どんな王女の魔法修行・2
お待たせしてすみませーんっ(大汗)
エピソードタイトルを変更しました。内容に変更はありません。
マゼンタ領にある、王立魔法研究所。
そこは、ナナリィゼ・シャルにとってそれほど居心地が悪い場所ではなかった。
他国の王女様だから、あるいは魔法力が多いからといって、必要以上に警戒されたり恐れられたり、それから監視されたり付き纏われたりすることがない。
監視くらいはされるだろうと思っていたサヴィアの者たちは、拍子抜けである。
あまりに何もないので、所長であるラディアル・ガイルが事前に何か言い含めていたのかと思ったが、それもないらしい。
「仮に所長が何か言ったとしても、何でも無条件で素直に従う奴はあまりいないわよ。ここはそんな厳しい組織じゃないから」
そもそもちゃんと聞いているかどうかも怪しい、とはシェーナ・メイズの言葉である。
王都から遠く、ラディアルが自分に―――“最上級魔法使い”に媚びへつらうような人間を苦手としていることもあり、研究所の上下関係は緩い。
そしてまとまりも、ない。
研究に没頭して他のことがどうでもよくなる者が、非常に多いからだ。
「自分たちの研究生活が脅かされるような事態にでもなれば、一致団結するくらいは出来るかもしれないけど」
「ああーそんな感じですよねー」
木乃香が苦笑する。
王国の危機ではなく研究生活継続の危機というところが、ここの研究所らしい。
まあ、それはともかく。
それで、ナナリィゼが放置されていたかというとそうでもない。
シルベル領からの付き合いである木乃香たちは変わらず気にかけてくれるし、彼らに紹介された“魔法使い”たちとも親しくなれた。
彼らは自身の魔法力の扱いに苦労している彼女の相談に乗ってくれ、助言もしてくれる。
ここでのナナリィゼの扱いは、たぶん同年代のクセナ・リアンと同じ。
つまり王女様でもお客様でもなく、魔法に興味があって勉強するためにやってきた近所の子供と一緒、なのだ。
厨房のゼルマおばさんなどからは、もっと小さな子供だと思われているふしもある。
手のひらにぽんとお菓子を乗せて「良い子だねえ。頑張ってるご褒美だよ」と頭を撫でられる流れは、(見た目)幼子の一郎とまるっきり同じである。
「子供扱いが嫌なら嫌って言わないとダメだぞ」
とクセナが呆れたように助言をくれたが、ふっくらした温かい手で頭を撫でられるのは別に嫌ではない。
それにおばさんの作るサヴィアの郷土料理や手作りお菓子は、おばさんの手のように優しくて、そして美味しいのだ。
サヴィア王国の王女ではあるが、戦場かそれに近い場所にいることが多かった彼女の口に甘いお菓子が入る機会は、少なかった。
とはいえ出なかったわけではないし、むしろもっと高級で手間のかかったものだって食べていたとは思う。
が、彼女はあまりそれらを覚えていないし、美味しいとも感じていなかった。
甘い物だけではない。口に入るもの全ての味がひどくぼやけていて、どうにも思い出せない。
それは、遠征中は携帯食や軍隊食が多かったからとか、ここの食堂の料理が美味しいからとか、味付けが好みに合うとか。それもあるのだろうが。
おそらく、そんな理由だけではないのだろう。
☆ ☆ ☆
と。そんなこんなで。
思った以上に早く馴染んだナナリィゼ・シャル王女が次に誘われたのは、研究所の外。
同年代で友達でもある、クセナ・リアンの住む集落だった。
「リアンくんの弟くんたちと妹ちゃんがすごく元気で可愛くてねー」
「元気すぎて怒られまくってるけどな」
木乃香の説明に、クセナも肩をすくめながら付け足している。
面倒見の良い彼のことだ。きっと弟妹たちにとっても良い兄なのだろう。
「わたしとうちの使役魔獣たちもお世話になってるんだよ」
「なってる」
「ぴぴぃ」
召喚主の言葉に、一郎が頷く。続けて外套のフードに収まっていた小鳥が、相槌を打つように鳴いた。
「イチローたちを連れてくるって言ったら、大騒ぎだったぞあいつら」
「きゅあっ」
新しいお客様を連れて行くからか、クセナの使役魔獣ルビィの鳴き声もちょっと高めである。
「きゅう」
ナナリィゼの肩に乗っているハムスターも「だから大丈夫なんだよ」と言っているようだ。
本日、彼らについてきた木乃香の使役魔獣は、一郎と三郎、そして五郎の三体だけである。二郎と四郎は、研究所でお留守番だ。
最初こそ全部が全部、木乃香かナナリィゼにぴっとりとくっついていた使役魔獣たちだったが、この頃は全員揃って移動することのほうが少なくなってきた。
そしてこれが“いつも通り”なのだとナナリィゼが知ったのは、つい最近のことだ。
「かさばるからねー」
そう木乃香が苦笑していたが、たぶんこれまではナナリィゼが落ち着くまで、ここに慣れるまではと、気を遣ってくれていたのだろう。
ナナリィゼは正直なところ、研究所の外に出ることや見知らぬ人に会うことは、まだ気が進まない。
しかし彼らがナナリィゼの事を思って外に連れ出そうとしていることは分かっていたから、彼女は頷いたのだ。
☆ ☆ ☆
ぽかーん。
そんな効果音が聞こえてきそうなほど、見事にぱかんと開いた口がみっつ。そしてその口の持ち主である子供が三人、ナナリィゼの前に立っていた。
ナニコレ? ダレコレ?
