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Motor Racing World  作者: ジャミー
8/23

もうひとつのMotor Racingの世界

土曜の夕方。

和貴は翌日の準備をしていた。

準備のため自室でパーツを探していると、

「和貴、優奈ちゃんが遊びに来たわよ」

と母が部屋にやって来た。

「優奈が?こんな時間に?」

予想だにしなかった事態に一瞬思考が停止する。

母の後ろから、小柄な優奈が笑顔を見せる。

「いきなりどうした?来るならメールのひとつでも寄こせよ」

「ううん、ついふらっと来たくなって」

美少女の優奈からこんな言葉が出れば、大概の男はグラッと来るだろう。

だが優奈の本性を知っている和貴は揺らがなかった。

「嘘を言うんじゃない」

「なんで嘘だと決め付けるのよ?」

「お前の家からここまで、ふらっと来れる距離じゃない。電車賃だって掛かるんだぞ」

和貴の家は中牧市。

優奈の家は大山市。

隣の市だが、直線距離で10キロ以上ある。

和貴のようなロードバイク乗りでも30分以上掛かる。

ましてや優奈の場合、本数が少ない上に割高な私鉄を使う必用がある。

来るからには、明確な目的があるに決まっている。

「ましてやアポ無しってことは、何か俺の裏を突きたいって魂胆だろ。白状しろ」

そう問い詰めると、

「さすが和貴は頭がいいね。そうだよ。ホントの狙いは敵情視察だから」

「敵情視察?」

優奈の言葉にピンと来ない。

すると優奈はスマホを操作し、とあるサイトを表示させた。

「和貴ってこんなところでも活躍してたんだね。教えてくれてもいいじゃない」

「お前、よくここを見つけたなあ」

関心半分、呆れ半分の和貴。

[RCサーキットBRガレージ5月定例レース]

[ストックツーリング 優勝 佐伯和貴]

