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こんな異世界の王都には・3



「使役魔獣の召喚とは、魚釣りのようなものだ」


 これは、木乃香の師である魔法使いラディアルの言である。




 自らの魔法力を餌にして、異なる次元から実体のない“力”そのものを釣り上げ。

 そして同じく魔法力で作った“器”に召喚した“力”を閉じ込めて具現化する。

 そうして出来たのが“使役魔獣”というモノだった。餌である魔法力が大きかったり良質であったりすれば、もちろんより大きな釣果が期待できる。


 世の中、使役魔獣を持つ魔法使いは珍しくない。

 しかし使役魔獣は総じて大きくて強そうで、怖そうな姿を取っていることが多い。

 非力な魔法使いの代わりに敵と戦うモノだという前提があるからだ。

 その点、木乃香のはどう頑張っても相手を威嚇することすらできないだろう。

 そんな弱々しい使役魔獣しか召喚することができなかった木乃香は、すなわちそれだけの実力と見なされたのだ。

 ちなみに彼女はこの子犬の他に四体の使役魔獣を持っているが、みんな似たようなモノである。


 木乃香には誰とも戦う気がない。そんな危機意識もない。必要性もまた、感じなかった。

 当時は自分のことに精いっぱいで、世間様のお役に立とうとか、のし上がってやろうとか、そんな気分にもなれなかった。師も師で“使役魔獣”の常識を彼女に教えるよりも先に、むしろ彼女がどんなおかしなものを召喚するか楽しんでいたふしがある。

 そんなわけで、彼女は使役魔獣たちに物理的な強さより癒しを求めたのだ。

 いちおう、特殊能力のようなものは備わっている。

 が、あまり活用されたことはない。

 可愛く可愛く、とにかく癒し系でと念じて作ったモノなのだ。愛嬌がなければ困る。


 同じ魔法使いたちには嘲笑(わら)われたり首を傾げられたりする彼女の使役魔獣ペットだが、こうして連れ歩いても周囲に恐れられることなく、嫌悪感を抱かれることも少なく、露店のおばさんのように非常に好意的に、一部では熱狂的に市井の皆様に受け入れられていた。


「何だいジロちゃん、これが欲しいのかい?」


 オマケしないと言ったその口からでれでれに甘い声を発したかと思うと、揚げ菓子屋台のおばさんは店からいそいそと出てきて揚げ菓子のかけらを差し出した。

 この黒犬は、名前を“二郎”という。二番目の使役魔獣なのでつけた名前だ。

 愛想をふりまく使役魔獣は、待てをされた犬のようにそわそわと木乃香のほうを見上げる。

 木乃香が「いいよ」と言えば、尻尾をぴこぴこさせながら揚げ菓子のかけらにかぶりついた。糧になることはないが、彼は主に似てこの揚げ菓子が大好きなのだ。


「いいねえ……」


 使役魔獣がみんなこんなだったらいいのにねえ。

 呟く言葉に、木乃香もうなずく。職場の同僚や兄弟子たちの使役魔獣が甘い揚げ菓子を喜んで頬張る姿など、とても想像できなかった。生の骨付き肉をばりばり貪り食らう姿なら簡単に想像できるが。




