どんな仕事とお国事情・1
すみません~ ものすごく間が空いてしまいました(汗)
カナッツ屋台は、38,39話の閑話にも出て来ます。
読み返さなくてもいいようにしているつもりですが、気になる方は読み返してみて下さい。
フローライド王国、王都フロル、とある広場。
毎日のように多くの屋台や露店がひしめき合う場所。
そこの、カナッツという名前の揚げ菓子を売る屋台の影で。
白っぽい灰色の外套を羽織った魔法使いがしゃがみこんでいた。
「これと同じのが、前にもあったの?」
「わん」
魔法使い―――木乃香の傍らでは、彼女の使役魔獣“二郎”が 「そうだよー」と肯定するようにぴこぴこと尻尾を振っている。
こういう薄暗がりでうずくまっている人といえば、大抵は体調が悪いか怪しい人物かのどちらかである。
そしてその人が“魔法使い”のマントを纏っているとなれば、怪しい……というか危険人物でほぼ間違いない。
少なくとも王都フロルの人々は警戒して誰も近づかない。
できることなら誰も関わりたくないので、見て見ぬふりをするか、近くに警備兵がいればいちおう通報に走るくらいが一般的な対応だ。
しかし、彼女たちを心配そうに見つめる人々は、そこまでの警戒心や拒否反応は持っていないようだった。
魔法使いの連れている使役魔獣といえば、でかくて怖くて暴れん坊、現れるとロクなことがない、とだいたい相場が決まっている。
そんな“強い”使役魔獣が良いとされているからだ。
しかし彼女の使役魔獣たちは小さく可愛く大人しく、見ているだけでなんだかほっこり癒されてしまう。
今だって元気にぴこぴこと尻尾を振るだけで、恐怖どころか緊張感のかけらもないのだ。
たとえ威嚇してきたとしても、この使役魔獣なら恐怖を感じるどころか微笑ましくて仕方ないかもしれない。なんだかそれはそれで見てみたい。
この風変わりな使役魔獣とその主は、知る人ぞ知る、ちょっとした有名人なのだ。
すぐそばのカナッツ屋台を切り盛りする母娘だって、この小さな使役魔獣が自分のところのカナッツを美味しそうに食べる姿とか、揚げているのをそわそわと、しかしお行儀よくお座りして待っている姿とか、見るのを楽しみにしていたのだ。
木乃香とその使役魔獣が見つめる先。
石畳から屋台の車輪の端にまで立体的に広がる、明らかに不穏な魔法陣がなければ。
「と、いう事らしいんですけど。どうでしょう」
彼女とその使役魔獣に害がないと分かってはいても、その先にある魔法陣は別だ。
いくら大丈夫だと言っても、彼らは一定の距離以上決して近づいてこなかった。
どうでしょう、と振り返った木乃香に、屋台の母娘も周囲の人々も首をひねる。
「いや、どうと言われても……前のときは見えなかったし」
「お姉さまの靴先で煙が上がって、あの魔法使いが騒ぎ出した、としか」
「……足で魔法陣を消しちゃうとか。うーん、さすがはメイお姉さまだわ」
「わふ」
その種類や製作者の力量などにもよるが、通常、魔法陣は目に見えない。
誰もが形を見ることが出来るのは、製作途中か魔法陣が発動するほんの一瞬。
その道に長けた者や感覚が鋭い者も見る、あるいは感じることが出来るが、他人のそれが分かるのは魔法使いの中でもほんの一握りである。
だから、これは製作者がわざわざ見えるように作ったのだろう。
魔法陣を見た人々が怖がるように。
製作者の思惑通り、ふだん全く見る機会のない魔法陣に、母娘はもちろん周囲もおっかなびっくりである。
ちなみに本日、王都フロルの石畳の色は、コバルトブルー。
火属性の魔法陣であることを示す赤い文様が、嫌味なほどによく映えて見えた。
むう、と木乃香は眉間にしわを寄せる。
使役魔獣を呼び出す召喚陣を扱ったことがある木乃香なので、陣さえ見れば多少のことは分かる。
これは、火を出す仕組みの魔法陣。製作者が近くに居て最後の“仕上げ”をしなければ発動しない仕組みになっているようだ。
無理に屋台の車輪を動かしても、発火するらしい。製作者がそう言って脅していったという。
大量の油を使うカナッツ屋台のそばに発火装置が置いてあるようなものである。いま発火の心配がないからといって、放っておくことはできない。