と記載され、トップ3の写真が掲載されていた。

「速いドライバーはどんな分野でも速いってことかな?」

優奈が笑顔でそう指摘すると、

「そんな簡単じゃないよ。そもそもBRガレージはこの辺りではそんなにレベル高くない。だから俺でも勝てるんだよ」

「またまた謙遜しちゃって。で、ラジコンやってるのは和貴の趣味なの?」

「そうでもあるけど、親父の影響かな。親父がレースに出るのが好きで、それに俺も付き合ってるって感じだ。まあ金銭的負担はあまりないからありがたいとは思ってる」

「ウチもそうだよ。お父さんラジコンレースに出てるから」

「へえ、どこの?」

「リバーランド浜島。あそこのタミヤクラスで上位の常連だよ」

「へえ、浜島のタミヤはレベル高いって聞くからな。あの親父さんがそんな腕前の持ち主とはね」

意外な一面を知り、驚く和貴。

「で、あたしも和貴と一緒で、お父さんの影響でラジコンやってるの」

これまた意外な言葉が飛び出した。

だがこう言われては、嫌でも興味が沸く。

「じゃあ浜島のどんなクラスに出てるんだ?」

「和貴と同じストックツーリング。で、お父さんと一緒に、明日BRガレージに遠征予定」

「なるほどね。そのための敵情視察って訳か」

「そういうこと」

「けど浜島とBRじゃ同じストックツーリングでもレギュレーション違うぞ。まあどちらかと言えばBRが特殊なんだけどな」

最近のRCカーはブラシレスモーターが主流で、速さの基準となるモーターのターン数が定められている。

ターン数が少ないほうが速くなる。

それに加え、モーターの回転数を劇的に向上させるターボブーストプログラムというものが存在する。

浜島のレギュレーションは17.5ターンでターボブーストOK。

BRでは13.5ターンでターボブースト禁止。

速さ的には大差ない。

ただターボブーストはモーターブローの危険が高まるので、和貴はブースト禁止レギュレーションのBRのレースにすっかり馴染んでいる。

「よくブーストOKのレースに出れるなあ。俺は無理だ。あっさり燃やしたことがあるからな」

「過激なモーター使わなければ燃えないよ。ただ燃えると金銭的に辛いよね。燃えるとモーターだけじゃなくESCもダメになるから」

「燃やすと3万コースだもんな」

「だからと言って安物はダメ。あたしはLRPで固めてる」

「へえ、いいの使ってるんだな」

「だから和貴のマシンも見せてよ。あたしノンブーストのノウハウがほとんど無いから」

「分かった。ついて来い」

自室を出て、階段を下り、1階の作業部屋に向かう。

扉を開けると、和貴の父親が明日のレースに向けて整備をしていた。

ここで初対面の優奈を紹介して、経緯を説明する。

「ほう、現役女子高生レーサーか。BRの常連は喜ぶだろうなあ」

そう話す父親の頬も緩んでいる。

「で、和貴の車はどんなの?」

「これだ」

と言って、オレンジ色が目立つシャーシを見せた。

「XRAYかあ。まあ予想してたけど。高いシャーシ使ってるね」

「BRの場合、ほとんどがXRAYだ。ごく僅かにBD7が居る程度だな」

「やっぱり速いの?XRAYって大きなレースで好成績残してるイメージないけど」

「世界戦みたいな超高速でコントロールタイヤのレースだと国産が強いけど、日本国内に多いハイグリップインドアサーキットだとXRAYになるな」

「あたしはタミヤの418を使ってる。浜島はタミヤ率が高いよ」

「そりゃ浜島とBRじゃ環境が全然違うからな」

BRガレージは開き倉庫を利用した屋内インドアサーキットであり、特殊舗装の効果もありグリップレベルが高い。

インドアで特殊舗装のサーキットで強さを発揮するのが、和貴の使うXRAYである。

XRAYはスロバギアのメーカーで、高精度、高品質を売りにしている。

現行モデルのT4は徹底した低重心設計で、ハイグリップコースでは無類の速さを発揮する。

外車ゆえに高価格で部品供給数も少なく、絶対的なユーザー数は少ないが、上級者の愛好家が多い。

それに対するのが国産勢。

世界最大級の模型メーカー、タミヤの最高級シャーシが優奈の使うTRF418である。

タミヤは何度も世界選手権を征しており、その血脈が流れる最新鋭のシャーシでもある。

ただ世界選手権はレース環境が国内サーキットの一般的なルールとはかなり異なっており、そのポテンシャルを引き出しにくい。

ただパーツ供給やコスト面では安定しており、ユーザー数は多い。

通常舗装の屋外サーキットであるリバーランド浜島のようなコースとの相性は悪くない。

ただ、418でBRを走るとなると、辛い面も出てくる。

当然、セッティングの方向性も異なる。

「で、優奈はどのクラスに出るんだ?」

「和貴と同じストックツーリングのつもりだけど。そのためにモーター買ったから」

「正直、418じゃ辛いと思うぞ。なんせ使っている人が居ない」

ここで和貴の父親が、

「418ならタミヤ10.5にすればいいんじゃないか?」

とアドバイスしてきた。

明日、BRガレージで行われるレースは3クラス。

最も参加者が多いのがタミヤ16Tクラス。

スピードが出ないタミヤブラシレス16Tモーターにタミヤ製ESC、バッテリーもタミヤLF2200、ギヤ比6.6以上と定められている。

参加可能シャーシもさほど高くない樹脂製シャーシモデルに限られ、参加のハードルは高くない。

和貴、優奈の父親が参加するのもこのクラスである。

その上のクラスがタミヤ10.5クラス。

タミヤブラシレス10.5TモーターにLF3700バッテリーを使用するハイスピードクラス。

