どんな思惑と蒼黒の瞳・12
「すみっこ」2巻発売でございます。
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ユーグアルトらがミアゼ・オーカをサヴィア軍の駐屯地に連れてきて後。
まったく目を覚まさない彼女を安静にし、魔法力の欠乏状態の経過も見守る必要があったため、彼女は一般の捕虜とは別の、医療用の天幕に入れられることになった。
当時そこに泊まらなければならないほどの大けがや病気をした兵士はいなかったので、ほとんど彼女(と使役魔獣たち)の独占状態である。
入り口には見張りが立てられ、それとは別に魔法の感知能力に優れた魔法使いが常に中に居る。
ユーグアルト・ウェガやカルゼ・ヘイズルなどの将校たちも、様子見のため頻繁に出入りしていた。
こんな状態なので、兵士たちから特別扱いが過ぎるのではないかという不満も出た。実際に、意識のない彼女の前でそう怒鳴った兵士もいた。
怒ったのはナナリィゼ・シャルである。たまたま、兵士が騒いでいるのを聞いてしまったのだ。
体調が思わしくないということを差し引いても、捕虜としてはかなり丁寧に扱っている自覚が王女にもあった。
しかし意識なく横たわる彼女に対して、指をさし怒鳴り、危害まで加えかねない自国の兵士たちを目の当たりにしてしまったのがまずかった。
自国の軍に対して、嫌悪と不信感を持ってしまったのだ。
フローライドの“魔法使い”だけれど、彼女はサヴィア軍に対して何もしていない。それどころか守ってくれたのに、と。
いままで以上に魔法力が不安定になり、ほんの少しの事で荒れて周囲を壊しそうになるナナリィゼをなだめ、抑えていたのはミアゼ・オーカの使役魔獣たちだ。
召喚主が魔法力の使いすぎで倒れたというのに、この使役魔獣たちは消える事もなく、じっと召喚主に寄り添っていた。
不満を持った兵士たちに何かを言われても、反論も反撃もしない。
周囲の状況や話の内容はわかっているようだが、ただ不安げに見上げてくるだけである。
口だけで実際の攻撃がなかったからか、召喚主の魔法力が残り少なくて動けないのか。それとも、あらかじめ周囲を傷つけないように命令されているのか―――。
ただ、ナナリィゼの魔法力が暴走しそうになったときは別だった。
彼女の魔法力が暴れれば、何より傍で寝ているミアゼ・オーカが危ないのだ。
ナナリィゼだって、周りを壊したくて壊しているわけではない。
いざという時はこの小さな使役魔獣たちが抑えてくれるという安心感がどこかにあるのか、あるいは小さくて、もふっとしてころっとした人懐こいモノがいることで癒やされるのか。
彼らの近くにいるときは、彼女の精神状態と魔法力も少しだけ安定するようだった。
そんなこんなで。
ナナリィゼは、周囲がどれだけ言っても寝ているミアゼ・オーカの傍から離れなくなってしまった。
怪我も病気もしていない王女様が医療用の天幕にずっと居続けるのは、王女にとっても、天幕を利用する者たちにとっても、主に精神的によろしくない。
ほどなく。
ミアゼ・オーカと彼女の使役魔獣たち、それからナナリィゼは、別の天幕を用意されてそちらに移った。
天幕ひとつを独占するなど、軍でも上官、それも将校たちだけが許されている贅沢である。特別どころか、破格の扱いだ。
しかし今度は不満の声が上がることは、どこからも―――少なくとも表立っては―――無かった。
ナナリィゼ・シャル王女の暴走を抑えているのがミアゼ・オーカの使役魔獣たちだということが、この頃には一般の兵士たちの間でも実感とともに広く知られていたのだ。
また、そのせいでミアゼ・オーカの魔法力が回復せず、彼女はなかなか目を覚ますことが出来ないのだという事情が理解され、同情されてもいた。
それどころか、身をもって王女の魔法力からみんなを守る、なんと慈悲深い女性かと感激し天幕に向かって拝む者が出たり。