が、残念ながら魔法陣の専門家であるシェーナ・メイズははるか辺境マゼンタの研究所だし、木乃香や彼女の使役魔獣たちに直接魔法陣を消すことができる能力はない。
外野から、「“下級魔法使い”に何が出来るのか」という声が聞こえて来た。
まったくその通りである。魔法陣の中身がわかったところで、対処できなければ現状は変わらない。
と、途方に暮れかけた木乃香だったが。
「にああ」
マントの影から、白く小さな猫がそろりと姿を現した。
いままでどこにいたのか。いや小さすぎて目に入らなかっただけか。
子猫姿の使役魔獣“四郎”は、子犬姿の“二郎”と並んで何かを訴えた。
「にあー」
「うーん。しろちゃんが“凍結”しても、壊したことにはならないでしょう」
「にゃん」
ねこじゃらしのような尻尾が、ゆらんと優雅に揺れる。
一部の野次馬の皆さんの視線が、赤い魔法陣よりも白い尻尾に釘付けになった。
余裕たっぷり自信たっぷりな使役魔獣の尻尾に、木乃香も瞬く。
「えっ。できるの? そんなことで?」
「にあー」
「わん」
二体の使役魔獣は、それぞれに主にまとわりついている。
ねえねえやってみようよー、と木乃香の足に身体を擦りつけていた白猫が、ひょいっと彼女の肩に飛び乗れば。
黒犬は、ふんふんと鼻先で魔法陣をつついてはその場でくるんと小回りし、彼女を見上げる。
「じゃあ、やってみますか」
小さく頼もしい彼らの様子をほっこり眺めてから、木乃香はよいしょと立ち上がった。
「というわけなので、皆さんちょっと手伝ってもらえますか?」
「……いや何がどういうわけなのか、さっぱり分からないんだけど」
女主人の言葉に、頷く一同。
何だか自信ありげにしているのは分かるが、使役魔獣が何を言っているかまでは木乃香以外には分からない。
「っていうか、あれ使役魔獣? 使役魔獣ってあんなんだっけ?」
「近づいて大丈夫なのかよ」
「え、あんたアレ知らないの?」
「アレは大丈夫なんだよ」
「そうそう。アレがヒトに悪さするように見えるかい?」
「ああー今日はシロちゃんまでいる! すりすりってわたしにもしてくれないかなあ……っ」
………見物人は増え続けている。
これ以上騒ぎにならないうちに、なんとかしたほうがいいだろう。
「ええと、おばさん。魔法陣を壊すには屋台をちょっと動かさないといけないので。難しいことはなくて、ほんとうにちょっと動かせばいいだけです」
「え、でも……」
動かしたら、発火するんじゃなかったのか。
周囲の不審げな顔つきに気付いているのか、気付かないふりをしているのか。
木乃香はさっさと「じゃあやってみようか、しろちゃん」「にああー」と使役魔獣とやりとりをしていた。
四郎が鳴いたその直後。
――――きぃん。
澄んだ音が響いたかと思うと、赤く広がっていた魔法陣は、瞬く間に青白い霜に覆われていった。
「えっ。うわっ」
「はい皆さんー、屋台持って下さいね。あ、油とか気を付けてー」
言いながら自分も屋台の端を持つ木乃香。
彼女と、彼女の使役魔獣たちのつぶらな瞳に急かされるようにして、屋台の持ち主である母娘とその周囲の皆さんが魔法陣を避けるように屋台を持つ。
「屋台に傷がつかないようにちょっと浮かせて、ここの魔法陣のところを、こっちへより大きく動かします。いちにの」
さん、と皆で声を合わせて屋台を浮かせる。
すると、魔法陣からぴしっと分厚い氷にひびが入ったような音がした。
すぐにかしゃん、と繊細なガラス細工が砕けたような音が続き。
そして屋台を再び石畳に置いたときには、魔法陣はかけらも残さずきれいさっぱり消えていた。
「にゃあ」
ほら出来たでしょ、と言わんばかりに四郎が鳴いた。
召喚主の肩の上で得意気に尻尾を揺らめかせている。
「おー。本当にできた! 凍結粉砕、っていうのかな?」
「いや、なんであんたが驚いてるんだい」
ぱちぱち、と思わず手を叩いた木乃香の隣で、女主人が呆れた声を出す。
が、その表情はどこかほっとしたものだ。
それはそうだろう。自分の屋台が無傷で、発火の魔法陣から解放されたのだから。