タミヤ製シャーシなら何でも参加OKで、当然418も出られる。

そして最高峰のストックツーリング。

基本的に全日本選手権レギュレーションに準拠し、モーターが各メーカーの13.5ターンならOK、ギヤ比も自由である。

ただハイスピードゆえに参加のハードルは最も高い。

優奈には荷が重いと思われる。

それでも優奈は、

「やっぱりストックに出ます。そもそも高価なタミヤバッテリーを持ってないんで」

タミヤ製バッテリーが高価なのは業界では有名で、他社の同スペックと比較すると倍以上の価格設定になっている。

「まあ確かにLF3700は高いから、使わない人は買わないだろうね」

「3700も高いけど、2200も充分に高いです。あのスペックでタミヤ以外は実勢3000円くらいですけど、タミヤは7000円ですよ。

しかもウチのお父さんは定期的に買い替えして新調してます。理解不能です」

優奈がそんな感想を述べると、和貴の父も苦笑いを浮かべた。

「優奈、もっと言ってやれ。ウチの親父も同じようなことやってるから」

「えっ、ホントですか?タミヤのリフェってほとんど劣化しないはずなのに」

「それでも使い込んだものと新品とはやっぱり違う。感覚ならともかく、タイムに表れるからね」

「スピードが遅いクラスほど、お金が掛かるんですよね」

「だから和貴にはストックツーリングをやらせているんだ。あの速度域になると、多少の直線の遅さは気にならない」

「よほど広いコースじゃないとスピード活かせないですもんね。もうタイヤ選びとコーナーリングで勝負です」

ここで和貴が、

「そのタイヤが問題なんだよなあ。418じゃ俺と同じタイヤは履けんぞ」

と悩み顔を見せる。

「なんで?どのコースでも定番のタイヤってあるでしょ?」

「T4と418の違いだ。俺と全く同じだと、たぶん転ぶ」

「じゃあどうすればいいの?」

「タイヤは同じでいいとしても、インナーやホイールを変えるしかないだろうな」

RCカーのラバータイヤの場合、プラスチック製のホイールに瞬間接着剤で固定する。

実車なら内部に空気を充填して使用するが、RCカーのタイヤは空気の充填が出来ない。

その代わりに、衝撃吸収性の高い発泡ゴム製のインナーフォームを挿入する。

ホイールも製品によって硬さが異なり、グリップ感が変わる。

タイヤ選びはセッティングの基本だが、インナーとホイールの組み合わせでかなり変わるので、これもセッティングの重要な要素である。

和貴は優奈には自分と同じタイヤを使い、インナーをグリップ感の低いものにするようにアドバイスした。

ホイールはふたりとも同じ製品を好んで使っていたので、これは同じになった。

そしてノンブースト13.5ターンの適正ギヤ比も教えた。

「あとセッティングの方向性は?」

「とにかく転倒対策だ」

「転倒ってハイサイドのこと?」

「まあ一般的にはそう言うな。けど俺はその言葉は使わない」

「なんで?」

ここで和貴の父が、

「優奈ちゃん、これを観てごらん」

と言って、部屋にあるDVDプレイヤーを再生した。

1990年代のオートバイレースの映像である。

その映像を見て、優奈は少なからず衝撃を受けていた。

「バイクのレースって凄いね。みんなドリフトしてるよ」

「今は知らないけど、この当時はドリフトが使えないと勝負にならなかったんだよ」

そして、

「あっ、転んだ!」

ライダーがオートバイから放り出されるように転倒した。

「今の転倒がハイサイドだ」

「どういうこと?」

「ちょうどリプレイが流れるから、もう一度観てみろ」

先ほどの転倒シーンがスロー映像で流れる。

「コーナーをドリフトしながら立ち上がる時に、スロットルを開け過ぎてリアが大きく流れた。それを抑えるためにスロットルを少し戻したんだけど、その際に滑ってたタイヤが急激に

グリップを取り戻したんだ。だからあんな風に放り出されるようになる。それがハイサイドって転倒だ」

「じゃあツーリングのハイサイドとは違うね。あれはオーバーグリップで転んじゃうだけだから」

「英語を使うならトラクションロールって言葉が近いって聞いたことがある。まあ見た目が似てなくはないからハイサイドって言葉が広まったんだろうな」

「なるほどね・・・って話が脱線したじゃない!とにかくハイ、じゃなくて転倒対策って何をやればいいの?」

「それを俺に聞くのか?曲がりなりにもハイエンド使ってるなら、それくらいのノウハウあるだろ?」

「もちろんあるけど、その中でもこれがいいとか、悪いとかないの?」

「それは人それぞれだろうが。車が変われば操縦スタイルも違うんだ。俺では効果があっても優奈じゃダメってパターンも珍しくない。ってかお前、自分でマシンのメンテ出来るの?」

「出来ないよ。お父さんがメカニック担当」

「なら俺に聞かずにメカニックと相談しろ。俺から言えるのは、一般的な転倒対策しておけってくらいだ」

「ふうん、和貴って冷たいんだね。お姉ちゃんとはセッティングで何時間も話し込むのに」

「ドライバーとエンジニアがセッティングのミーティングに時間を割くのは当たり前だ。だからお前はおじさんとのミーティングに時間を掛けろよ」

「そんな時間ないよ。だってお父さんは自分で手一杯で、あたしはついでだもん。だからいろいろやってくれる今日のうちに大事なことを聞いておきたいの」

ここで父親が、

「なあ和貴、明日はお前が優奈ちゃんのメカニックをやったらどうだ?どうせお前のT4は基本セットが決まっているから、明日はコンディションに合わせた微調整くらいだろう。

