そんな嵐の前の一波乱・5
遅くなりましてスミマセン。
こちら、木乃香さんサイドです。
とある商会での潜入騒動より、少し前。
「……ええと、ごろちゃんがあの子の様子を見に行くの?」
「きぅ」
それまで大人しく、主の様子をじーっと窺っていた使役魔獣の突然の申し出に、木乃香は思わず「え?」と聞き返した。
「きっ。きゅう」
「…まあ、何かあったらごろちゃんがいると安心かもしれないけど」
「きぅ」
薄ピンクのハムスターは、そうでしょう? と言いたげだ。
後ろ足でしゃんと立ち小さな頭をくっと持ち上げているハムスターは、普段より二割増しで頼もしく感じられる。
……もっとも、小さく庇護欲そそりまくりの見た目が見た目なので、そこからの二割では大した増しもないのだが。
大人しく人見知りの使役魔獣がこんな事を言い出したきっかけは、王都フロルからの帰還要請である。
それは出張命令が出たときと同じく唐突だった。
その上、大した理由付けもなく「戻れ」だ。
もともと上司である統括局長官が嫌がらせでねじ込んだ出張である。やはり行っても行かなくても問題無い出張だったのだろう。
分かっていたつもりだが、行かされた身としては複雑な気分だ。
役所の窓口業務の方々のほうがむしろ重荷から解放されたような、ほっとした顔つきをしていたので、こちらにも迷惑をかけたなあと思う。
帰還要請の正式文書には、小さなメモが添付されていた。
ジェイル・ルーカからのものだ。
『うっかり喋ったら長官がものすごく怒っているゴメン。お土産でも買ってなるべく早く帰ってきてくれ』
大層ご立腹な長官様の真っ赤な顔と、大層ご立腹するよう仕向けたジェイル・ルーカのいい笑顔が目に浮かぶようである。
お土産はあの店のこれが有名だ、あそこのお菓子が日持ちする、など、親切に教えて下さる窓口職員の皆さまには悪いが、長官あてにだけはお土産を選ぶつもりはない。
部下の旅費を着服するようなせこい上司に、この上何を渡せというのだ。
仮にお土産を買って行ったとして、それが何であっても嫌味や文句を言われるだけだし、書いて寄越した本人も本気でお土産で上司の機嫌が治るとは思っていないだろう。
ともあれ。
帰還要請を受け取ったことで、木乃香は王都へ帰る大義名分を得たことになる。
ジラノスで足止めをくらう退屈で意味不明な日々は終わりだ。
しかし、帰れるとなったらなったで、それもスッキリと喜べない。
気になることはいろいろある。
その最たるものが、先日の北市場での一件。
あの“ナナ”という少女のことだ。
それ以外については、木乃香ひとりがあれこれ考えても仕方がないことで、おそらくは調べたり対処したりしている人々は他にたくさん居るはずである。
たぶん、そうだろうと思う。
素人が下手に首を突っ込むと、むしろ邪魔になるだけ。
見て見ぬふりではなく、丸投げでもなく、適材適所というやつなのだ。
たぶん、そうだろう……と思う。
少女とその同行者である彼らは、まだジラノスに留まり続けているようだった。
北区の、北市場にも近いとある大きな商会に客として滞在しているらしい。
北市場での騒ぎがあったからか、もともとその予定だったのか、あれから彼らが外に出る事はほとんどない。
彼らが何を考えているかはわからない。
このまま、何事も無ければそれでいい。
しかし、仮に何か起こったとしたら。
彼らは、市場だけでなく、北区全体をあっという間にがれきの山に変えてしまうかもしれない。
少女の魔法力の暴走は、それくらいの規模のものだった。
サヴィア王国側の人間ならそれこそを企んでいる可能性も考えられるが、彼らの様子を見ていると、どうもそんな気がしない。
それに、あのときの少女は壊すことを怖がっているように見えた。
おそらく十代半ば―――もといた世界では思春期と呼ばれる年齢なのだ。精神的に不安定で、結果として力が不安定になるのも仕方がないかもしれない。
「あんなに“力”があるんだったら怖いし、抑えるのもそりゃあ大変だよね」
「ぴ」
「きぅ」
「………」
鈍感な木乃香でさえ「これはマズい」と思ったほどの力である。
木乃香の呟きに、そのとき一緒に居た三郎と五郎が同意し、離れていても魔法力は感じ取っていたらしい二郎もぴこぴこと尻尾を振った。
彼らの様子を見て、一郎も不安そうに眉尻を下げる。
ここジラノスはシルベル領の領都だが、王都フロルのように魔法防御に優れた施設があるわけでなく、マゼンタの魔法研究所のように好き勝手に魔法を使っても誰も文句を言わない広々とした荒野が近くにあるわけでもない。
対処できそうな“魔法使い”が居るかどうかはわからないし、居たとしても都合よく近くにいるとは限らない。
つまり、とっさのときに魔法力の暴走を防ぐ手段が何もない。
「せめて、今じゃなくて半年くらい前に会ってたらね……」
「ぴぃ…」
「きゅ」
「………」
つい、ため息がもれる。
使役魔獣たちも思う所があるのか、あるいは単に主の真似をしただけか、それぞれにため息のようなものをついていた。
せめて、隣国と緊張状態が続く今でなければ。
木乃香は難しいことは何も考える必要なく、マゼンタの魔法研究所あたりを頼って相談できただろう。