声に出さなくても、ぱちぱちと瞬きする赤茶色の瞳たちがうるさいほどに語っている。
こんなに無遠慮かつ真っ向からじーっと見つめられる経験は、持って生まれた身分と能力のおかげであまりない。
かといってそれほど嫌だとも思わない、とても無邪気で素直な子供の視線であった。
そう、嫌ではない。
が、どう反応して良いかはわからない。
「……おねえちゃんの、しえきまじゅう?」
いちばん小さな口からこんな言葉がぽつんと漏れてくれば、なおさらだ。
ナナリィゼの隣にいた木乃香が「うーん」と小さく呻いた。
見たことがない、知らない生き物を見かけたら。
それは、まず間違いなく荒野から出てきた魔獣か、魔法研究所から出てきた使役魔獣である、というのがこのあたりの常識だ。
そしてここ。クセナ・リアンとその家族が住んでいる集落では。
大事な家畜を襲い畑を荒らしに来るのが魔獣。害がない、なんなら魔獣の被害から守ってくれるのが使役魔獣、という認識だ。
ラディアル・ガイルが所長に就いてからはとくに、研究所の“魔法使い”たちは魔法の“実験”あるいは“力試し”という名目で、荒野から出てくる魔獣の駆除と周辺の治安維持を積極的に請け負ってくれている。
とくに彼らが召喚術によって喚び出した使役魔獣たちは、なんだか最近とくに強くなり、さらにどこぞの“流れ者”の使役魔獣たちのように礼儀正しく機転がきくようにもなってきたので、集落でも頼りにしているのだ。
そんなわけで、ほかの地域よりは使役魔獣に対する不安や嫌悪は少ないのだが。
ナナリィゼを見て「しえきまじゅう」と口にしたのは、ルルシャ。
この末っ子の女の子は、兄クセナの使役魔獣であるルビィともとくに仲良しだ。
使役魔獣というより、もうひとり兄がいるくらいの感覚かもしれない。ちなみに木乃香の使役魔獣である一郎は弟枠である。
だから使役魔獣に馴染みがあるといえばそうなのだが。
「ルルちゃんの口から最初に出てくるのが“しえきまじゅう”かあ……」
ナナリィゼは、ちょっと簡単にお目にかかれないくらいの美少女である。
ほんとうに自分と同じ人間かなと首を傾げてしまうのもまあ、分からないではない。
「あれくらいの女の子だったら、そこは“おひめさま”とかじゃないのかなあ」
木乃香の呟きに、クセナが突っ込んだ。
「この国、お姫様なんていないじゃん」
「……そうだった」
この国に居るのは中年おやじの国王様だけだ。
いちばん強い魔法使いが王になるこの国は、必ずしも王の子供が次の国王になるわけではない。仮に国王か、次期国王かその側近たちにあたる“王族”に娘がいたとしても、そもそも王女とか姫といった敬称はあまり使わないのだ。無いわけではないが。
大人なら“お姫様”という単語くらいはいちおう知っている。
しかし、きれいな女の子を前にしてとっさに出てくるほどの馴染みはない。そういうことらしい。
もともと、余所の国の王女様どころか自分の国の王様だって見たことがない者ばかりだ。
わりと身近なところにラディアル・ガイルという“王族”はいるが、アレを基準にしてはいけないことは、なんとなく皆わかっている。
日頃から何かと頼りにしているし、頼りになるお方ではあるのだが。
兄弟の母親であるカヤも、最初は異国の王女様という肩書きにびっくりしていた。
しかし態度がぎこちなかったのは、最初だけだった。
木乃香や子供たちがあまりに普通に接していて、王女もそれを許すどころか嬉しそうに顔をほころばせて一緒に遊んでいるのだ。
彼女もナナリィゼを“子供たちのお友達”として、近所の子供たちと特別変わらない扱いをすることにしたらしかった。
「ひめさまおねえちゃんー、こっち。お花見せてあげる。ルルが育てたのよ」
なんの変哲もない田舎の農村だが、サヴィア王国の王女様には新鮮だったらしい。他愛のないことで驚き、興味津々で辺りを見回すナナリィゼの手を、ルルシャが引っ張る。