それくらいの時間はあるだろ?」

と言ってきたので、和貴はすぐに全否定。

「いや、それは出来ない。だってこいつは浜島から殴り込んで来るんだ。BRの常連の俺がそんなこと出来るわけないだろ」

「それ以前に学校の友達・・・で、良かったんだっけ、優奈ちゃん?」

「うーん、どうかなあ?友達以上でもあたしは構わないですよ」

「いやそうかそうか。和貴とはそんな仲なのか。これは嬉しいなあ」

話が大きく脱線して盛り上がる和貴父と優奈。

「おいコラ、ドサクサ紛れになに言ってんだよ?」

これももちろん全否定するつもりだったが、

「和貴、明日は優奈ちゃんのメカニックもやるんだ。常連の目なんか気にするな。そんな状況でも勝てるようになるのも進歩のうちだ。分かったな?」

と父に言われると、逆らえない。

RC活動に置いて、父は仲間でもあり、敵でもあるが、それ以前にスポンサーでもある。

スポンサーの意向には逆らえない。

和貴が苦虫を噛み締めるような表情を見せると、

「そんな顔しないでよ。明日は和貴のサポートになることも用意するから」

優奈が笑顔でそんな言葉を掛けてきた。

「サポート?お前になにが出来るんだ?」

怪訝な顔を向けると、優奈は机の上に置いてある送信機を手に取った。

「これ和貴のプロポだよね?サンワのM12」

「ああ」

「これなら役に立てるデータが集まるよ。とにかく任せて」

と、自信満々の笑みを見せた。

結局それ以上追求する気力もなかったので、適当に流したら、優奈は上機嫌な笑顔で帰って行った。

その日の佐伯家の食卓。

母が不在、父も所要で出かけたので、幼馴染の希が夕食の支度をしてくれた。

舌に馴染んだ希の味は素の自分を出せるので、つい優奈の一件を希に愚痴ってしまった。

「それは災難だねえ。前にも言ったけど、ホントに厄介な子たちだよね」

「まあ優奈も理奈ちゃんも悪い子じゃない。けど我が強いんだよな。こうと決めたら絶対に引かないし、そうなるように仕向ける力もある。良くも悪くもな」

「で、優奈ちゃんは悪くもに当てはまるんだね?」

「ホントにちゃっかりしてるよ。まさか親父を自分の味方に取り込むとは思わなかった。なにが友達以上でも構わないだよ。でまかせ言いやがって」

「和ちゃんと優奈ちゃんたちはゲームで知り合ったんだよね?」

「ああ。最初はただのゲーム仲間。友達とは思ってなかった」

「それが気が付いたら・・・」

「そうなんだよ。今までの大切な仲間を裏切って急造チーム組んで、あっという間に関わりが増えた。片山より接点増えてるな」

「それだと、優奈ちゃんの言葉は間違ってないんじゃないかな?」

「おいおい、希までなに言い出すんだよ?」

「だって今までのゲーム仲間よりも、学校の友達よりも接点増えてるんでしょ?もう立派な友達、男の子同士なら親友と呼べるレベルじゃない?」

「まあ男ならな。でも優奈も理奈ちゃんも女の子だ。親友にはなれないよ」

「じゃあ友達以上恋人未満?」

「それは絶対に違う。恋人にしたいとは思わん。あんな癖の強い性格じゃな」

「それでも年頃の男女で、密接な関係なら、そう思われても仕方ないよ。異性として全く意識してないわけじゃないでしょ?」

「そりゃあ女の子としては見てるよ。でも恋愛対象としては・・・やっぱ見れないなあ」

「ふうん、そうなんだあ」

希には珍しい、含みが感じられる返事。

「なんだよそれ?」

「和ちゃん、油断しないほうがいいよ。そういう子はちょっとでも隙を見せたら、あっという間に外堀埋められるよ」

和貴も希が言わんとしていることが分かった。

「ああ、せいぜい気をつけるよ」

希にそう言いつつ、自分にも言い聞かせた。

そして翌日。

RCレーサーの朝は早い。

8時には父親と共にBRガレージに着いていた。

そしてしばらく後、中根家一行が姿を見せた。

意外だったのが、父親と優奈だけでなく、理奈もいた。

「佐伯くんおはよう」

「おはよう。でもなんで理奈ちゃんまで?」

「あたしはデータ収集、解析担当」

