、食べ物じゃないよね? もしかすると、吾輩の勘違いで、一見ケーキが入っていた空箱のように見えるけれど、そう言う形のケーキ? ってこともあるかもしれないけれど……」


 と言いながら、シバさんはその空箱を一口噛んで見る。


「うん。これ確実に紙だよね? 紙は食べられないよね? どういう事か、我輩に説明してもらいたいっ!!」


 シバさんは、ドン! と力強くテーブルに肉球を叩きつけた。

 

「いやいや、シバさんの分を忘れてたわけじゃないんだよ(完全に忘れてました)」


「そ、そうですよぉ〜。それに、犬はケーキとか食べると身体に良くないって言いますし〜(完全に忘れてましたぁ〜)」


「安心しろ、わたしもケーキは食べられない(犬? そんなものも居たな)」


 意見は色々あれど、皆は完全にシバさんのことを忘れて買い物をしていたのだった。

 まぁシバさんの方も、太平の部屋を荒らしまくっていたのだから、偉そうなことを言う資格などまるで無いのだが……。

 

「そうか、イクはケーキが食べられないのならば、その分を我輩がいただけばいいだけなのだな!」


 シバさんはイクの前に置かれていたいちごショートケーキを、自分の前に移動させようとして……


「ダメ」


 と、簡潔にイクにたしなめられたのだが、そんな事を無視して自分のところにケーキを移動させる。それを見たイクの目が、異様な輝きを放つ。その直後……


「キャンッッ!!」


 シバさんは悲鳴を上げて部屋中を飛び跳ねまわる羽目になるのだった。イクの目から微小のレーザー光線が照射され、シバさんの手を焼いたのだ。

 軽い火傷を負ったシバさんは、ふぅ~ふぅ~と、自分の手に息を吹きかけて冷ますのだった。


「なんでだ! さっきから我輩踏んだり蹴ったりではないか! イク! お前食べられないんだったら、ケーキなんて意味無いではないか!」


「確かにわたしはケーキを食べられない、けれど味わうことができないとは言っていない」


「ど、どういうことだ?」


 シバさんの頭の上に、クエスチョンマークが浮かび上がる。


「体内に異物を入れることは、わたしの機能に障害を発生させる要因になる。けれど、私の舌には、味覚を感じるセンサーが内蔵されている」


 イクの言っている意味が、太平には理解できなかった。食べられないが、味わうことが出来る。つまりどういうことなのか?


「簡単に説明するとこう」


 イクは隣りに座っていた太平の膝の上に、子猫のようにちょこんと座ると、ゆっくりと顔を近づけた。


「お、おいおいおいおいおい」


 太平は大いに狼狽してみせるが、イクはそんなことお構いなしに、更に顔を接近させ続け、遂には……。


「ぺろぺろぺろぺろ」


 太平のほっぺたを舐めだしてしまったのだ!!

 

「な、何するのぉォォォン!」


 幼女に頬を舐められた太平のテンションは、メーターを振りきって最高地点にまで達しようとしていた。いま太平の奥底に眠っていた、ロリコンの熱い血潮がムクムクと目覚めようとしてしまっているのである。太平の頬は湿り気を帯び、さらには吐息のようなものが頬に当たっては、更に興奮を掻き立てるのだった。

 太平は心の中で何度も呪文のように……


 ――違う違う、イクはロボだから、イクはロボだから……。興奮したりしない、しないんだからなァァァッ!!


 イクは人間ではない。すなわち幼女でもない。だから、俺はロリコンじゃない。そんな方程式を頭の中で完成させては、目覚めかけているロリコンをたぎる血潮を抑えこむのだった。


「イクちゃんってば、大胆……」


 魔王は少し羨ましそうにしては、頬に手を当てて、興奮のあまり赤くなってしまった自分の頬を隠すのだった。

 そんな最中、一人、いやさ一匹、冷静に状況を判断するものが居た。

 シバさんその犬である。

 

「なるほど。胃の中に入れることは出来なくても、舌先だけで感じることは出来るということか……」


 犬であるシバさんが、一番最初にイクの言葉の意味を理解したようだった。

 

「うむ。太平のほっぺたは塩味がする。それと何だか、懐かしい味がするような気がする……」


 イクは太平の頬を舐め続けながら、何か遙か遠い昔を懐かしむような目をしてみせた。


「も、もういい! わかったから! ペロペロするなら、俺じゃなくケーキをしなさい!!」


「うん。わかった」


 イクは太平の膝の上から降りると、自分のケーキの前に座り、ケーキの生クリームをペロペロペロと舐めだすのだった。


「甘い……。きっとこれは、幸せになれる味に違いない……」


 イクは目を細めて、ウットリとした恍惚の表情を浮かべた。

 こんなところは人間のようにできているのだなぁ、と太平は感心するのだったが、それならばもっと人間の女の子としての羞恥心もプログラムしておけよ! と心の中でツッコミを入れるのだった。

