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そんな王国のお城の中・1

登場人物がいっぱいです。


 そんなこんなで城内の謁見の間にたどり着いたとき。

 木乃香の懐めがけて飛び込んで来た小さな物体があった。

 両手で包めるほどの大きさしかない、薄ピンクのハムスター。

正確にはハムスター似の極小使役魔獣“五郎”が、である。


「ごろちゃん……」


 胸元にひしっとしがみついたふわふわの毛糸玉、あるいはイチゴ大福のような身体を撫でてやれば、小さな体はぷるぷると震えていた。

 よほど怖かったらしい。末っ子の使役魔獣は、いちばんの臆病者なのだ。

 実はここへ来るまでの間にも、奇妙な地鳴りやら耳鳴りやら震度一から二程度の地震やらが何度かあった。おそらく出所は全部ここだ。

 まあ、謁見の間を見回せば、何があったかはだいたいわかる。


 派手好きな元・国王様の趣味で飾り立てられていたそこは、惨憺たる有様だった。


 赤と黒と金銀の刺繍に彩られた真っ白な絨毯は無残に切り裂かれ飛び散り、壁に垂れ下がる金の房飾りがじゃらじゃら付いたカーテンも同様である。絨毯の下の、水晶をちりばめた大理石の床まで大きく抉れている。

 被害がこの広間ひとつで済んでいるのは、幾重にも張り巡らされた防御強化の魔法と、入口を守っていたサヴィア第四軍魔導部隊の魔法使いの皆様のおかげだろう。

 それがなければ城まるごとひとつ一瞬で廃墟と化すに違いない、魔法と魔法のぶつかり合いである。


 負けたのは、やはりというべきか襲撃者たちのほうだった。

 抉れた床の底、あるいはその周囲にばたばたと倒れ呻いているのはフローライドの残党のみ。世界屈指とうたわれた元・国王様の傍近くに仕えた、国内屈指の魔法使いたちだ。


 そしてそんな失敗襲撃者たちの上。

 情け容赦なくげしげし足蹴にしているのは、可憐としか言いようのない、儚げな美少女だった。


「お…っオーカ?」


 雑音のない、溶けて消えてしまいそうなほどきれいで透明な声。

 青味がかったくせのない銀髪に銀のまつ毛に彩られた薄いすみれ色の瞳。

 柔らかな衣服からのぞく、ほんのりと赤みを帯びた滑らかな乳白色の肌。

 不用意につかめば折れてしまいそうなほどに華奢な腰と肩。

 おとぎ話に出てくる妖精とは、きっとこんな姿形をしているに違いない。


 だが外見に騙されてはいけない。

 彼女こそが世界屈指の魔法使いであったフローライド国王を倒した張本人。世界最強の魔法使いとも称されるサヴィア王国第三王女ナナリィゼ・シャル・サヴィアなのだから。


 木乃香の姿を認めたとたん、美少女はいたずらを見とがめられた子供のような顔つきになった。無意識なのか八つ当たりか、ぐりぐりと靴先を押し付けられた下敷きの男がぐえっと呻く。

 なんだかその声に聞き覚えがあるような、と思っていると、広間の奥からくつくつという悪どい笑い声とともに、どこかのんびりとした声が飛んできた。


「よお、いいところ・・・・・に帰ってきたな、オーカ」


 一段高い場所に据えられた木彫の玉座に、黒い男が悠然と腰を下ろしている。

 自分の師匠兼上司を見て、木乃香はなぜかがっくりと肩を落としたくなった。


「……ただいま戻りました、宰相さま・・・・


 ラディアル・ガイルは弟子兼部下の言葉に少しばかり不満げな様子で、深緑の双眸を細めた。“宰相さま”呼びは、ささやかな嫌がらせである。

 そもそもどれだけ周囲が頼んでも「絶対イヤだ」とフローライド国王にならず、宰相位すら“暫定”だと言い張る人が、なぜ当たり前のように玉座で寛いでいるのか。


 その辺の下級武官よりよほど均整のとれた長身をゆったりと革張りの背もたれに預け、並んで歩くのが嫌になるほどの長い足を、見せつけるようにゆるりと組んでいる。

 あの全体的に丸い元・国王様と、この鋭角だらけの師匠が従弟同士だと聞いたときは、絶対に冗談だと思っていた。

 フローライド王国で最高位の魔法使いを示す漆黒のマントに身を包み。

 適当に伸びた黒銀の髪を後ろになでつけ。適当に伸びたひげが彩る口元を楽しげにゆがめる。それによって口元と目尻に浮かぶしわでさえ、どこかしら色気を感じさせるから摩訶不思議で。

 なにやらいろいろと黒い。とにかく黒い。

 宰相どころか、どこの魔王様ですかと突っ込みたい。

 日ごろの、ずぼらで自己中で超マイペースなお師匠様はどこに行った。


 しかも、先ほどの含みのある言い方。

“転送結界”ならば一瞬で戻れる距離を、わざわざバドル・ジェッドを迎えにやってまで“馬”で移動させたのは、襲撃がある程度片付いたこのときを狙ったのだろう。

 ひとを呼び戻しておいて、それはいったいなぜなのか。

 何を、たくらんでいるのか。



「おい、おっせーよミアゼ・オーカ」


 さらに、別方向から別の声で舌打ち混じりに呼ばれた。

 じっとりと真っ黒師匠をにらんでいた木乃香は、うんざりした気分でそちらに目を向ける。


「……サフィアスさま」


 そこにはバドル卿と同じようなきらびやかさの軍服を適当に着崩した青年が座り込んでいた。なぜ膝をついているかというと、襲撃者のひとりである男を捕縛中だからだ。腕ではなく足で抑え込むのがサヴィア流なのだろうか。

