そんな王国のお城の中・3
更新が遅くて申し訳ありません。
「ばかな……」
本日何度目かの「馬鹿な」の後、襲撃者たちは途方に暮れたようだった。
「……まさか全てを、解読したというのか」
謁見の間に施された魔法の仕掛けは、その属性や種類も、製作した人物も年代でさえもバラバラで、雑然とそこに重なっている代物である。
まるで絡まりに絡まった糸のように難解なそれらを傷つけることなく全て解こうとすれば、途方もない時間と手間と魔法力がかかると言われていた。
そして積極的に調べようとする国王もまた、いなかった。
興味本位で手を出せるような代物ではないのだ。
調べる過程であまり多くの魔法使いに知られては、そもそも仕掛けの意味がない。身に着けていた武器や鎧を敵にどうぞどうぞと渡すようなものだ。
しかも下手に仕掛けをいじれば、最悪詰め込まれたありとあらゆる魔法が暴走し、城が消滅してしまう。それくらいの強力な魔法も、組み込まれている。
そんなわけで、まあ国王自身は操ることができるのだからとくに問題はないだろう、と無責任と思わなくもない対応をされ続けて来たのが、この謁見の間の仕掛け魔法だった。
全ての仕掛けをまとめる役割を果たしていた唯一無二の玉座を解体したということは、つまりその危険で無駄で途方もない作業を成し遂げたということではないのか。
それも、驚愕の短期間で。
「いや? 全然まったく」
呆然となる魔法使いたちに向かって、ラディアルは適当に手をひらひらと振った。
小馬鹿にしたような態度は、もちろんわざとである。
「解けてねえよ。できるわけないだろうが。人の話はちゃんと聞け」
無理だろうけどな、とラディアルも、木乃香ですらも思った。
もともと、人の話にちゃんと聞く耳を持つ大らかな人々ではないのだ。
まだ幼い子供ならともかく、いい年したオジサン連中相手では諭し甲斐もない。
「凍結した、と言っただろう。お前らが使おうとした仕掛けは、変わらずそこにある。お前らだって、あるのが分かるから動かそうと必死になってたんだろう。ただ、動かないだけだ」
「とうけつ?」
「う、動かない?」
覚えたての単語のようにただ繰り返す魔法使いたちを、ラディアル・ガイルは木彫の玉座から睥睨した。
そして、魔王の笑みで口元をゆるりとゆがめる。
「それでな。ここからが大事なんだが。凍結は、解凍できるんだ。………なあシロ」
にあー、と彼の足元から小さな鳴き声が聞こえた。
同時に、ぱきん、とどこかで何かが壊れるような、あるいは薄氷が割れるような音が響く。
どういうことだ、と襲撃者たちは聞き返そうとした。
しかしそれよりも早く、とつぜん床が格子状に青白く光り出す。
彼らが撫でても叩いてもまるで反応しなかった仕掛け付きの大理石の床が、である。
あっという間に光は床から浮き上がり、さらに盛り上がり、ぐにゃりと歪み、そして縮む。
気が付けば、謁見の間の中央、ちょうど大きく床がえぐれていたあたりに、襲撃者たちだけが青白い網に囚われ、まとめられていた。
まるで投網に引っかかった魚のようだ。とっさに何が起きたのかわからない彼らは、とにかく逃れようと光の拘束の中でびちびちともがいている。
「おー意外と上手くいったな」
文字通り一網打尽となった自国の魔法使いたちを前に、のんびりとラディアルが呟けば。
「アンタ、おれらも一緒に捕まって構わねえとか思ってただろオイ」
サフィアス・イオルが剣呑な言葉を玉座の住人に向ける。
とはいえ、その拘束魔法には興味を持ったらしい。魔法と剣術の両方を修めているサヴィアの将校様は「すり抜けたよ。なんでだ」と自身の手のひらと青白い網とを見比べている。
「い、いったい、何が」
魔法の資質が皆無のバドルは、剣を構えたままぽかんと呟き。
攻撃特化型の魔法使いであるナナリィゼは、「どうやったの、ねえどうやったの?」と好奇心いっぱいにキラキラ目を輝かせている。
木乃香は、この場ではラディアルの次に平静を保っていた。
が、師匠の漆黒マントの影から、白い子猫がするりと姿を現したとたんにふにゃりと笑う。
「しろちゃん、そこにいたの」
「にあー」
ビロードのように柔らかで艶やかな純白の毛並み。
ねこじゃらしのようにふさふさの尻尾。
まるっとした顔に付いた三角耳はへたりと倒れ、宝石のように青く大きなアーモンド形の瞳を細めて。
五郎と同じく留守番をお願いしていた、彼女の使役魔獣その四“四郎”が返事をした。
しかし子猫型の使役魔獣は主に駆け寄ってくることはなく、ぴょこんとラディアルの膝に飛び乗る。
この子猫、木乃香の使役魔獣のはずなのだが、なぜかお師匠様の膝の上がお気に入りなのだ。わしゃわしゃと頭を撫でられると、満足げにごろごろ喉を鳴らしてそこに丸くなった。
「し、しろちゃん……」
つやふわの毛並を撫でようと待ち構えていた木乃香は、がっかりとため息をついた。
そのくせ四郎は、こちらに「ふふふ、うらやましかろう」と言いたげな視線をちらっと向けてくるのだから、なかなかの魔性っぷりである。魔獣だが。
「それでなオーカ」