  

「わっはっはっは! ペロペロ舐めるなど、まるで犬のようだな!」


 前屈みになりながらケーキを舐めるイクの姿を見て、シバさんは腹を抱えて笑っていた。


「いやいや、お前が言うなよ!」


「兎に角、皆でケーキを頂いちゃいましょ〜」


 魔王はモンブランのケーキを口に頬張る。それにつられるように、太平もチョコレートケーキを口に運ぶ。そして、シバさんは……。


「……」


 一人隅っこに行っては、先ほどクソゲーだと投げ出したゲームの続きを黙々とやり続けるのだった。

 


 ※※※※


「さぁて、ケーキを食べ終わったことですし〜」


 魔王はケーキの置かれていた皿を片付けると、遂にこの時間がやって来ましたとばかりに、パンパンパンと手をリズミカルに叩き鳴らした。


「いや、吾輩は食べていないんだがな」


「わたしは舐めていただけ……」


 一匹と一機の冷静なツッコミを受け、魔王はすこしばかり勢いをはぐらかされてしまったが、それでも負けじと、


「こ、コホン。まぁ色々終わったことですし〜。これからお待ちかねのイクちゃんのファッションショーですよぉ〜」


 と、買い物袋の中から、大量の子供服を取り出しては、ズラーっと並べてみせたのだった。

 その瞬間、イクの表情が死刑台に向かわされる死刑囚のように、ズシーンと重いものに変わる

 

「さぁさぁさぁ、テンション上がってきましたよぉォォ!」


 魔王の声は甲高くなり、息遣いもハァハァハァと、変態オヤジのように荒々しい物へと変わっていった。もしかすると、一番のロリコンは魔王なのかもしれない……。

 イクが助けを求めて、太平の元へとかけ出したその刹那。


「うるせぇぇんだよぉぉぉ!」

 

 と、太平の部屋のドアを蹴り破って現れたのは……一升瓶を片手に持った勇者だった。


「こちとら、今日は勇者業が休みだからってんで、昼まっから酒かっくらって良い気分だったってのに、五月蝿くてやってらんねぇんだよクソがぁ!」


 酔っぱらいの言動というものは、得てして自分本位のものであり意味など通らないものである。実際、先ほど魔王の上げた声よりも、今の泥酔勇者の声のほうが数倍五月蝿かった。

 

「ん? なんだぁこのチミっ子は?」


 勇者は太平の影に隠れている幼女を見て、自然と睨みつけてしまっていた。酔っているとはいえ、幼女にガンを飛ばす勇者……まさに最低である。

 

「これか? これがパンツを履かないと襲ってくるという魔物の一種なのか?」


 確かに、イクはまだパンツを履いていなかった。だから、突如として現れた泥酔したヤンキーのような勇者を魔物と認識したとしても、それは仕方がないことだと言えよう。

 

「はぁぁ? よりにもよって、この勇者様を、魔物扱いだとぉ〜? どこのチミっ子かしらねぇけど、しつけができてねぇんじゃねえのかぁ!」


 勇者はそう言って、イクの額にデコピンをかました。


「……。その行動を敵対行動とみなす。イージスシステム発動……」


 イクの言葉は冷淡であり、まさに機械的であった。そして言葉を言い終えたあと、イクから表情が完全に消え失せ、兵器としてのそれになる。


「何言ってんだこのチミっ子はァ?」


 その瞬間、部屋のドアとともに勇者の身体が吹き飛んだ。

 よく見ると、イクの両腕がなくなっている。

 そう、これぞ《ロケットパンチ》往年のロボットアニメでは基本中の基本の技である。

 イクの両腕は、勇者の土手っ腹に突き刺さっていた。通常の人間であるならば、腹を突き破られていたところだが、そこは流石勇者の身体能力と褒めるべきところである。

 

「あぁ……どうしよこれ……」


 太平は困り顔で後ろ頭を書いた。

 どうしようには、二つの意味が込められていた。

 一つは、壊れたドアをどうしよう。

 もう一つは、勇者が目を覚ました時、言い訳をどうしよう。

 この二つである。

 とは言え、いつも被害を被らされている勇者が馬鹿面でのびているのを見るのは、とても痛快であったので、取り敢えずイクの頭を優しくなでておいた。


「なんだ。パンツを履かないと襲ってくる魔物は、それほど強くないじゃないか。それじゃあ、パンツを履かなくてもいいな?」


 イクは了解を求めるように、太平に視線を向ける。


「それはダメェェェェ!」


 こうして、イクと太平の出会った初日は幕を閉じるのだった。

 

 

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