手伝ってくれた隣近所の屋台の主や通りすがりの人々も、何も起きなかったことに安堵しつつ、魔法使いが作った魔法陣を自分たちで壊せたという興奮と充実感に包まれているようだ。
カナッツ屋台の母娘の話と二郎の魔法探知によれば、屋台に悪質な嫌がらせをしていたのは、前回と今回で同じ魔法使いである。
看板娘に執着しているというよりは、どうも意地になっているようだった。
前回シェーナ・メイズに魔法陣を壊され脅されて、件の魔法使いは名乗らずに逃げ帰った。
のだが、風の噂でどこからか“彼”だとばれたらしく、しばらくは家で謹慎、魔法の再教育をされていたらしい。
階級が下がることだけは免れたものの、彼の素性と所業はこれまた風の噂で市井にも広まり、今度は街へ出るに出られない状況に陥ってしまったようだ。
―――“風の噂”。
このあたりで、木乃香はシェーナ・メイズの弟にして風魔法の使い手、それとなく噂を流すなんてことも大得意、さらには木乃香と同じくここのカナッツが大好きという仕事上の先輩ジェイル・ルーカを思い出したが。
……まあ、噂の出どころはともかく。
とにかく“力”を見せつけたがる魔法使いたちの所業に困っているのはカナッツ屋台だけではない。
少なくとも街には彼の味方をする者はほとんどおらず、アレが街に下りて来る頻度が減るのなら、と、皆さんそれはもう積極的に、尾ひれを何枚もくっつけて噂を広げていったのだった。
そのうち、国境付近のごたごただの不景気だので中級魔法使いひとりをいつまでも気にかけていられるような状況ではなくなり。
噂も一段落して、すっかりその存在も忘れかけていた頃のこの魔法陣だった。
「助かったよ。二、三日は材料やらお金やらだけ持ち出してたんだけど、いつまでも屋台をここに放置しておくわけにいかないし。あの魔法使いは毎日やってきて指先に炎をちらつかせてるし。そんなに火が使いたいなら、向かいの串焼き屋台に行けってんだ」
「いやいや、ウチだっていらねえよあんな奴!」
お向かいの串焼き屋の主人で、カナッツ屋台を動かすのを手伝ってくれた大柄の中年おやじがすかさず突っ込みを入れる。
そこへ二郎が「わん」と鳴いた。
木乃香がぷっと吹き出す。
「そうだねえじろちゃん。魔法陣でこんな適当な火力調節しか出来ないんなら、カナッツも串焼きも美味しく作れないわー。火加減ならうちのみっちゃんの方が絶妙だよね」
「わん」
「にあー」
ここに三郎がいたら、小さな黄色い胸を反らして「ぴっぴー!」と元気たっぷりに囀るにちがいない。
嘴から炎を吐く彼女の使役魔獣三号“三郎”は、かまどなどの火加減調節も上手だ。
電気やガスに慣れた木乃香が食事を作るのに、どれだけ助けられているか。
もっとも、現在の職場にはいつでも使える食堂があるし、最近は忙しくて自分で作る暇もないのだが。
「火加減を魔法に頼るほど腕は鈍っちゃいないよ」
ふふん、と屋台のおばさんが大きな胸をはる。
その隣で売り子の娘さんもふふふと笑った。
魔法力が無いのに魔法使いに言い寄られるだけのことはある。ピンクの三つ編みとオリーブ色のくりくりとした瞳が非常に可愛らしいお嬢さんだ。
「―――でもねえ。まあこれでいいかね」
「そうねお母さん。最後にジロちゃんたちに会えたし」
「……え。最後、ですか?」
彼女たちは穏やかに笑ったままだ。
少しばかり、寂しげに。
☆ ☆ ☆
魔法陣による火災の心配がなくなった屋台では、さっそく売り物のカナッツが揚げられ始めた。
屋台が無事だったお祝いにと値引きしているのに加え、今日限りでしばらく休業します、と宣言したので、ひっきりなしに客が訪れている。
遠巻きにされていた先ほどとは大違いだ。
木乃香は、カナッツ屋台の後ろに置かれた休憩用の椅子に座っていた。
手伝おうかと思ったのだが、ほかほかの揚げたてカナッツを使役魔獣ともども渡されて「いいからこれでも食べてゆっくりしていきな」と問答無用で座らされたのだ。
すぐそばで可愛い看板娘がくるくると動いては見事な客さばきを見せているので、接客に慣れていない木乃香などむしろ邪魔にしかならないのだろう。
まあ使役魔獣たちが喜んでいるからいいか、と彼らの食べっぷりにほっこりしていた木乃香は気付かない。
