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そんな王国のお城の中・2

遅くなり申し訳ありません。

短くしようと見直せば見直すだけ長くなる不思議…。

7/5誤字訂正しました。申し訳ありません。

7/27間違いを訂正しました。


「ミアゼ・オーカ……この、裏切り者が!」


 他者を怒鳴りつけることに慣れた、無駄に通りの良い声が王城の謁見の間に響く。

 

「誇り高きフローライドの魔法使いでありながら、サヴィアの犬に成り下がるとは! やはり馬の骨は馬の骨以外にはなれぬか売国奴め!」


 上司…いや、かつての上司にそう罵倒されて、木乃香は眉をひそめた。


 いつも怒鳴っているから声の通りが良くなるのか、はたまた声の通りが良いから怒鳴りたくなるのか。

 この元・上司ががなり立てるとき、彼女はいつも「タマゴが先かヒヨコが先か」的な永遠の謎に遠い目をしてしまう。別名、現実逃避である。

 気に入らないときは、いつもこうして怒鳴り散らす。生まれも育ちもフローライド王国の王都ど真ん中、超の付くお貴族様であらせられる元・上司さまは、きっと子供のころから思い通りにならないことなどなかったのだろう。

 周囲に空気を読むことを強要させ自身はまったく読もうとしない男は、きっとこんな風に無自覚でナナリィゼを不快にさせたに違いない。わざわざ足蹴にされるほどに。


 いまも、耳障りな騒音にナナリィゼの形の良い眉がひくりと上がる。

 ああまずいな、と他人事のように木乃香は思った。


 思い通りにならなければ暴れる子供と同じである。魔法があるぶん性質が悪いだけで。

 自らの魔法力にものを言わせて周囲を従わせてきた彼らは、反撃の手段もそれしか思い浮かばなかったらしい。あるいは、数を揃えればなんとかなるとでも思ったのか。

 つまり、彼らは真正面から勝負を挑んだ。

 ここまで潜入できる術があったのなら、もう少しひねりの利いた襲撃方法だって考えつきそうなものだが。


 木乃香は以前のように隠すこともなく、むしろこれ見よがしに「はああ」と盛大なため息をついた。

 古今東西、どこの世界にも自分勝手な上司っているんだよな。

 そんなことを、思いながら。


 しかもこの元・上司、それらしく小難しい言葉を使ってはいるが、要は元・部下に八つ当たりしているだけだ。

 元・部下を罵倒する暇があるのなら、どうやってこの冷たい床に這いつくばり拘束された状態から脱出するかを考えるべきだろうに。


 

「ぐへぅ……っ」

 

 元・上司がカエルのつぶれたような声を漏らした。

 背中を蹴られたのだ。どかっと、優美で硬い靴先に。


「まだそれだけ元気があるのね。忌々しい」


 とても人を足蹴にするようには見えない細く白い足が、柔らかなドレスの裾からのぞく。

 しかも踏んだ先からちりちりとわずかに煙まで上がっていた。どうやら怒りのあまり、無意識に火の魔法かなにかを使ってしまっているようだ。

 文字通り、お灸をすえているみたいだとのん気に木乃香は思った。

 火だるまになるような火力ではない。背中を少し焦がすぐらい、静かになるならそれでもいいか、とけっこうひどいことを考える。


「目障り耳障り社会の敵だわ。おまけに頭も悪い。もう一度言ってみなさいよ、オーカがなんですって?」


 言ったが最後、今度こそ焼き殺されそうな声音で言われては、さすがの元・上司様も黙るほかはない。

 ついうっかり木乃香がため息を吐けば、何を勘違いしたのかサヴィアの麗しき王女様の細眉が跳ね上がる。


「やっぱり痕跡残さず塵芥に―――」

「変えなくていいですから! 女の子が物騒な言葉吐かないで下さいナナリィゼさま!」


 きぃ、と木乃香の言葉に追従するように、ほんの小さな鳴き声が続く。

 聞き逃してしまうくらいの音量に、しかし王女ばびくんと反応した。

 出所は、薄ピンクのハムスターである。

 