と言いながら、ノートパソコンを広げた。

そこに優奈が来て、

「和貴、プロポ持ってきて。認証させるから」

「認証?」

「ほら、これ」

と言って見せたのは、サンワのテレメトリーシステムだった。

和貴が使うサンワM12にも対応した、データ収集システム。

これがあれば、ピットでも各種操縦データの収集、解析が出来る。

和貴も存在自体は知っていたが、実際には使えないと思い、投入しなかった。

「じゃあ理奈ちゃんが、優奈の操縦データを解析してるの?」

「うん、お父さんと理奈をね。結構いろいろ分かるよ。佐伯くんのデータと比べるのも面白そうだね」

「でもこれを有効活用するなら、やっぱデータ解析担当者とノートパソコンが要るよな」

「普通のユーザーにはハードル高いだろうね」

理奈はそう言いながら、和貴のプロポを登録した。

そして優奈が自分のマシンを持ってきた。

「和貴、お願いね」

「ちょ、お前・・・」

一目見て、思わず絶句。

「どうしたの?なにかおかしい?」

「お前、女の子だろ?」

「当たり前のことを聞いてどうするの?」

「だったら見た目も気にしろよ!このボディは酷いだろ!」

ツーリングカーにおいて、ボディは重要なパーツになる。

高速で走るので空力特性が重要になり、ボディ選択で走りは大きく変わる。

またボディはシャーシを覆うバンパーの役割も担い、消耗品でもある。

それでもボディは自己主張する数少ないパーツでもあるので、ボディ塗装に凝るユーザーは少なくない。

上級者になると、ボディ塗装を専門業者に委託し、エアブラシで鮮やかに塗装されたボディを使う。

和貴はエアブラシこそ使わないものの、缶スプレーでメタリックブルーと蛍光イエローを基調としたカラーリングにしている。

それに対し、優奈は、

「ツーリングで白単色は基本じゃない?」

「手を抜くな!せめて窓枠くらい塗り分けろ!」

競技用ボディの場合、ウィンドウ部分をマスキングするシートが付属する。

優奈のボディはマスキングシートを貼り、白の缶スプレーを吹いただけ。

思いっきり手抜き仕上げ。

だが競技志向の強いドライバーは、このようなボディを好んで使う。

白単色はボディ重量が軽くなる上に、操縦台からの視認性が高いというメリットがある。

「そもそもあたしの腕じゃボディがすぐボロボロになっちゃう。手間掛けたボディがそうなるのは悲しくならない?」

「だからこそボディはある程度手間を掛けるんだ。そうすればボディを傷つけたくないと思うから、走りが大人しくなる」

「それだとタイム落ちない?」

「ボディがボロボロになるってことは、クラッシュが多いってことだ。そのタイムロスが無くなれば、5分トータルのタイムは確実に詰まる」

「そっか、そういう考えもアリだよね」

「それに白単色は速い人が多いから、これで遅いとカッコ悪いぞ」

「ならカッコ悪くならないように、ちゃんとセッティングしてよね」

「分かったよ」

ツーリングカーのレース用ハイエンドシャーシは、きちんと組むのにそれなりのスキルを要する。

優奈の父親が組んだと思われるシャーシは、きちんと組まれていた。

ベースセッティングも転倒対策がされており、問題ないと判断した。

「よし、とりあえずこれで走ってみろ。まずはコースを覚えることだな」

「カテゴリー別に走行時間が分かれてるんだよね?」

「ああ。今は低速の時間帯だ」

今日のレース参加者は速度域の異なる車が混在しているので、安全のため15分間隔で低速車と高速車の走行時間が交代制になっている。

和貴、優奈の父親たちは低速、ふたりは高速。

そして高速域の時間になり、準備を始める。

タイヤウォーマーを外し、ボディを被せて車の準備をする。

次にプロポを手に取る。

そこで優奈のプロポに目が行った。

「え、お前ってスティック使いなの?」

「そうだよ。お父さんより高いプロポ使ってる」

優奈のプロポはサンワのEXZES-Z。

サンワの最高級スティックプロポである。

プロポは形状によってスティック型とホイラー型の2種類がある。