上に兄ばっかりの末っ子は、きれいなお姉さんが来てくれた事に大喜びのようだ。
ちなみに兄たちがナナリィゼを「姫様」と呼ぶのは、そういう名前か愛称だと思っているようだった。
最初は緊張していたナナリィゼのほうも、ためらうことなく手を握り、得意げに花の名前を教えてくれる小さな女の子の様子に、すぐに肩の力が抜けた。
となりでほわほわと笑ってうんうんと頷く聞き上手の一郎をこっそり見習っていたのは、内緒だ。
そして、双子の弟たちトレクとルヤンはというと。
「なあなあ。あれ、甘いやつだろ?」
「何に使うんだ? お菓子? くれるの?」
持ってきた砂糖の小袋を目ざとく見つけて、兄たちを質問攻めである。
このあたりで甘味といえば育てている果物が主で、あとは蜂蜜くらいだ。砂糖はほとんど出回っていない。
あったとしても高価でなかなか手に入らない食材なのだが、以前に魔法研究所の厨房担当ゼルマが作ったクッキーを食べたことがある子供たちは、砂糖を使った食べ物の美味しさを知ってしまっている。
持ってきたのは、白砂糖。
褐色をした普通の砂糖よりもさらに希少価値が高いそれを子供たちが見たことはないのだが、香りでこれは甘いモノだと勘付いたらしい。
これはナナリィゼ王女がお世話になるので、とサヴィアから頂いたものの一部だ。
つまり、タダで手に入れたものである。もといた世界ではむしろ一般的だった白砂糖を使うことに、木乃香がためらうことはない。
「これでおやつを作るんだよー」
「お前ら、うちの果物をいくつか取ってこい。母さんに言ってからだぞ」
「やった!」
「まかせろーっ」
兄たちの言葉を聞いた双子はぱあっと顔を輝かせ、我先にと母親のもとに走っていった。
そうして彼らが持ってきた果物は、リンゴである。
木乃香がもといた世界では、リンゴはもっと寒い地方でできる果物だったような気がする。
しかし名前は“リンゴ”だし、大きさは小ぶりだが姿形といい、味といい、リンゴそのものだ。しかも採れたてなので、新鮮で瑞々しい。
このおやつを作ろうと思ったのは、このリンゴを見て思い出したからでもあった。
はいどうぞ、と木乃香が渡したのは、手の平ぐらいの大きさの小さな鍋とフライパンである。
渡されたクセナ・リアンとナナリィゼ王女はきょとんとしている。
「なにこれ」
「お鍋とフライパンでーす!」
「それは分かってんだけど。もしかして作るの、おれ? 姫様も?」
「火属性の魔法が使える人、ですね!」
「ぴっぴぃ」
自分も小さな鍋を掲げる木乃香の頭の上で、火の特性持ちである三郎が小さくふわふわした胸を張ってみせた。
ちなみに鍋とフライパンがあるのは、厨房から借りられる小さな鍋の数が少なかったからだ。
クセナは自分の持たされた鍋を眺め、木乃香と三郎を見、呆れたようなため息をつく。
「火魔法って、ああ……おれら、火種ってことか?」
「えっ」
クセナの呟きに、ナナリィゼも思わずといった風で声を上げた。
自分も火魔法を使わなければいけないらしい事に、心の底から驚いたようだ。
「火を付けるだけじゃなくて、同じくらいの大きさの火でしばらく鍋を温めて欲しいの。魔法の練習にもなるんじゃないかなあと思うんだけど」
「かまど係か」
呆れたような視線と不安げな視線には気付かない風を装って、木乃香は自分の小鍋に白砂糖と水を入れた。
「作り方は単純だよ。これを熱していきます。みっちゃん、お願い」
「ぴっぴっぴっ」
頭の上にちょこんと乗った黄色い小鳥が囀ると、鍋の底の部分にぽんぽんぽんと小さな炎が現われる。コンロでいうところの中火くらいだ。
「強すぎると焦げるし、弱くても時間がかかるから。様子を見ながら火の調節をしてね」
「ぴっぴぃ」
三郎は楽しげに、そして少し得意げに歌っている。
頭のうえでぱさぱさと小さく羽ばたきをする様子に、子供たちの視線が集まった。
「砂糖が溶けて透明になってきて……ふつふつとしてきたら……はい、このくらいで火を止めて」
「ぴいっ」