小さな使役魔獣たちの健気な様子を見て、長期遠征で荒んだ心が癒やされて顔つきが穏やかになったり、天幕の見張りやお世話に立候補する者がやたらと増えたり。
一部に、そんな事態が起きたりしていたが、なんというか、まあ、平和になった。
「召喚主の意識がないのに、使役魔獣が自在に動くとは」
「これは結界なのか? 結界を張る使役魔獣? そんなモノがいるのか?」
カルゼ・ヘイズルあたりの多少は勉強している魔法使いたちが頭を抱えたり、うんうん唸ったりはしていたが、それもほんの一部。
多くは「こんな魔法もあるんだな」でなんとなく納得してしまった。
そもそも魔法大国フローライドより魔法使いの数も、魔法の資料も知識も少ないサヴィアである。
魔法を詳しく知らない者が多いぶん、フローライドより使役魔獣たちを受け入れるのが早かったかもしれない。
そういった事もあり。
真っ赤な顔のミアゼ・オーカがジュロ・アロルグに片手で抱えられて軍の駐屯地を横切っていったときも。
置いて行かれまいと、彼らにまとわりつく小さな使役魔獣たちを見たときも。
「あ、彼女起きたんだ。良かったね」
「ジュロ団長、力があり余ってるんじゃないの」
そんな感想が兵士たちから出ただけで、混乱や驚きはまったくなかった。
むしろ、ちょっぴり微笑ましい空気が流れたくらいだった。
☆ ☆ ☆
大まかな話を聞いたラディアル・ガイルは、少しだけ同情的な眼差しでユーグアルト・ウェガを見た。
「なんというか、そっちも大変なんだな」
「―――申し訳ない」
「ああ、いや、オーカもオーカだからな」
示し合わせたわけでもないのに、ふたり同時にため息が出る。
ちなみにこの両者。
見晴らしの良い原っぱで初めて相対したときは、一触即発の雰囲気だった。
かたや、漆黒の外套をまとったフローライドの最上級魔法使い。
魔法で抉ったと思われるぼこぼこの地面の真ん中、大きく黒く禍々しい武器を肩に乗せた格好で、ラディアル・ガイルは立っていた。
それも、ものすごく不機嫌そうに。
このときの彼はフローライド軍へのイライラがまだ収まっておらず、サヴィア軍に対して凄んでいたわけではなかったのだが。
かたや、サヴィア王国軍の第四軍軍団長。
最上級魔法使いらしき男が現れたということで、ユーグアルトは魔法防御を重視し武装した小隊を率いて、様子見に来た。
そう、様子見である。戦わなくて済むならそれに越したことはない。
なにしろ相手が草刈り鎌に似た、しかしそれよりもいっそう大きく凶悪な感じがする武器を持ち、なんだか荒れた雰囲気までまとっている。
正直あまり近寄りたくはないが、これは背中を見せても危ないなと覚悟を決めた。
声をかけたのは、ラディアルが先だった。
「サヴィアの者か。あー、そちらにウチのムスメが世話になっていると聞いたのだが?」
前に進み出たユーグアルトは眉をひそめる。
「娘?」
「ミアゼ・オーカという」
「…………あぁ」
彼女か。
深く納得したような、あるいは大きなため息のような。そんな声が思わず口から出た。
なるほど、彼女は最上級魔法使いの娘なのだ。それならナナリィゼの魔法を抑えこむ実力も納得である。
そんな相手の反応を見たラディアル・ガイルが何を思ったのか、眉間にしわを寄せた。
「おれはいま、中央とは距離を置いているんでな。あんた達と戦うよう言われているわけじゃないし、そのつもりもない。だが」
ずしん、と地面が揺れた。
ラディアルが肩に担いでいた武器を下ろしたのだ。
ただ下ろしただけ。少なくとも傍目にはそう見えた武器の刃先は、彼の足元に大きなへこみを作った。彼の周囲でぼこぼこ抉れている地面と、同じ抉れ方である。
「あの娘も戦に関わらせるつもりはない。返してもらおう。もしできないと言うのなら、説明を求める。おれがちゃんと納得できる理由をな」
サヴィア軍は息をのみ。そして身構えた。