 ちなみに、この謁見の間の外にはたくさんのサヴィア兵が詰めているのだが、内部には襲撃者たちを除いてはナナリィゼ王女とラディアル宰相、そしてこの騎士サフィアス・イオルしかいない。

 それでも十数名の敵は残らず石畳に突っ伏して気絶か呻いているし、味方はかすり傷のひとつも負ってはいない。

 まあ、予想通りであるのだが。


「どこほっつき歩いてんだバカ。おまえ姫の側仕えだろうが」


 サラサラの金髪に明るい水色の瞳。王子様然とした爽やかで甘い風貌の彼もまた、いわゆる“花守り”のひとりだった。

黙っていれば目の保養なのに口を開けば憎まれ口ばかりのひねくれ者なので、木乃香は彼を“観賞用美形”と位置付けている。

 ケンカを売られているような口調だが、彼の場合はこれが通常運転なのだ。

 なので、いるのは分かっていたがあえて見ないようにしていたのだが。


「……貴重な休憩時間だったんですよ。それにナナリィゼさまの側仕えはあなたたち“花守り”じゃないんですか」


 木乃香はここフローライドの下級魔法使いで、しがない公務員である。王族のお姫様の側仕えなどという大役をもらった覚えはない。

 バドル・ジェッドといい、何か勘違いしているとしか思えない。


「“花”って何かの間違いだろ。そんな弱々しいモンかこれが」


 見た目詐欺の青年はけっと吐き捨てるように言った。

 柄が悪いにも程がある。確か、彼はこれでもサヴィア王国の貴族の出だと聞いたような気がするのだが。


「サフィアス・イオル。姫をモノとかコレとか言うな」


 木乃香の後ろに続ていたバドルが、自国の王女であるはずのナナリィゼをあごで指すサフィアスをたしなめる。ただし明らかに不敬である言葉の内容ではなく、明らかに荒んだ言葉遣いに対してだ。

 まあ、太った中年オヤジを容赦なくげしげし足蹴にしている王女様が側にいては、なにを言っても説得力はないだろう。

 そんな状況に、襲撃者たち以外の誰もが平然としていた。慣れているのだ。


 そして慣れていないのは、彼らの敵となる者たちである。

 世界でも屈指、いや最強とも称される魔法使いのナナリィゼ王女だが、外見が外見なだけに、騙され侮る人は後を絶たない。

 常に周囲を屈強な戦士や有能な魔法使いの護衛たちに固められているため、よりいっそう儚げで頼りなさげに見えてしまっているらしいのだ。

 そして彼女自身もそれをじゅうぶんに把握した上で利用、いや悪用しているふしさえある。

 今だって、無様に転がった周囲から「化け物」「詐欺だ」という呻き声が聞こえてくる。おそらく、いや確実に彼女の外見に騙されてのことだと思われる。


「あ、あの、ね? オーカ、えっと……」


 ナナリィゼが、そわそわとすみれ色の瞳をそらす。

 木乃香が「ふう」とため息をつけば、びくりと肩を強張らせた。

 失礼なことに、自分を狙ってきた刺客よりも彼女のほうが怖いと言わんばかりである。


 王女が泳がせた視線の先。彼女は自分の足の下に何があるのか、ようやく気が付いたとでもいうように目を見開き、素知らぬふりで太った魔法使いオヤジの上からぴょいっと飛び降りた。


「……やりすぎです。うちのごろちゃんがものすごく怯えてるんですが」


 呼んだ? とばかりにうすピンクのハムスターが木乃香のマントの合わせからひょっこりと顔を出す。

 そこで、ようやく自分の肩からソレがいなくなっている事に気が付いたらしい。

 淡い色のケープに包まれた自分の細い肩をはっと見下ろし、ようやくお姫様は顔を泣きそうにくしゃりとゆがめた。

 いちばん小さくいちばん大人しい末っ子使役魔獣は彼女のいちばんのお気に入りであったし、なついてもいたのだが。

 五郎が戻る気配はない。


「うぅぅ、ごろう……」


 知らないもん、と言わんばかりに素っ気なく、小さな使役魔獣は木乃香のマントの中に潜ってしまった。


「オーカぁ……」

「だから、やりすぎですってば」


 おそらく、“五郎”も特殊能力を発動する羽目に陥ったのだろう。

 お留守番をお願いしていたこともあり、カナッツひとつくらいではとてもご機嫌を直してもらえそうにない。


「ごろちゃんに頼らないで下さいって何度も言ってるじゃないですか。っていうか、以前はいったいどうしてたんですか」


「暴走してたな、そのまま」

 サフィアスがうんざりしたように呟けば。


「止めるのも命がけでした」

 しみじみとバドルが語る。

「無差別でないだけまだましですが。日ごろから感情を抑えて力を加減するよう、ユーグアルト様も言い聞かせておいででしたね」


「言ってどうにかなるなら“花守り”はいらねえな。ご苦労さん」

 ラディアルが苦笑をもらす。

 言い返すことができないらしい王女様は、しゅんと肩を落とした。



 そのとき、ナナリィゼの足から解放された男がもぞりと動く。


 大理石の床に顔面をぶつけたのか、額に血をにじませた顔がぎろりと木乃香のほうを向いた。

 大きな酒樽に顔と手足がついたような、見事な肥満体型。

 ひっくり返ったら、きっと自力では起き上がれまい。そんな体格にも関わらず、サヴィア王国が攻めてきたときには俊敏にもいつの間にか姿を消していた――――。


「……長官さま?」


 それは、かつての木乃香の上司だった。




連続投稿、終わりです。スミマセン。

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