カー用プロポ大半のシェアはホイラー型で、スティック型はごく少数である。

それに新規ユーザーはほとんど無く、長年親しんだ熟練者が好んで使っている。

優奈は極めてレアケース。

「なんでスティック使ってるんだ?」

「最初のRCカーがスティックプロポだったから。ホイラーも少し使ったけど馴染めなかった」

「見た目だけなら立派な上級者だな。さっきも言ったけど、これで遅いとカッコ悪いぞ」

「いろんな人から見た目は速そうって言われるよ。実際はそうでもないんだけどね」

「まあ、まずは走りを見せてくれ」

1回の走行を1パックと呼ぶ。

パックとは、バッテリーを指す。

以前は1回の走行時間がバッテリー1本分だったので、その名残である。

だが現在のバッテリーは大容量になり、それをフルに使い切る走りは出来ない。

ツーリングカーのレース時間は大体5分なので、連続走行時間もその辺りになる。

そして1日の1パック目は、慣らしになる。

コースのリズムを掴み、高速スピードに身体を慣らす。

だから全開では攻めない。

少し抑えて走る。

優奈も初コースで最初は抑え気味だったが、すぐにリズムを掴み、一気に和貴の背後に迫った。

「ここってストップ&ゴーのレイアウトなんだね。握ってはブレーキの繰り返し。リスキーな高速コーナーがないから攻めやすい」

「やっぱスティック使いはブレーキが鋭いな。コーナー進入で詰められてる」

「でも和貴もまだ全開ではないでしょ?」

「まあ8割程度かな」

「それでもやっぱり速いよ。あたし結構必死」

「優奈はコーナースピードが遅いみたいだな」

ふたり揃って走行を切り上げ、設置されているパソコンでラップタイムの確認をする。

ベストラップは和貴がコンマ2秒ほど速かった。

揃ってピットに戻ると、理奈が笑顔で待っていた。

「早速面白いデータが取れたよ」

「へえ、見せてよ」

揃って理奈のノートパソコンを覗く。

画面にはふたりのステアリング及びスロットルワークのデータが表示されている。

「上が佐伯くん、下が優奈ね」

一目で違いが分かった。

「優奈はアグレッシブだな」

全開から鋭いブレーキング。

そして一気にステアリングを切っている。

「和貴はスムーズだね」

優奈と比べるとブレーキングが穏やかで、ステアリングも全切りはしていない。

「と言うより、優奈はラフだよね。対する佐伯くんはセーブしてる。タイムが佐伯くんのほうがいいなら、優奈はもっと丁寧な走りをしないとダメ。

前から言ってるよね?」

理奈は優奈に厳しい視線を送る。

「お姉ちゃんの言ってることは分かるよ。けどあたしの場合は握れないとタイム出ないんだから」

「理奈ちゃんが言いたいのは、優奈は転がすスタイルを身に付けろってこと?」

「そう。佐伯くんみたいなスムーズな走り。優奈の今のスタイルだと一発タイムは出てもアベレージが悪い。荒い走りはミスしやすいし、タイヤライフも

短い。いいところがないもん」

「いやでも、俺は優奈のスタイルはアリだと思うぞ」

「ホント?」

凹んでいた優奈が笑みを見せる。

「昔のパワーが限られていた時代は転がすスタイルが速かったらしい。握らないほうが速かったって聞く。けど今はパワーが有り余ってる。

だから多少ラフでも握るスタイルのほうがいいらしい。特に優奈はスティック使いだからブレーキングにアドバンテージがある。だから間違って

いないと思うぞ」

「ほらお姉ちゃん、和貴がそう言ってるよ」

「佐伯くんが言ってるスタイルはアグレッシブ。でも優奈はラフ。これからペース上げると絶対ミスしてアベレージが悪くなるんだから」

理奈は改めて釘を刺す。

「まあ、セッティング決まれば無理しなくてもよくなるからな。でも今だと辛いだろう。コーナー遅いからな」

「和貴と同じタイヤ履けないかな?一応準備してきたけど?」

「まあ、試してみるか」

本格的なセッティング作業に入った。


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