鍋の中のとろりとした砂糖液―――飴の中に、串に刺してあったリンゴをくぐらせる。
さらにスプーンで回しかけ、まんべんなく液がついたところで別の皿にそれを置いた。
「りんご、つやつや」
「いいにおいだなー」
ただようリンゴの甘酸っぱい香りと砂糖の濃厚な甘いそれに、子供たちがごくりと喉を鳴らす。
「固まったら、りんご飴の完成でーす!」
「ぴいぴっ」
「……りんご、あめ?」
「あとで、食べやすいように切ってあげるからねー」
「きゅあうー」
小さな子供たちは、飴をまとったリンゴをきらきらとした目で眺めている。ときどき、待ちきれないとばかりに触ろうとしては赤いドラゴン(ルビィ)に止められていた。
火力が強すぎるこの使役魔獣は、今回は飴を作る側ではなく子供たちの見張り役である。
「おねえちゃん、いまたべちゃだめなの?」
「飴が固まるまで待ってね。うーん……しろちゃんがいればすぐに冷やせたんだけどなあ」
氷の特性持ちである白猫は、本日はお留守番だ。
部屋の日当たりの良い窓辺で、猫じゃらしのような尻尾を「いってらっしゃーい」とばかりにふよふよと揺らしながら、木乃香たちを見送っていた。
気が向けば言われなくても付いてくる子猫だが、今回はまったく動く気はない様子だった。
ついでに言うと、黒い子犬も研究所に残っている。魔法探知の特殊能力を買われて、本日はシェーナ・メイズの研究のお手伝いだ。
「あー、なるほどな」
試しになにも入れていない鍋に手のひらで出した炎を当ててみながら、クセナが頷いた。
このおやつ作りは、砂糖を溶かすだけ。たしかに工程は単純だ。
しかし細かい制御や操作技術が必要でもある。火魔法を一定の時間、一定の火力で出し続けるのは、けっこう大変なのだ。
昨今のフローライドでは、多少コントロールが悪かろうと的が外れようと、魔法の威力が強ければそれで良し、という考えの“魔法使い”が多い。
だから、こんな練習方法はクセナも聞いたことがなかった。
しかしこのリンゴ飴作りは面白いなあと思う。
材料の砂糖が高いし手に入りにくいのが難点だが、成功すれば美味しいおやつが食べられるのだ。子供たちは大喜びだし、自分のところの果物を使うせいか、母親のカヤだって興味津々だ。
木乃香は魔法研究所の研究員ではないし、クセナとナナリィゼの指導係でもない。
が、ときどき研究所の人々が思いもよらない視点から物事を捉えていたり、今のようにちょっと風変わりなことを考えついたりするのだ。
そんな木乃香に影響されているのか、初めての長旅を経験し何か思うことがあったのか。クセナはこの練習に抵抗を感じなかった。
「あ、しまった」
一足先に挑戦していたクセナが、慌てて火を消して自分の鍋をのぞき込んだ。
鍋の中身は焦げ茶色。食べられないほど焦げているわけではないが、りんご飴に使うには少々色が濃すぎるし、ちょっと苦みがあるかもしれない。
「色がつき始めたら、すぐに色が濃くなって焦げてくるから気をつけてね」
「うーん、思ったより難しいな」
クセナが唸る。
「大丈夫。これくらいなら、カラメルソースにできるよ」
パンケーキとかにかけたら美味しいよ、と木乃香が言うと、子供たちがわっと歓声をあげた。
「兄ちゃん! ソース! からめるソース作って!」
「それは失敗しろって言ってんのか……?」
器用なクセナは、すぐにコツをつかみそうだった。
それで。問題は、ナナリィゼ王女である。
クセナがふたたび砂糖に手を伸ばす横で、彼女はまだフライパンを握りしめて固まったままだった。
ここへ来てから、ナナリィゼだってそれなりに成長はしている。
魔法を使う時の力加減が分かってきたし、恐怖や苦手意識も和らいでいる。ひとたび魔法力が暴走すると大変だが、暴走前に自力で抑えられるようにもなってきた。
ただ、その練習方法は、誰もいない荒野でひたすら魔法をぶっ放すというものだ。繰り返すことで魔法を使う感覚に慣れ、扱い方を覚えるという非常に単純かつ豪快な、この辺りでしか出来ないやり方でもある。