「はい宰相さま」
「こいつら、どうする?」
「……はい?」
玉座の魔王様は、楽しげに木彫の手すりの上で頬杖をついた。もう片方の手は、四郎の背に置かれたままだ。
「呼んだのはこのためだ。オーカが決めていいぞ、そこの男の末路」
「いや、末路って……」
そこの、と指をさされた木乃香の元・上司様の顔から血の気が引いた。
「お前に対するそいつの扱いは聞いてるぞ。よおおーく、な」
いちおう付け加えるならば、木乃香が言った覚えはない。
そもそも、最初に保護された辺境の研究施設で「ずっと居てもいいんだぞ。いや居たほうがいい」と引き留められたにもかかわらず、王都に出てきたのは彼女だ。
好意を蹴飛ばしておいて、泣きつくわけにはいかないだろう。
ただしまあ、なんとなく知られているだろうな、とは思っていた。
ラディアル・ガイル自身は辺境にいるとはいえ、一時は次期国王候補としてその名が上がったほどの魔法使いだ。未だに彼を慕う魔法使いは多く、王城には研究施設出身の魔法使いだっている。そんな彼らに、お師匠様はどうやら彼女のことを「くれぐれもよろしく」と頼んでいたらしいのだ。どこの親馬鹿、いや保護者馬鹿だ。
おかげで不慣れな場所でもどうにかやっていけていたのだが。
彼の耳に、どんな風に届いたのかはわからない。
が、それこそ魔王のごとく、怒涛の勢いでサヴィア王国軍とともにこちらに乗り込んできたところを見ると、この保護者様はかなり怒っていたのかもしれない。
「おれが後見を務めるオーカにな。おれもなめられたもんだ」
彼がはああ、とため息をつけば。
「そ、そんな事知らなか……っ」
元・上司が慌てふためき。
「わ、我らは関係ないっ!」
「そうだ、そこの下級魔法使いのことは、何も知らない!」
とばっちりを避けようと、他の襲撃者たちも騒ぎ出した。
せまい網の中で、もがき互いをどつきあう姿は、とても仲が良いとは言えない。
サヴィア王国軍を追い出そうと一緒に戦ったとはいえ、そこは打算のつながりでしかないのだろう。
「で、どうする? こいつら」
不毛な仲違いに、もう放って帰っていいかな、と木乃香が考え始めていると。
さんざん煽った挙句、恐怖の大魔王様が弟子に丸投げした。
「……わたしは司法官じゃありませんよ」
「うちの司法部署が腐って爛れてどうしようもないのは知ってるだろうが」
「それなら公正なサヴィア王国軍に裁いてもらいましょうよ」
「いま責任者の若造が不在だ。帰ってくるの待つ間はどうすんだ」
「……だからってどうして私が」
「日ごろ受けてたものの、仕返し」
ひいっと罪人たちが悲鳴をあげる。
それにラディアル・ガイルは呆れたように、そして当たり前のように言ってのける。
「なにびびってんだ今さら。自分たちがいままでやってきた事だろうが」
そんなアホな、と言いたくなるようなお師匠様の提案は、しかしとてもフローライドらしい、腐った考え方だった。
血生臭いことが大嫌な元・国王様のもと、厳しい拷問だとか処刑とかはなかったものの、気に入らないという理由だけで投獄、あるいは左遷された者たちは少なくない。
王位争いの末に中央から外されたお師匠様も――まあ願ったり叶ったりだったらしいのだが――この辺の腐敗ぶりには眉をひそめていたはずなのだが、どうやらやはり相当腹が立っているらしい。
「お師匠さま。わたしをこの場に呼んだのは、そのためですか?」
「それ以外に何があるんだ?」
「…………」
意地でも来なきゃよかった。
遠い目をした木乃香を、心配そうに使役魔獣たちが見上げている。
彼女には人を裁く度胸も、彼らに対してそこまでの恨みもなかった。
元・上司から受けていた嫌がらせは、せいぜい嫌味を言われたり理不尽なほど仕事を押し付けられたり、逆に仕事を回されなかったりという程度である。
にも関わらず、「死刑」とか言っても喜んで執行されそうなこの雰囲気はなんだろう。
とくに、背後でサヴィア王国の王女様が薄紫の瞳を期待でキラキラ、いやギラギラさせながらこちらを見つめているのが振り返らなくても分かる。
ラディアルが言った通り、サヴィア王国側の“責任者”ことサヴィア王国第四軍軍団長が本国に一時帰国しているいま、サヴィア側に処遇を丸投げするのも、非常に危険、というか襲撃者たちがちょっと哀れに思えなくもない。
「お前の決めた処罰は、この暫定宰相ラディアル・ガイルが責任もって請け負うぞ」
広間の奥、玉座にふんぞり返ったままの宰相様がさらに胸を張る。
その様は、だからどうしてあなた王様じゃないんですかと問い詰めたくなるほど貫禄に満ち満ちていた。普段の研究所でのもっさりとした無精生活が嘘のようだ。
かといって滅多にお目にかかれない魔王様モード、しかも無意識に極悪な笑みが漏れ出るほど激怒状態のお師匠様にゆだねる事も、なんとなく恐ろしくてできない。
「……では、申し上げます」
元・高官たちが戦々恐々と見つめてくる中、なんとも言えない気分で木乃香は渋々口を開いた。
「王国のお城の中」はもう1話続く予定です。
書いても書いても終わらない……。