「ご、ごろう……」

「この子の前で、また魔法を使うつもりですか?」

「だ、だってオーカ、この男が」

「ナナリィゼさま」

「………」

「ナナリイゼさま?」

「…………」


 王女は、何か言い返そうとした。

 しかし結局は声にならず、はくはくと何度か口が動いただけで、けっきょくは声にならずに終わる。代わりに淡い色の小さな唇をむうっと尖らせて、不服を示すだけだ。


「ナナリィゼさま、足」

「ききぃ」

「………」


 いかにも渋々といった風で樽型の魔法使いから足もどけた、そのとき。


「ふはははっ馬鹿め!」


 どうやら先ほどの蹴りで、拘束していた縄が焼き切れかけていたらしい。

 ぶちっという音とともに縄がばらりとほどけ、そこから丸い男がやはり丸々とした腕を振り上げる。

 広げた手のひらは、幾何学模様に淡く光っていた。

 さすがに自らの重量の都合上、飛び起きるなどできなかったのだろう。腹這いのまま申し訳程度に背中をそらし、手だけは力強く床に叩きつける。


 ばちん、という水晶ちらばる大理石と肉厚の手のひらがぶつかる音の後。

 ぶわりと大理石の床から、いや彼の手のひらからさらに光があふれ、人型を成す。

 やがて光は、剣を胸先から天井へと向かって真っ直ぐ掲げる、銀色の甲冑騎士の姿となった。


 これは、上司ご自慢の使役魔獣であった。

 全身鎧ながら少しばかり腹回りが大きいように感じるのは、飼い主に似たのだろうか。

 机仕事が主な職場ではなんの役にも立たないが、巧みに大剣を扱う僕を見せびらかしたい上司が事あるごとに呼び出し、そして切られはしないが剣を振り回す風圧でしょっちゅう書類を飛ばされくちゃくちゃにされていたので、よく覚えている。

 ちなみに、机仕事が主な職場ではなんの役にも立たない。

 魔法使いであることが必須の城勤めだが、そもそも仕事をぱぱっと終わらせることができるような便利魔法は存在しないのだ。


 サヴィアの一流武官であるバドル・ジェッドよりはるかに大きな全身鎧は、自分の身の丈近くある分厚い剣を驚異的な速さで振り上げる。そう、これで机の書類がよく舞ったのだ。

 勢いに、いまも木乃香の髪がふわりと踊る。


「国賊を殲滅せよ!」


 勝ち誇ったように元・上司が叫ぶ。


「………」

「……………」


 だが、使役魔獣は剣を上段に構えたまま、一向に動かなかった。

 まるで動力が切れた玩具のようだ。ぴくりともしない。


 歪んだ笑みをたたえたまま固まる元・上司。

 ぼけっとしたまま甲冑使役魔獣を見上げる元・部下。


 そのとき、抑揚のない一言が辺りに響く。


「だめ」


 木乃香の前に、彼女を守るようにして小さな両手が広がった。

 立ちはだかったのは、同じ人型ながら甲冑騎士の五分の一にも満たない一郎である。

 小さな使役魔獣は、じっと敵をにらみつけていた。緋色の大きな瞳を冷ややかにきらめかせて。

 金属鎧の使役魔獣は、戸惑うように大きな身体を震わせる。


「このかに、さわるな」


 つたない言葉。

 しかしそれで銀色の使役魔獣は諦めたように、あるいはどこかほっとしたように、振り上げた剣をゆるやかに下ろす。一瞬滾らせた殺気などなかったかのように。

 そして主である男の命令を待たず、ついにふっとかき消えてしまった。


「な………っ?」


 驚愕に目を見開いた男は、再び大理石の床に手のひらを叩き付ける。

 だがぺちりと素っ気ない音が出ただけで、先ほどのような光が現れることはなかった。


「な、なぜ消える!」


 かつての上司であった男は、それでもぶるぶると震える手の平をかざす。

 見回せば、転がる者たちの誰もが拘束されながらも必死の形相でぺちり、ぺちりと大理石の床を叩いていた。何かを探るように指先を這わせている者もいる。それは、異様で滑稽でさえある。


「長官さま」


 木乃香は、かつての上司の傍らにしゃがみこんだ。

 さらにその傍らには仏頂面をした一郎と鼻先をひくひくさせた二郎が、肩にはヒヨコ然とした三郎が、マントの合わせからは五郎がぴょっこりと顔だけをマントからのぞかせている。

 思わず、男の無駄に大きな体が強張った。


「おっしゃる通り、わたしは自分でどこから来たのかもわからないような馬の骨です。最初に顔を合わせたときからずっと、長官さまはわたしの事をそう言ってましたねえ」


 なんですってえ!? と王女が眉を吊り上げたが、“花守り”たちに「どうどう落ち着け」となだめられている。

 元・長官も、訝しげに彼女を見上げた。


「で、そうやって事あるごとに差別されたあなたに今さら裏切り者とか言われても、なんだか呆れてしまうんですが」

「は……」


 そりゃそうだ、と苦笑交じりに呟いたのはサフィアスだろうか。

 言われる相手によっては、きっと心が痛む暴言だったとは思う。

 しかし理不尽で面倒くさい雑用ばかり押し付けてくるような、どう振り返っても自分大事で愛国心などかけらも見出せない上司に言われても、ぴんとこないのだ。

 しかも元・上司のこの手の怒鳴り声は日常茶飯事であり、いまさら動揺するものでもない。


「ちゃんとお仕事していた“馬の骨”のわたしと、わたしのお給料ばかりかその他の国家予算まで横領していたあなたと、どっちが“国賊”っぽいですかね。あなたの使役魔獣だって困ってましたよ」