それがこんなに突然、こんな民家の軒先で、こんな小さなフライパン相手に燃やさず焦がさず炎を制御し続けろと言われたのだ。
ちょっと、いやかなり難しい。
というより無理。いきなり難易度が高すぎる。
ちなみにナナリィゼだけフライパンなのは、借りられる小鍋の数が単純に足りなかったから。
それから鍋よりも一度に溶かせる砂糖が少ないので、彼女は気楽で使いやすいのではないかと思ったからだ。
「……きゅう」
ふるふると震えている王女の肩の上で、気遣わしげに五郎が鳴く。
「ぴっぴぃ!」
「だいじょうぶ」
銀色の頭の上に止まった三郎も、フライパンを持つ手にそっと小さな手を添えた一郎も、彼女を元気づけているようだ。
それでも、ナナリィゼの眉尻はしゅんと下がったままだ。
まあ、戸惑うだろうなあ、とは木乃香も予想していた。
膨大な魔法力を使って砦を破壊したこともあるナナリィゼだが、細かい調整を苦手としていることはよく知っている。
魔法を使って砂糖を溶かすどころか、フライパンを持ったことすらないだろう。王女である彼女にそれを頼むような人間がいるとも思えない。
それでも。
「ナナさん。失敗したっていいんだよ」
出来ないなら、出来ないで良いのだ。
だってこれは練習である。
木乃香だって使役魔獣がいるから上手く出来るだけで、かまどの火を使うと失敗することだってある。
「砂糖は多めに持ってきたし」
白砂糖は高級品だが、うちの王女様をよろしくお願いしますとサヴィアからタダでもらった品である。
ましてナナリィゼが使うことに、誰にも文句は言わせない。
「危なくなったら、ごろちゃんが抑えてくれるし」
「きぅ」
「火の調節ならみっちゃんも助けてくれるし」
「ぴぴぃ」
「きゅああっ」
「ルビィも応援するってさ。なあ、おれの応援は?」
「くるるぅ」
クセナが苦笑いする。
赤いドラゴンが、ホコリが舞わない程度にふるふると尻尾を揺らした。
背中に乗せて飛んでもらえるくらいに仲良くなった使役魔獣とその召喚主のやりとりに、ナナリィゼの強張った表情が少し緩む。
「ひめさまおねーちゃん、がんばって!」
「兄ちゃんがんばれ! ねーちゃんもがんばれ!」
「おやつ! おやつ!」
「がんばってー」
クセナの弟妹たちと、それから一郎も、ルビィと一緒になって応援しはじめた。
「大丈夫だからね。最初は、一緒にやってみよう」
ナナリィゼは、そろりと木乃香を見上げる。
その優しい笑顔に、出会ってから何度も何度も思った疑問が頭に浮かぶ。
どうしてこの人はこんなに近い距離で、のんびりと笑っていられるのだろう。
ナナリィゼ・シャルが、魔法を使うというのに。
失敗したくない。優しいこの人たちに迷惑なんてかけたくない。嫌われたくない。そう思えば思うだけ、さらに身体はすくんでしまう。
いつもそうなのだ。
最近は落ち着いてきた身の内の魔法力が、そろりと不安げに、不穏に波打つのを感じる。
……できる気がしない。
けれども。
―――大丈夫だからね。
彼女のこの言葉が、するりと胸にしみこんでくる。
いままで彼女が大丈夫だと言えば、大丈夫じゃなかった事はないから。
それに、ちょっと失敗したくらいで、この人たちは嫌ったりしない。
それを、ナナリィゼはもう知っているのだ。
「……やってみる」
やがて。
フライパンの持ち手をきゅっと握り直し、彼女はこくりと小さく頷いた。
ちなみに、その日の成果だが。
持ち込んだ砂糖のうち、約半分は黒焦げ。さらに約半分がほろ苦いカラメルソースに変わったが、子供たちが満足するくらいの数はリンゴ飴を作ることができた。
その中でナナリィゼが上手に作ることができた飴は、たった一回だけ。
しかし、最年少のルルシャから「いちばんつやつやで形がきれい」と忖度なしの評価をもらい、彼女はその日いちばんの笑顔でりんご飴を一緒に食べたのだった。
次話から、王都に戻る予定です。