彼女と同じように、周囲の人々も小動物がちまちまと物を食べる姿をほっこり見つめていることに。
そしてそこに居るだけで、彼女たちを見ようとお客が集まってくることに。
テーブル代わりの木箱の上には、カナッツの包み紙だけではない。
なぜか向かいの屋台の串焼きやらお隣のフレッシュジュースやら、買ってもいない他の店の商品が所狭しと置かれていた。
木乃香たちが来ると、大抵いつもこんな感じだ。
不景気だとぼやいているのにこんなに貰っていいのかな、とちょっと申し訳なくなるほどである。
「この調子だと、準備していた分は全部売れそうだね」
鮮やかな手つきで次々とカナッツを揚げていく屋台のおばさんが呟く。
その嬉しそうな表情に、木乃香が何かを言おうとすると。
「もう、自分が満足のいく材料を揃えるのが難しくなったんだよ」
だから屋台は続けられない、と彼女は言った。
ここのカナッツには、隣国のオブギ地方産の小麦が使われている。他にも白砂糖やドライフルーツなど、輸入品を使っているメニューは多い。
おばさんが素材にこだわり抜いた結果なのだろう。
しかし、これらの輸入品が現在、非常に手に入りにくい。あっても価格が恐ろしく上がっているのである。
それもそのはず。
現在、ここフローライド王国と隣のサヴィア王国は、緊張状態にあるのだ。
この“隣国”。
現在は“サヴィア王国”だが、以前は“アスネ王国”という名前だった。
アスネ王国が、サヴィア王国に占領されてしまったのだ。
小麦などの食糧だけでなく、大きな街道を通ってアスネから運ばれていた物は多い。
フローライドだって国境沿いの砦や集落をひとつふたつ占領されており、生活に影響が出ないはずがなかった。
「オブギの小麦を使ってるってだけで、いちゃもん付けて来るお役人だっているしね。材料費に合わせて値上げするにも限度があるし、ここらへんも随分寂しくなっちまってお客も減った。しばらく屋台はたたもうかと話してたところだったんだ」
その矢先に魔法陣の嫌がらせを受けたので、屋台を解体するか、いっそあの発火の魔法陣で焼却処分するかと覚悟していたらしい。
なんとも思い切りの良いことである。
ただ、彼女たちがそれだけ“魔法使い”の横暴な行いに慣れているということでもあり、いちおう魔法使いの端くれである木乃香は微妙な気持ちになる。
「オーカちゃんのおかげで屋台は無事だったし。せっかくだから、またいろいろと落ち着いたら再開するつもりだよ。―――ほい。熱いから気を付けな」
どさっと何かが落ちてきたと思ったら、揚げたての菓子がごろごろ入った厚手の紙袋だった。
あえて小ぶりのものが混じっているのは、もしかして小ぶりな使役魔獣たち用だろうか。
入っていたのは、表面に粉砂糖をまぶしてあるカナッツである。
「……おばさん。さすがにお金払いますよ?」
輸入物の真っ白な粉砂糖がかけられたそれは、ここの屋台でいちばん値段が高い。
カナッツの生地そのものの味や食感が楽しめ、それを粉砂糖の上品な甘さが邪魔をしない。シンプルだが屋台自慢の一品だった。
木乃香がいちばん好きなカナッツでもある。
―――もといた世界のドーナツに味がよく似ているのだ。
「それはあたしらの気持ちだから、遠慮なく食べとくれ。ああ、仕事仲間の分も頼まれてるって言ってたろ? そっちの代金は頂くよ」
「………ありがとう」
遠慮したところで、この気前が良くて押しも強い屋台のおばさんが簡単に引き下がるはずがない。木乃香は素直に受け取ることにした。
どうせしばらく食べられないのだ。味わって食べよう。
「にゃあ」
中身を確認してから再び紙袋を閉じようとした彼女の右腕に、するんと白い尻尾が絡む。
四郎が、鮮やかな青い目でこちらをじいっと見上げていた。
反対を向けば、房飾りのような尻尾をぴこぴこと振りたくる二郎。こちらはお行儀よく前足を揃え、曇りのない黒い目でこちらを見上げてくる。
「………うーん。あと一個だけだよ?」
二体のおねだりに負けて、木乃香が紙袋から小さめの揚げ菓子を取り出そうとしたときだった。
「あっ、ああああー!?」
屋台に発火の魔法陣を張り付けていった張本人が、姿を現したのは。
次話は翌日投稿です。