なにしろ相手は、ほぼ間違いなくサヴィア王国の関係者。まして木乃香自身が領外への連絡すら満足にできない現状では、何も助けてあげられない。
助けを申し出たところで、先日の様子からしてたぶん連れの男たちに過剰に警戒され睨まれて終わりだ。
うー、と呻きながら頬杖をついた木乃香の様子をじっと見つめていて、様子を見に行きたいと言い出したのが五郎だった。
「…そういえば、ごろちゃんがあれだけ“力”を使ったのは初めてだったかな」
「きぅ」
召喚してから今まで五郎が特殊能力を使った回数は、実はわりと多い。
しかしそれらは大したことがないものばかりだった。
面白半分に、あるいは研究熱心にマゼンタの魔法研究所の研究者たちが放ってきた魔法だったり、王都での一部の“魔法使い”たちからの嫌がらせだったりしたわけだが、少なくとも命の危険があるとか街や建物が滅茶苦茶になるとかいうほどのものではなかった。
研究所では師ラディアル・ガイルが目を光らせていたし、王城の職場などはそもそもそれなりの魔法防御が各種施されていた。“魔法使い”が多い場所だからこそ、魔法への制約も多いのだ。
にもかかわらず、それらをかい潜ってしょうもない魔法を仕掛けてくる者がいるので、もうちょっと他のことにその努力と執念を燃やせばいいのではないかと思うのだが、それはともかく。
つまり、五郎があんなに強大な魔法を一度に吸収するのは初めてだった。
明確にこちらに向けられたものではなく、暴走してどこに向かうかわからない力を強引に引き寄せて吸い取ったのも初めて。
そしてこちらのほうが五郎の負担が大きく木乃香の魔法力を大幅に消費するというのも、今回初めて分かった事である。
引きこもりの末っ子使役魔獣は、“探偵ごっこ”には積極的に参加していなかった。
しかし報告だけはいつも木乃香の傍らでじーっと聞いていた。
半分以上は暇つぶしと面白がっているだけに違いない三郎や四郎あたりと違って、五郎は五郎なりに気にしていたのかもしれない。
主が気にかけているから、というのも、もちろん理由ではあるのだろうが。
目の前の小さな使役魔獣からはこれまでにない、なんだか溢れんばかりのやる気を感じる。
「……ごろちゃん大丈夫?」
「きぅ」
あれ以来、あの少女の魔法力が不安定になるような様子は見られない。少なくとも、木乃香の使役魔獣たちは感知していない。
ただ、先日。似たような雰囲気の男たち―――つまり商人の格好をした、あまり商人に見えない男たちがまた数名、彼らに合流したらしい。
それが少しだけ気になるところだ。
「無理しなくていいんだよ?」
「きぅ」
木乃香もまた、不要不急の外出は避けて宿で過ごしている。
そんな状況でここまで外の―――とりわけサヴィア王国からの潜入者の状況を把握している彼女は、諜報部あたりが知れば速攻で引き抜きの話が出てもおかしくないくらいだ。
しかしこの場に諜報部所属の者は居ないし、使役魔獣たちの遊びの延長だとしか思っていない召喚主にもぜんぜんそんな自覚はなかった。
使役魔獣たちが探っていた相手が誰であるかも、詳しくは知らない。
何か大変なことになりそうだから知りたくない。
うーん、と木乃香はまた唸った。
「……ほんとに大丈夫?」
「きゅーう」
「ぴっぴぃ」
「にゃあ」
できるよー、と鼻をひくひくさせる五郎。
三郎と四郎は、小さな弟分を手伝う気満々である。
木乃香たちが王都へ帰るのは、三日後と決まっていた。
行きはヴィーロニーナ商会の商隊に同行させてもらったのだが、帰りは役所で次の領の領都まで行ける連絡馬車を紹介、その座席予約までしてもらえた。
至れりつくせりである。
というか、窓口職員の皆さまの様子からしてこれが普通なのだと思う。
命令してきた直属の上司からほったらかされ、別部署の長官ティタニアナ・アガッティの心遣いでヴィーロニーナ商会に同行させてもらった行きとは大違いだ。
そんなわけであと三日。
どうせ彼らについて考え心配してしまうのだ。使役魔獣たちに様子を見てもらうのもいいかもしれない。
見る以外、木乃香に何かできるわけでもないのだが。
「……見るだけだよ?」
「きぅ」
ほんとうは、こんな状況でなければもう一度会って話をしてみたいのだが。
「こっそりね」
「きぅ」
「自分がちょっとでも危ないと思ったら、すぐに帰ってくること」
「きぅ」
「そのうえであの子が危ないと思ったら、助けてあげてね」
「きゅ」
木乃香が周辺をうろつくより、使役魔獣たちが行った方が簡単だし、危険も少ない。
使役魔獣たちは、戻ろうと思えば召喚主である彼女のもとへ一瞬で戻れるのだ。彼らの為にも木乃香は安全な場所で待機していたほうがいい。
そう、分かってはいるのだが。
「………やっぱり心配だなあ」
「きーう」
「ぴっぴぃ」
「にゃあ」
……ここで、言い訳をするなら。
木乃香は、使役魔獣たちがどの程度まで彼らに近づくつもりなのか、知らなかったし指示もしなかった。これまでも勝手にやっていたのだ。今さらである。
いままで外から窺う程度だったので、今回もそうだろうと思っていた。
三郎と四郎がこれまでの偵察で建物への侵入経路を見つけており。
その身体の小ささと存在感の薄さを生かした五郎が屋根裏までちゃっかりと入り込んでしまうとは。
木乃香は、予想もしていなかったのだ。