 そう、と一郎がこっくり頷く。

 そうよね、とナナリィゼが冷ややかに目を細めた。


「ば、馬鹿な!」


 何に対しての「馬鹿な」かはわからないが、分が悪いことだけは悟っているらしい。

 ふたたび元・上司が大理石の床めがけて全体的に太い手を振り上げる。


「無駄だよムダ」


 流麗な肘掛けにだらしなく頬杖をつき、呆れたように玉座の宰相様が言った。

 細密で流麗な細工を施された重厚な木製の玉座は、どこもかしこもギラギラとした広間には少しばかり不似合で、違和感がある。

 しかしそこに座るのは、金銀宝石の華やかさよりも木彫の重厚さこそ似合うような、むしろ広間の派手な有様のほうがおかしいのだと思わせるような、有無を言わせぬ威圧感を持った真っ黒魔王様である。


 だからどうしてそんなに偉そうなんですか、と胡乱な目を向けた木乃香は、「あ」と思わず呟いた。それから奇怪な行動を繰り返す襲撃者たちを見る。そういうことか、と。

 どうやら師匠は、わざと彼らを煽っていたらしい。

 そろそろ気付いたのか、「まさかそんな」とぶつぶつ呟く者や手を止めてがっくりうなだれる者もちらほらといた。

 ちなみに元・上司は、ラディアルの声が届いているのかどうか、一心不乱に、あるいはヤケクソにばしばしと床を叩き続けている。


「お前らが来るなら、真っ昼間にこの謁見の間を目指すと分かっていた。玉座を取り返しそれを内外に大きく知らしめるためには、暗殺よりも正面からぶつかり勝ったほうがそれらしいし都合がいいからな」


 魔法国家フローライドの国王になるために最も重要なことは、血筋より何より優秀な魔法使いであること。

 前・国王を魔法で討ち倒したナナリィゼ王女を魔法でねじ伏せれば、その者が次期国王の座にもっとも近くなる。

 愛国心など皆無な人々である。もともと国内でも屈指の魔法使いであり、国の高官であり、国政に影響力を持つ貴族の出である元・上司たちがどさくさに紛れて野心を持ってもいたのだろう。


「そしてお前らが堂々と王女に勝てるとすれば、この謁見の間を使うしかないだろう。まあ、“正々”堂々かは微妙なところだがな」


 ばかな、とまた誰かが口にした。

 ラディアルを、いやラディアルの座る木彫の玉座を、凝視しながら。


 国内外の客を迎えるための、謁見の間。

 そこは、代々のフローライド国王が作ってきた魔法の仕掛けや罠が、満載の場所だった。

 この国の元・高官たちはもちろんそのことを知っている。それを利用して、ナナリィゼたちサヴィア王国軍を追い払うつもりでいたのだ。

 ただの派手好きで広間全体に宝石やら水晶やらが埋まっているわけではない。それらは仕掛けの一部であり、いざという時に発動する魔法も一緒に埋まっている。

 彼らはそれらを叩き指でなぞり魔力を注ぐことで、仕掛けを発動させようとしていたのだ。


 しかし実は現在、仕掛けの全てを把握している者は誰もいない。重臣たちはもちろん、おそらくは前・国王でさえ知らなかっただろう。

 築城以来ひたすら加え重ねられてきたそれは複雑怪奇に組みあがり、複雑すぎて解読不可能な代物になってしまったのだった。

 あてにしていた襲撃者たちも、比較的新しい仕掛けのいくつかを知っているだけに過ぎない。

 だからこそ城に入ったばかりのサヴィア王国軍では知っていても扱いきれないだろうと、たかを括っていたということもある。


 ただし、仕掛けの全てを知らなくても、仕掛けの全てを意のままに操る手段はある。

それが、玉座だ。


 手順は簡単。ただ、玉座に座ればよい。


 謁見の間に押し入ったとき、玉座に座る現・暫定宰相を目にした襲撃者たちは、彼に憤ると同時に「まずい」と思った。

 現在のフローライドで、彼に敵う魔法使いなどいない。彼を押しのけて玉座を取ることが果たしてできるかどうか。


 ところが、である。

 彼らは、ようやく重大なことに気が付いた。


「そんな、まさか……」


 いつの間にか我に返っていたらしい元・長官が、いくつも太い指輪が埋まる太い指をさす。


 玉座が、違っていた。


 マントや留め具の意匠と同じつた模様をあしらった優美な木彫の玉座は、前・国王が、いや代々の国王が座っていたものではない。

 直したのではない。明らかに、玉座がまるごと変わっていたのだ。


「あの悪趣味なイスは解体して売り払ったぞ」


 してやったりとラディアルが笑う。

 新しい玉座をぎりぎりまでそうと悟らせないため。彼はそこにふんぞり返っていたのだった。


「いや笑えるわ。お前ら、おれがここにどっかり座ってるだけでギラギラにらんでたもんな。イスが変わってることにも気付かずに。……ああ。ちなみにおれをどかしてここに座っても、この玉座は無意味だからな」


「そ、それでは謁見の間の魔法は―――」


「すべて、凍結・・した」


 まあ、おれの仕業じゃないけどな。

 付け足しの言葉は、襲撃者の誰の耳にも届いてはいなかった。






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