 コロコロの黒い子犬がはくはくとカナッツにかぶりついている様子を、木乃香と露店のおばさんだけでなくその周囲までが一緒になってまったりと愛でていたとき。


 木乃香の目の前に、突然ぽんと小さな赤い物体が姿を現した。


 ゆらゆらと揺らめく炎のような赤い髪と、同じ色の大きな瞳。

 顔かたちは、人間の子供……幼児のようだ。

 しかし赤髪の合間からは、小さな角が慎ましやかながらもはっきりとのぞいており。

 ふわふわに仕上げた焼き菓子のような褐色の手足は赤子のように小さく、全体も片腕で抱え上げられる程度の大きさと重さしかない。

 ちょうど、現在進行形で木乃香の足に寄り添う黒犬と同じくらいだ。

 木乃香の姿を認めるなり、子鬼の姿をしたモノはぱっと顔をほころばせた。


「このか、このか」


 嬉しそうに名前を呼んではぴとっと抱き着いてくる。


「イチローちゃん! 久しぶりだねえ」


 露店のおばさんが、歓声を上げた。

 そう。甘えるように彼女の肩にすり寄ってくるコレも、彼女の使役魔獣である。

 記念すべき使役魔獣第一号。その名を“一郎”という。

 鬼の子供のようなそれにぷくぷくとした柔らかな頬を押し付けられると、いつもながらつい顔が緩んでしまう。

 赤い頭をゆるゆると撫でてやると、一郎もくすぐったそうにどんぐり眼を細めた。


 おばさんが、赤色の子鬼にも揚げ菓子を差し出す。

 欠片がもう無いのか、大胆にも売り物をぱかんと割ってである。小さな使役魔獣たちには、カナッツ丸ごとひとつは大きすぎるのだ。


 木乃香の(しもべ)は彼女の腕の中、小さな首を巡らせて菓子を見、おばさんを見る。

 それから「いいの?」とでも言いたげに、木乃香を見上げた。

 彼女がにっこり笑うと、やがておずおずともみじのような両手を伸ばす。

 そして。


「ありがと」


 おばさんに向かって、ほわんとはにかんだ。


「………っ」


 その心理的破壊力に、すでに黒犬“二郎”にメロメロだったおばさんは撃沈する。

 それはそうだろう。見慣れているはずの木乃香でさえ、よろめくほどの可愛さだ。

 この笑顔が見られるのなら、揚げ菓子などいくらでもあげてしまいそうになる。

 ついでに、なぜか息を詰めて見守っていたらしい周囲の人々からも桃色の吐息がこぼれた。


 いつの間にか広場中央の大道芸は終わっていたらしく、気が付けばカナッツの露店に人が集まりだしていた。


「いっちゃん、どうしたの。今日はお留守番って言ったでしょう」

「うん」


 もきゅもきゅとドーナツもどきのかけらを口に頬張ったまま、赤色の使役魔獣はこっくりとうなずく。

 露店の主から、いや周囲からも「はうっ」と悶えるような声が聞こえた。


「でんごん。ししょーから」

「師匠? ラディアル様?」

「うん」

「…………そう」

「うん」


 ラディアル―――ラディアル・ガイル。

 それは、こちらの世界に迷い込んだ木乃香を拾い保護し、社会的な常識と魔法を教えてくれた師の名前である。現在の上司でもある。

 なんと現在フローライド王国の宰相を務めている。常識を理路整然と説く彼は、非常識な元・国王様に煙たがられ、地方に追いやられていたとのことだった。

 出会った頃は、国の端っこで隠居と称した気ままな研究生活をしているただの変人だと思っていたのに。人間、わからないものである。


 ともあれ、その宰相様直々の、わざわざ一郎を使っての伝言である。

 非常に嫌な予感がする。


 余談だが、しゃべる使役魔獣というのは大変珍しいのだそうだ。吠えたり雄叫びを上げたりする使役魔獣はたくさんいるのだが。

 そもそも戦うだけの使役魔獣に人語での会話能力を期待するのが非常識、とは師ラディアルの言である。主である魔法使いの命令を聞きさえすれば、別に話す必要はないからだ。

 使役魔獣第一号を披露したとき、「なんでそんな魔法力の無駄遣いを」となんとも複雑な表情で額に手をやる師匠が実に印象的だった。

 魔法力を無駄遣いしたせいかどうかはわからないが、一郎には会話能力以外の技能は備わっていない。

 こちらの常識に照らし合わせれば、たしかに規格外で戦力外かつ極めて無害な僕ではある。

 いまでは、こうして簡単な伝言の伝令係をやらされたりはしているが。


「ししょーから、このか、に」


 ごっくん、と菓子を飲み込んだ使役魔獣は、一生懸命に言葉を紡ぐ。

 話し相手を欲して作った使役魔獣第一号の言葉は、しかし片言がせいぜいだ。

 だがそのつたない話し方がまた可愛さ倍増なので、木乃香は「まあこれでいいか」と思っている。


「“なな、きけん、すぐかえれ”」

「…………」


 電報か。

 一郎の言葉に、そう突っ込みたくなった。

 そして、頭も抱えたくなった。


「………まじで?」

「まじで」


 一郎がこっくりと頷く。

 師からのお使いを果たしてほっとしたのか、ほわほわと綿菓子のような笑顔を浮かべている。

 周囲から陶酔のため息やら黄色い悲鳴やらが上がったが、木乃香は天使もとい使役魔獣の微笑みを堪能するどころではなかった。

 すぐ帰れ?

 貴重な休み時間なのに、もう戻れと?


 そのとき、黒い子犬が小さく「わん」と吠える。

 不安げによりいっそう木乃香の足にもふっとまとわりつき、そのくせ彼女の背後、つまり木乃香がついさっき出てきた職場、王城の方角をしきりに気にしているようだ。


「ほらほらオーカちゃん、ジロちゃんが寂しがってるよ」


 滅多に吠えないのにねえ、吠え方も可愛いねえと露店のおばさんがでれっと笑う。

 だが木乃香は笑い返すことができなかった。


 滅多に吠えないのは当たり前だ。

 使役魔獣第二号“二郎”が吠えるのは、何らかの魔法を感知したときだけなのだから。

 “魔法探知”。これまた「なんでそんなワケのわからんものを」と師匠が特大のため息を落とした能力である。魔法使いや魔法の仕掛や結界が普通に存在するこの世界では、放っておけば二郎がずっと吠え続ける羽目に陥ってしまうからだ。

 普段は、木乃香がお願いするかよほどの事が無い限り、木乃香に知らせてくることはない。

 そう、“よほどの事”がない限り。

 つまり、いま、それが起こったということでもある。


 戻りたくない。断固戻りたくない。



「ミアゼどの。こんなところにいたのですか!」


 木乃香の心の声を察したかのように……いや、きっと宰相様は察していたのだろう。

 追い打ちのように、人間の男のものである低い声までかかる。

 振り返らなくても彼女はそれがサヴィア王国側の軍人、それも士官クラス、いやむしろ将官クラスだと知っていた。


「……バドルさま」


 振り返れば案の定、明らかにその辺の警備兵ではない、より装飾過多な軍服を身にまとう偉丈夫がいる。

 それも、深刻な形相で。






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