防御の結界を張ることが出来る者はその準備に入り、カルゼ・ヘイズルは同時に使役魔獣スプリルを喚び出す。
相手はただひとり。
しかしいままで対峙したことがない、フローライドの最上級魔法使いだ。
武器をただ下ろしただけであれなのだ。武器の刃先がこちらに向いたとき、果たして彼らの防御で防ぎきれるのか、どうか。
サヴィア軍の緊張が高まる。これまでにないほど、空気がぴりりと張り詰める。
しかしそんな時だった。
黄色くて小さい何かが、ラディアルの背後から飛び上がったのは。
「ぴっぴぃーっ」
何かが来る、と警戒したユーグアルトたちは、しかし拍子抜けしてソレを見つめた。
黄色いソレはただの小鳥で、こちらに向かってくるどころかラディアルにまとわりついて離れなかったからだ。
「サブロー⁉ おまえオーカのところに帰ったんじゃなかったのか」
「ぴっぴぴぴぃーっ」
ラディアル・ガイルも自分の外套のフードを触りながら、呆然としていた。小鳥はどうやらフードの中に隠れていたらしい。
ぜんぜん気がつかなかった。
「ぴーっ、ぴぴぴぃっ」
ソレは目の前を忙しなく飛び回りながら、忙しなく囀っている。
しかも、何かを訴えたいのか、あるいはこちらもなんだかイライラしているのか。動かないラディアルにぺしっぺしっとぶつかってくるようになった。
手のひらサイズの小鳥に体当たりされたところで痛くもかゆくもない。が、地味に鬱陶しい。
「なんだおまえ。わかった、よく分からんがわかったからちょっと落ち着け!」
「ぴぴぴ、ぴっぴぴぴぃ」
言いながらも、鳥に攻撃するどころか追い払うような素振りもしない。
彼は怪我をさせてはならんとばかりに持っていた武器まで消してしまった。
「あれは……ミアゼ・オーカの使役魔獣?」
見覚えのある黄色い小鳥を眺めつつ、ユーグアルトが呟いた。
「ああ、たしか空の散歩が趣味とかいう……」
カルゼ・ヘイズルもうなずく。
たしか、ジラノスの北市場で彼女がそんなことを言っていた。使役魔獣の趣味ってなんだと思った記憶がある。
趣味だとしても、召喚主から離れすぎである。それに自由すぎる。
この鳥といい他の使役魔獣たちといい、ミアゼ・オーカの意識が戻らないというのにどうしてここまで好き勝手に動けるのか。
彼らの声が聞こえたのか、三郎は今度はサヴィア軍の上空についっと飛んできた。
「ぴぴぴぴぴぃっ」
小さいが使役魔獣。ナゾの多い使役魔獣である。
サヴィア軍は警戒し思わず武器を構える者もいたのだが。
「ぴぴぴっ」
カルゼ・ヘイズルの使役魔獣スプリルが三郎をじっと見つめ、それから召喚主を見上げてふさりと尻尾を揺らした。
「あの魔法使いを連れて戻れ……?」
自分の使役魔獣が伝えてきた“声”を、困惑気味に呟くカルゼ。
ユーグアルトも顎に手を添えて考える。
たしかに、あの黒衣の魔法使いは話せばわかる人物のような気がする。
ここでぶつかれば深刻な被害が出ることは間違いない実力をひしひしと感じる。しかし小さな使役魔獣相手でも、そして自分たちに対しても安易に武器を振るわない、慎重な人物であるようにも思える。
サヴィア王国軍の駐屯地へ連れて行っても、急に暴れ出すようなことはしないだろう。
なにより、ミアゼ・オーカへの対応については誰かに相談したいところだった。
大事に扱っているつもりだが、この先どうすれば良いのかとお手上げ状態だったのだ。
保護者が迎えに来たのなら、軍の誰が近寄っても警戒してしまうようになったナナリィゼだって納得するだろう。
「使役魔獣どうしで会話が出来る? そんなこと、初めて聞いたんだけど」
微妙な顔つきのカルゼ・ヘイズルの言葉も、気になるが。
スプリルの落ち着き具合と、「そうそう!」とでも言っていそうな小鳥の囀り。加えて黒衣の魔法使いが大きく頷いて見せたことから、ユーグアルトは決断した。
決断せざるを得なかった。




